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紅羽 もみじ

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最終事件録1-5

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最終事件録1-5
 平端は、署に戻った後、改めて3人の関係性、それぞれの身辺の聴取状況、遺体発見前後と死亡推定時刻のアリバイなど、情報を自分の中で整理していた。塚本が推測した話が、何度も頭をよぎる。

「自殺を考えている人の部屋に近いって……」
「あくまで、俺の経験則からだ。家に入って、思ったんだよ。物が少なすぎる。長いこと生活していた痕跡はあるが、それにしては生活感に欠ける部屋だった。」
「引っ越しを考えているという線は?」
「理恵の家から職場は車で10分程度。周りは商業施設も多い。生活しやすい環境を捨ててまで、引っ越しを考えるか?転勤の時期でもないのに。」
「それは……、確かに。」
「まぁ、第一線で働いているとなりゃ、急な転勤でってのもあるだろうが、それなら荷物をまとめた形跡がなきゃおかしい。ダンボール箱一つもなかった。そこから考えると、身辺整理をして自殺するつもりだと考えると、合点はいく。」
「……なんで、自殺なんて…」
「さっきも言ったように、これは俺の一つの推論だ。状況証拠でしかないし、確定ではない。だが、注視しておく必要はある。頭の片隅にでも入れとけって程度だ。」

 それ以降、塚本は理恵の自殺企図について話さなくなったが、平端はもし塚本の推論通りなら、と考えずにはいられなかった。

(…塚本先輩の話が事実ってことを前提で考えると、理恵さんが死を選ぶ理由って何?3人の関係性は良好、それぞれ違う人生を歩んでるけど、時間が合えば会って話して…っていう関係性。仕事関係?それとも…)

 と思案していたところに、平端の携帯が鳴った。番号は未登録のもので、誰かはわからない。

「はい、平端です…」
「平端さん!!助けてください!!」

 声の主は、朝香だった。尋常でない様子に平端は落ち着くよう声をかけ、説明を促す。しかし、朝香は相当取り乱しているのか話が見えて来ず、朝香の命に危険が迫っていたならば、悠長なことはできないとも考えたが、平端からの質問に答えてもらうことにした。

「朝香さん、落ち着いて私の質問に答えて。誰か危険な人が朝香さんのことを襲ってるの?」
「違います!理恵が…、理恵が、倒れてて!」
「理恵さんが?」
「救急車は呼んだんです、でも、途中で理恵の意識が戻って、私が止めても、薬をたくさん飲もうとして…」

 この話を聞いた段階で、理恵は自殺を図ったと察し、塚本の肩をたたいて、ついてきてほしいとサインした。

「腕も切ってて、刃物を握って離さないんです、止めようとしても、振り回してきて、止められなくて…!早く来て、理恵を止めてください!」
「すぐに行くから!とにかく、理恵さんの周りにある危険な物は全部片付けて!あと、朝香さんも怪我をするかもしれない、刺激しないように注意して!」
「理恵…、理恵、何で……」
「朝香さん、すぐに行くから、待ってて、何かあったら、またすぐ連絡して!」

 その指示を最後に、電話を切った。車は既に、理恵の自宅へ向かっていた。

「当たっちまったか…、理由が見えてこないんで、動けなかったが、友人が寸前で止められたのが幸いしたな。」
「朝香さんにも、理由はわからないみたいでした。とにかく、2人を助けないと。」
「わかってる。急ぐぞ。」

 塚本はハンドルを強く握り、サイレンを鳴らしながら理恵宅へ急行した。
 到着し、家に踏み込むと、理恵は昏睡状態で倒れ、救急隊員の応急処置を受けていた。床には大量の睡眠導入剤と市販の薬を複合して飲んだのか、錠剤が散らばり、理恵の腕には包丁で切ったと思われる痛々しい傷が付いていた。首には、ビニール紐が巻かれており、背中に数センチにかけて伸びていた。朝香は叫び声を上げるように理恵の近くで、名前を呼び続けている。

「朝香さん、怪我は!?」
「私は大丈夫です、でも、理恵が…!」
「搬送先までついていってあげてください、病院に着いたら連絡してもらえますか?」
「わかりました。…理恵、何で自殺なんか…!」

 救急隊員は、未だ昏睡状態にある理恵を救急車に運び入れ、朝香を連れて病院へ向かった。
 塚本は、平端を家に呼び戻し、一枚の紙を差し出した。

「……これが理由らしい。」

 塚本は、それ以上語らず、内容を見ろ、とでもいうように平端に紙を渡した。そこには、理恵の今までの苦悩が綴られていた。

『私は、かけがえのない友人をこの手にかけて、命を奪いました。たとえ法で裁かれ、刑務所に入り、罪を償ったとしても、私は私自身を赦すことができません。私と凛子は同じ場所へ逝くことはできないでしょう。凛子に謝ることはできません。ですが、私は地獄で永遠に苦しみ続け、凛子への償いとしたいと思います。朝香、こんなことになって、本当にごめんなさい。こんな私と友達でいてくれてありがとう。さようなら。』

 平端は手紙を一読し、部屋を見まわした。床に散らばった錠剤、刃物の他に、犬を小屋に繋ぐように柱に括り付けられたロープ、平端より背の高めなクローゼットの上には、スマートフォンが置かれていた。おそらく、自身の生存本能から、スマートフォンで助けを呼んでしまわないよう、手の届かないところに置き、首にはビニール紐を巻いて逃げ出さないようにしたのだろう。理恵の死への執念がそこに残っていた。

(……自殺をする動機はわかった。でも、後悔するくらいなら、何で殺してしまったの…?)

 凛子の霊からは、理恵に殺されたことへの恨みや怒りは感じ取れない。むしろ、自殺しようとした理恵への悲しみや心配するような思念が伝わってくる。

(まだ、事件は終わってない。)

 確信した平端は、朝香からの連絡を受け、搬送先の病院に塚本と向かった。
 病院に着くと、理恵の処置は終わったらしく、病室で横たわっている理恵、それを心配そうに見つめる朝香、凛子の霊が立っていた。

「…命に別状はないとのことですね。」
「……はい、お医者さんはそう言ってました。後は、意識が戻るのを待つだけだと…」
「なぜ、理恵さんの家に?」
「…数日前から連絡しても、反応がなくて。心配になって見にきたら、こんなことに…」

 朝香は今でも信じられない、と言った表情で意識のない理恵を見つめた。平端と塚本は、また出直すと伝え、病室を後にした。

「あの遺書で犯人は特定できたが…、動機が見えねぇな。」
「……そうですね。」

 平端は、生返事をし、ぼんやりと外を見つめる。

「……本当に心を許せる友人関係って、できないものなんですかね。」

 呟くように疑問を投げる平端に、塚本は黙り込む。

「私も、仲の良い友人がいて、何でも話せて、助け合えると思ってました。でも、その友人は癌に犯される恐怖を、私たちに打ち明けてはくれませんでした。話したくなかった気持ちは尊重したいですけど、私にしたら、話して欲しかった。何もしてあげられないかもしれないけど、それでも……」
「話したかっただろうさ。」

 塚本は、吐き出すように呟いた。

「話したい気持ちと、話さずに自分の中で留めようとする気持ち、どっちもあったろうよ。でも、ギリギリ心配をかけたくない気持ちの方が勝ったんだろう。恐怖心に勝てる人間なんてそうそういない。悩んだ末の決断だったんだろうさ。それも、相手が平端やもう1人の友人が、心を許せる友達だったからこそじゃないのかね。」

 平端の中で、塚本の言葉が響き、その瞳には涙が浮かんでいた。

(心を許せる相手だからこそ、話さないことを選んだ、か…確かに、直美らしい決断かもね…)

 平端は、長年心の中でつっかえていた物がすっと取れたような、ある種のすっきりした気持ちに包まれていた。
 後日、理恵の元を訪れると、病室で凛子を殺してしまった、と自白した。高校時代の頃から、密かに思いを寄せていた理恵は、その思いを伝えられずに卒業。その後、凛子と誠司が再会し、結婚したことを知った。その事については、友人として心から祝福していたという。だが、誠司との仲が良くないと凛子が言い始め、誠司の愚痴を聞くたびに凛子への怒りが募っていき、喧嘩になったという。そのはずみで殺してしまい、罪の重さに耐えかねて自殺を図ったとのことだった。
 朝香は、病み上がりの理恵の頬を平手で叩いた。

「何で!?どうして、話してくれなかったの?辛かったなら、言ってくれたらよかったじゃん!私たち、友達でしょう!?何でも話して、相談して、って、今までやってきたじゃない…、何でよ……」

 理恵は、驚いたような顔で朝香を見たと思ったら、目から大粒の涙をこぼした。凛子を殺したことを責めるわけでなく、理恵自身が辛かったなら話して欲しかったという朝香の叫びが理恵に届いたのか、理恵はひたすら、ごめん、と謝罪の言葉を繰り返した。
 凛子の霊は、そんな2人を見て初めて、安堵したような表情を見せ、そのままゆっくりと消えていった。まるで、この2人の関係は、このまま続いていける、大丈夫だと安心したかのように。

「…凛子さん、ずっと見えてたんですけど、どこへ行っても恨みや怒りの思念が伝わってこなかったんですよね。まるで、理恵さんに殺された一因は自分にもあるみたいな感じで、虚しそうな思念しか伝わってこなかったんですよ。」
「被害者にも、思うところがあったんじゃねぇの。愚痴ばっかりぶつけて申し訳ないな、とか。」
「……そうなんですかね。」
「死人に口なし、想像することしかできねぇよ。…あ、あと今週水曜、ちゃんと休暇出しとけよ。」

 今週水曜、と言ったのは、平端の友人の直美が亡くなった月命日だった。塚本は、今度は呼び出したりしねぇから、と平端の肩を叩き、さっさとデスクに戻っていった。
 平端は、スマートフォンを取り出し、優子に電話をかける。

「……あ、優子?私。」
「真江、どうしたの?」
「ううん、ちょっとね。…今週また、お墓参り行けるかな。」
「うん、行けるよ。…あ、この前言いかけたことだけどさ。」
「うん。」
「私思ったの。直美が癌のことを私たちに言わなかったのはさ…」
「直美のことだから、悩み抜いた末に私たちに心配かけまいとして言わなかった。…合ってる?」
「……合ってる。何でわかったの。」
「…人生の先輩から教わったの。」

 平端は、霊の思念を読める自分の特性を、もう呪いとは思わなくなっていた。

(むしろ、直美が私に力を貸してくれてるのかもね。刑事になる夢、応援してくれてたし…)

 平端は、西陽の差し込む窓の景色を眺め、3人が仲良く過ごした懐かしい日々に思いを馳せた。
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