死験場

紅羽 もみじ

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6話 混乱

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6話 混乱
 瑞稀さんの部屋は、ライトが消され、戸川くんと同じように遺体の姿も見えなくなった。あれから、優子さんと恭子さんは言い争いを始め、久美さんは、関わるだけ無駄とでも言いたげな顔で、布団に寝転がっていた。鶴本くんも、女性2人の言い争いに顔を顰めながらも、2回も人間の死を目の当たりにして疲弊しているようで、壁にもたれかかったまま、動かなくなった。
 僕はというと、このメンバーの中での発言権が失われていた。2人が言い争っているのも、僕のことが原因。きっかけは、恭子さんの発言だった。

「こいつが…佐々木が、傾向と対策を考えようとか言い出したから、回答者に助言ができなくなったんじゃない!」

 恭子さんは、問題が出題された瞬間、瑞稀さんが答えるべき回答に予想がついていたらしい。でも、試験官が回答者以外の私語を禁止してしまったから、間接的ではあるけど、僕が瑞稀さんを殺したようなものだ、と責め立ててきた。優子さんは僕を庇って、僕の発言でみんなが前向きに生き残ろうと思えたんだ、私語が禁止になったのは結果論であり、僕に罪はない、と主張した。

(…僕は、少しでも生き残る可能性にかけて、動こうと思っただけだったけど…、まさか、こんなことになるなんて。恭子さんに恨まれても、仕方がない…)

「佐々木くんだけの責任じゃないわ。私だって、これは試験なら、傾向と対策ができるはず、って提案した。私も、こんなことになるなんて、思ってもなかった!それに、恭子だって、何とか生き残りたいと思ったから話にのってきたんでしょう?この中の誰にも、佐々木くんを責める資格なんてないわ!」
「…それでも、瑞稀に助言できなくなったのは、傾向と対策を読もうとしたせいってことは変わらない!優子に何を言われようと、私はこいつを恨む。瑞稀を、回答者を助けられなくなった状況を作った!」
「…そろそろ黙れ、お前ら。」

 鶴本くんは、閉じ込められた当初のような、恫喝する勢いではなく、お前らの喧嘩は不毛だと言いたげな雰囲気で、2人を制した。

「恭子とか言ったか、てめぇは恨む相手を間違えてやがる。あのクソ試験官がルールを追加したってことしか見えてねぇ。」
「な、何よ、いきなり…」
「そもそも、俺らをここに閉じ込めたやつは誰だ?俺の隣にいるこいつか?それとも、今お前が口喧嘩してる優子ってやつか?」

 鶴本くんの言葉に、恭子さんは押し黙った。

「わからねぇだろ。だが、俺らを閉じ込めたクソ野郎はどこかにいるんだ。戸川や鈴木を殺したのもそのクソ野郎。真っ先に恨むべき相手はそいつだろうが。」
「…そうよ、恭子。生き残りたかったら、とにかく冷静になって。怖いのはわかる、私も怖い。でも、何とかここから出ないと、死んでしまうのよ。」
「……もう、なんで私がこんな目に遭ってるのよ…。何で…」

 恭子さんは、頭から怒りが引いていったのか、崩れ落ちるように座り込み、号泣し始めた。僕は何も言えないまま、ただ泣き崩れる恭子さんを見守ることしかできなかった。

「…佐々木くん。恭子はああ言ったけど、瑞稀が死んだのはあなたのせいじゃない。だから、気を落とさないで。」
「…ありがとう。優子さん。」

 僕は、仲良しの友人である恭子さんに対して、僕を庇って必死に主張してくれた優子さんに、心からのお礼を言った。

「…それでも、恭子さんには、謝らせてほしい。…友達を助けられなくて、ごめん。」
「…いいわよ…あんたに謝られても、意味がないわ…」
「これからは、回答者は孤立無縁で質問に立ち向かわなきゃいけなくなる。…とにかく、考えよう。せめて、ここで生きてるみんなだけでも、生きてここを出るんだ。」
「…そうね。でも、今日はもう、みんな疲れてる。…休みましょう。」

 優子さんの提案で、みんなそれぞれに布団に入って、睡眠に入った。
 朝、6時の配給があったのか、すでにドアには食事が置かれていた。

「……まだ、配給されてから数分しか経ってないわ。」

 そう僕に声をかけたのは、優子さんだった。

「……おはよう。良かったよ、次の指名は朝の配給から2時間後って言ってたから…」
「昨日、試験官が指名する時間を宣言してたから、早めに起きようと思ってたの。ここには時計もないし、時間感覚なくなるから…」
「…ちゃんと、寝られた?もし、気を遣って起きてたとかなら…」
「そんなことはしないわ。思考力が鈍るもの。」

 なら、良かったと本心からの言葉を呟いて、僕は朝ごはんを口にした。優子さんは、そろそろ起こさないとね、と言って、恭子さんや鶴本くんを起こすために声をかけた。恭子さんは、自分より早く起きていた優子さんを見て、少し驚いた顔をしていたが、昨日の言い争いを思い出したのか、バツの悪そうな顔をして、呟くように挨拶をした。

「……おはよ、優子。」
「うん、おはよう。」
「……その、昨日は…ごめん。」
「私のことはいいよ。それよりも…」
「……わかってる。佐々木、ごめん。」
「いいよ、気にしないで。誰だって、友達が死んじゃったら、悲しいし、誰かにぶつけたくなるよ。」
「……お人好しね、あんた。あれだけ人殺し呼ばわりしたのに。」
「よく言われる。」

 僕の返答の何が面白かったのか、恭子さんはふふっと笑ってくれた。ご飯を食べながら、鶴本くんが呟くようにある疑問を投げた。

「瑞稀ってやつ、犯した罪って部分正解だったんだよな?となりゃ、昨日お前らが話してた、その…」
「傾向と対策?」
「それだ、その話にいじめって予想があったが、それがビンゴだったってことか?」
「…それは、あたしも考えてた。2人ともいじめっていうキーワードが出てきてる。偶然なの?これって。」
「私は…偶然じゃないと思ってる。」

 優子さんは、核心をついたかのように呟いた。

「……もう、隠すことじゃないと思うから、言うけど…、私と、恭子、久美、瑞稀は、高校が一緒なの。その当時、ある1人の女の子を、いじめてた。」
「…平川のこと、言ってんのよね、それ。」
「まーもう言っちゃっても良いよね。よくカツアゲとか、机に落書きとかしてた気がするなー、よく覚えてないけど。」
「……平川?」

 名字に反応したのは鶴本くん。平川なんて名字は、珍しくもないはずだけど、何か引っかかるところがあるのか、平川…と呟いている。

「……俺も、高校の時に平川って女子をやってたな。」
「やってたって…いじめ?」
「やってたってのは、レイプのことだよ。何度かヤラせた。」
「…あんた…最低ね。」
「恭子、私たちも同じ穴の狢よ。…いじめてたんだから。」

 恭子さんたち4人と、鶴本くんが同じ名字の人をいじめて、しかも性別が同じ、というところに、僕は何か引っかかりを覚えた。

「……僕は、県立西高校出身なんだけど、みんなは?」
「……は?」
「…私たちも、西高よ。」
「…俺もだ。」
「は?何それー…、ちょっと怖いんだけど。」

 僕は、みんなの反応を見て確信した。初めに顔を合わせた時は、朧げな記憶しかなかったけど、同じ高校に通っていた、ということは同じ校舎内で、何度か顔を合わせていたんだ。

「…これは、平川さんの、復讐…?」
「ちょい待ち、戸川ってやつは?あいつも同高?」
「ここまで一致してたら、そう考えてもおかしくないでしょ。平川と同じクラスだった、ってことなんじゃないの?」
「…佐々木くんは?平川って女子に覚えはある?」
「…それが、全く。」

 そう、僕には平川さんという女子を知らない。恭子さんたちと鶴本くんは、繋がりがあるようだが、僕には全くなかった。何とか高校時代の記憶を探ろうとするが、何も出てきそうにない。

「…そう…。」

 優子さんは僕が回答者になった時の心配をしたのか、不安そうな顔で俯いた。

「…大丈夫、何とか思い出してみるよ。ここまでみんなで考えて、対策を立てたんだ。後は、僕が思い出せばいい。」
「…まだ、時間はある。言い出しっぺが諦めてんじゃないわよ。」
「うん、ありがとう。恭子さん。」

 恭子さんは、昨日の僕に対して酷いことを言ってしまったという償いのためか、僕を励ましてくれた。

(そう、まだ時間はある。何か、覚えてないのか…。)

 そう思考を巡らせた瞬間、何度目かわからないスピーカーが繋がる雑音が、みんなの部屋中に響いた。
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