死験場

紅羽 もみじ

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2話 目的

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2話 目的
 スピーカーから流れてきた声は、女性か男性か区別がつかない、機械で加工されたような不気味な雰囲気で部屋の中を響き渡っていた。

(運命をかけた、問題…?どういうことだ??)

 まだ、自分たちがおかれた状況すら飲み込めていない上に、運命をかけた問題を出題する、と言われたら、さらに頭の中が混乱する。スピーカーの声は、それぞれの部屋にも聞こえているらしく、反応は様々だった。

「何よ、運命をかけた問題って!それより、ここから出して!」
「ふざけたこと抜かしやがって、ぶっ殺すぞ!出てきやがれ!!」
「もう嫌、もう嫌!!!意味わかんない!!!」

 恭子さん、瑞稀さん、鶴本くんはスピーカーの声の主にくってかかるが、戸川くんや唐沢さんは騒ぐだけ無駄、と言わんばかりにスピーカーを睨みつけている。

「まぁ皆様、落ち着いてください。私の説明を理解していただかなければ、命に関わります。どうか、お静かに。」

 スピーカーの声は、落ち着きながらも、どこか脅すような声で3人に静かにするよう促した。

(命に、関わる…?何を、言っているんだ?)

「では、今から試験の説明をいたします。一度しか説明しませんので、どうかお聞き逃しのないよう、ご留意ください。」

 スピーカーの声は、まるで大学入試の前に受験の注意事項を説明するかのように、淡々と説明を始めた。

「うるせぇ、話聞いてんのか!ここからだせ、って言ってんだ!」
「少しは静かに聞けないのか!?僕たちは監禁状態、しかもこいつは僕らの命に関わる、と言っている!死にたくなければ、口を閉じろ!」

 今まで冷静沈着だった戸川くんが、初めて声を荒上げて鶴本くんに楯突いた。言い方は荒いけど、僕は戸川くんの意見に賛成だ。これから何が起こるかわからない、しかも僕らは監禁状態。ここは大人しく、スピーカーの声の主に従うしかない。

「賢明な判断ができる方がいて感心します。私は、皆様の試験を監督する立場ですので、『試験官』とでもお呼びください。では、試験の説明をいたします。」

 鶴本くんは明らかに不服そうな顔をしたが、戸川くんの注意が少しは響いたのか、口を閉ざして耳を傾けた。

「これから、1人につき1問ずつ、問題を出題いたします。正解した方は、今いる部屋から出ることができます。皆様同士で殺し合う、と言ったような、映画のような展開はございませんので、ご安心ください。」

(何がご安心ください、だ。今の状況ですら、安心できない状況なのに…。)

 淡々と説明を続ける試験官と名乗る声に、少し腹が立ったが、最後まで説明を聞かなければ、と自分に言い聞かせて耳をそばだてた。

「問題に正解できれば部屋から出ることができますが、不正解の場合は、罰を受けていただきます。罰の内容は、不正解の時に公表いたしますが、一つ言えることは、その罰を受けることはすなわち死に繋がります。回答は何度でも受け付けますが、制限時間は30秒です。その間に正解できなければ、罰確定となります。」

 問題に正解できれば脱出できる、不正解なら罰、つまり死…、この状況に置かれてから、1番理解が追いつかない話に、僕は頭の中が真っ白になった。

「では、次に試験を受ける際の注意事項です。まず、皆様がいる部屋は、出入り不可能な密室空間となっております。先ほど、ドアを破壊しようとされた方がいらっしゃるようですが、人間の力では壊すことは不可能ですので、ご留意ください。また、皆様のつきあたりに位置する窓ガラスですが、こちらも銃弾を弾き返すほどの強度をもった硬化性ガラスとなっています。割ることはおろか、逆に腕や足を骨折する恐れがありますので、お気をつけください。部屋の中にあるものは、自由にご利用いただいて構いません。食事や飲料については、6時、正午、18時にそれぞれ配給いたします。以上で試験の注意事項は全てです。」
「おい、試験官。質問だ。」

 戸川くんは、試験官の声がするスピーカーに声をかけた。

(何を聞くんだ…?話についていくにもやっとなのに…。)

「窓の向こうに、一つの白い椅子が見える。これは何か、試験に影響しないのか。1人だけしか生き残れない、とか何か意味はあるのか。」
「いいえ。今、椅子が一つしか用意していないのは、正解者が0人のためです。正解することができれば、その椅子に座ることができ、残りの方々が正解するたびに椅子が増やされ、そこに着席していただきます。」
「正解したらここから出られるんじゃなかったのか。全員の試験を見届けなければならない理由は?」
「それは試験を進めていけばお分かりいただけるでしょう。これ以上お答えできるお話はありません。」

 戸川くんは、自身の質問に対してばっさりと切り捨てた試験官に、ぼそっと悪態をついて黙り込んだ。

「では、最後に試験に関するヒントを1つだけ。何もなしでお答えはできないかと思われますので、試験の主催者の厚意で1つだけヒントを与えることとします。」

 
(試験の主催者…?試験官が主催者じゃないのか?)

「ヒントです。『自らの犯した罪を晒し出すこと』。今までの皆様の人生を振り返っていただいて、自身の罪は何か、探し当ててください。では、これにて説明を終了いたします。試験は明日、9時に1人目の回答者を指名いたします。それまでは、ごゆるりとご歓談ください。」

 それ以降、スピーカーからは声が聞こえなくなった。説明を聞いた僕を含めた全員は、ただ茫然としていた。

(…明日、1人目の回答者が指名される…。その人が、答えられなかったら、死…?)

 僕は試験官の説明に、しばらく絶望に打ちひしがれていたが、ふとあることに気づいた。

(正解さえすれば、みんなが無事に出られる可能性もある。…ここは、みんなで協力するべきだ。)

「ね、ねぇ、みんな!」

 僕の声に反応し、みんなの視線が一斉に集まる。

「さっき、戸川くんが試験管に聞いてたろ、椅子が一つしかないのは1人しか生き残れないと言う意味なのか、って。そしたら、試験官は正解者が増えれば、椅子も増えるって言った。てことは、みんなが生き残る道があるんだ。生き残ろう、協力するんだ。」
「協力ったって…、どうするってのよ。どんな問題が出るかもわからないのに。」

 恭子さんは、怪訝そうな顔で僕をみた。確かに、どんな問題が出るかはわからない。何か対策方法はないか…と考えていたとき、まぁまずはさぁ、と久美さんが会話に入ってきた。

「試験官?だっけ?あいつが言ってたこと、整理しない?私頭悪いから、理解追いついてないんだわ。」
「そ、そうだよ!まずは、あいつが言ってたことを整理しよう。そうだな…試験のヒントって言ってたよね、『自らの罪を晒し出すこと』だっけ…。」
「わ、わ、私、捕まるようなこと、してない!何も悪いことなんてしてない!」
「刑務所に入るような罪で集められたわけじゃないだろう。僕だって、刑事罰を受けるようなことは一度もしていない。…そこの横暴な男は知らんがな。」
「あぁ?喧嘩売ってんのか、テメェ。」
「ま、待って、挑発するような言動はやめよう。せっかく話し合いをするんだから。僕だって、警察に捕まるような罪は犯していない。てことは、何か昔にした行動で、誰かを傷つけたり、恨まれるようなことをした…とかなのかな。」
「僕はその線の可能性が高いと思っている。」
「っていうと?」

 戸川くんは何かに気づいているようだ。気づかなかったのか、と言いたげなため息をついて、話し始める。

「先ほどスピーカーから流れてきた声の主は、試験官と名乗っていたな。そして、主催者がいることを仄めかすような話もしていた。ということは、試験官はいわば執行人、僕たちを集めた人間が他にいる、と考えられる。大方そいつが主催者だろう。このふざけた試験のな。」

 僕は、戸川くんの冷静な態度に感心していた。ただ説明を聞いて、ショックを受けていた僕とは違い、試験官の言うことを分析して、声の主と僕らを集めた張本人が別にいるという仮説まで立てている。ただ、戸川くんは、とはいえ、と付け加えてため息をついた。

「今聞いた話からわかることはここまでだ。試験官は誰なのか、僕らを集めた主催者とやらは誰なのか、皆目見当がつかない。」
「…そうだよね。」

 ここで手詰まりか…と僕が肩を落としていると、僕ら2人の会話に、優子さんが静かに入り込んできた。

「…主催者は別にいる、って言ったわよね。その主催者は、私たちに罪を晒しだせって言ってる。ってことは、何か恨まれるようなことをした、ってこと…?」

 優子さんの疑問がそれぞれの部屋に響き渡った。恨まれる?僕が…?と疑問を隠さずにはいられなかった。

「だって、そういうことじゃない。問題に答えられなかったら死ぬのよ。ここに私たちを集めた主催者は、それだけ私たちを恨んでるってことじゃないの?」
「私は恨まれるようなことなんてしてないわよ!もしそうだとしても逆恨みだわ。」

 僕たちが犯した罪、それが何かわからないまま、その日の議論は終わった。試験官の説明通り、時間になったのか食料と飲料の配給が来たからだ。食料はまるで学校の給食のようで、パンにスープ、肉と野菜の炒め物のようなものが皿に乗っていた。飲料は、ペットボトルに入った水が出てきた。

「…腹が減ってたら、考えられるものも考えられない。食事にしよう。」
「これ、毒とか入ってないでしょうね…」

 恭子さんの一言に、僕も含めた6人が食べようとしていた手を止めた。試験官は、僕らの死を宣言している。毒が入っていてもおかしくはない…、と思った矢先、戸川くんがパンを手に取り、パクッと口に含み、ごくんと飲み込んだ。

「…こんなものに毒を入れるくらいなら、わざわざ問題なんて出さないだろう。毒は入っていない。食べろ。」
「……あんた、よくできるわね、そんなこと…」

 戸川くんの行動に驚きつつ、僕も少しずつ食べ物を口に運んだ。食べ続けても特に体に異常はなく、内心ほっとため息をついた。
 食事が終わると、僕らは環境の変化、試験官から話された未だ飲み込めない説明に思考を働かせた疲れからか、それぞれが寝床に入った。付けられていた照明は、夜を知らせるようにすうっと消え、あたりは真っ暗になった。

(……僕らが侵した罪、一体なんなんだ…?)

 寝床に入っても疑問はつきなかったが、体は正直で、睡魔に襲われてそのまま眠りに入っていた。
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