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事件録5-2

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 署に戻った平端と塚本に待っていたのは、聞き込みで出てきた膨大な情報だった。中山が起こした事件が大きく報道されたことの影響もあるだろうが、万引きの常習犯だったらしいや、小さい子をつけ回して怖がらせていたらしい等、ほとんどの情報に『らしい』という語尾が付いていた。元犯罪者、というレッテルが生み出したものは、予想以上に根も葉もない噂で埋め尽くされている。

「……これ全部、信憑性はあんのか。聞いてるだけだと、近所の井戸端会議と変わらねぇぞ。」
「加藤さんの話は、しっかり的を射ていましたねぇ…」

 聞き込みをした刑事たちも同じことを思っていたようで、近所のどの人間に聞いても、中山という名前を出すと顔を顰める、そして刑事たちがその情報はどこから入手したのか、と聞いても、どこどこの奥さんから聞いた、やら、本人から直接聞いたわけじゃない、という枕詞が使われたという。
 まともな返事があったのは数名で、ただその数名に至っても、中山に関心を持っておらず、ただの近所のおじさんという認識だった、と一様に返答されていた。

「まぁ、加藤さんの言ってたことは、ほぼ間違いないと考えてもいいかもしれんな。」
「どの部分のこと言ってます?」
「この地に来て、事件、事故は起こしてないって言ってたろ。何か事を起こしていれば、この連中は嗅ぎつけるだろ。」
「んー、まぁそう、かな…?小さいことでも、そこからあることないこと付け加えて大事件にしてそうですけど。」
「まぁ、な…。」
「ただ、確かに、今住んでるとこでも札付きの悪みたいなことしてたら、無関心な人でも反応はするでしょうね。」

 平端は、数ある聞き込みの情報の中から、一つ目を引くものがあった。

「…この人は、中山が起こした事件のことは知ってたんですね。聞き取った内容を見る限りでは、無関心組に入りそうですけど。」

 その人物は、中山が住むアパートから数軒挟んだ別のアパートに住んでおり、たまに顔を見る程度だと答えていた。だが、中山が過去に起こした事件にも触れており、凶悪犯が近くに住んでることは知っていたが、殺されて当然のやつだ、とまで言い切ったようだ。

「中山の事件の関係者…ってわけでもないのよね?」
「僕も気になったので調べましたが、どの被害者とも繋がりはないですね。知り合いとかでもない、他人です。」

(それなのに、ここまで言い切るか…。まぁ、塚本先輩の言うとおり、思想は人それぞれだしなぁ。)

 一先ず聞き込みの情報をまとめ、次は組織犯罪専門の部署へ行き、中山の情報を洗い出すことにした。

「ああ?中山??…あの、家族皆殺しにして金盗んで捕まった、あの中山か?」

 塚本の伝手で、同期で古い友人だと言う畠野という刑事から切り込むことにした。平端が言うように、目力は暴力団組員のそれに近いものがあり、言葉遣いも荒い。全員が畠野の様な人間というわけでもないが、平端がまさにイメージしていた人物像にきっちり当てはまる人間を前に、平端は内心びくびくしながら会話を聞いていた。

「そうだ、数年前に出所して保護司の支援を受けて社会復帰を目指してたところを殺されたんだ。」
「つったって、あいつは務所入る時に組を破門になったぞ。」
「出所後、どこかの組員が中山を取り込もうとした動きとか、何か聞いてないか?」
「まぁ、今じゃどこの組も『人不足』だからな。何か組同士のドンパチでも起こした時の替え玉要員確保のために声をかけることもあるだろうが…。暴対法が施行されてからは、組のやり方も変わったからな。お前らが見込んでるような情報は出てこねぇかもしれんぞ。」
「今はどんな情報でも欲しい。何かあったら頼めるか。」
「…しゃあねぇな。こっちも暇じゃねぇんだ、あんま期待すんなよ。」
「すまんな、頼むよ。」

 その会話を最後に、塚本は畠野の部署を後にし、平端もその後を追った。

「……本当に何か出てきますかね。」
「まぁ、可能性の一つとして入れておくべきだろ。…本当、組対組が苦手なんだな、いやに大人しかったじゃねぇか。」
「目が怖すぎます。あの目に1分睨まれるのと、ものすごい思念出してる霊10体に1時間囲まれるのだったら、後者を選びます。」
「お前のその基準は何なんだ…」

 塚本は呆れたように呟くが、言われた本人はやっと怖い職員の巣窟から抜け出せたと心から安堵した顔をして捜査に戻って行った。
 部署に戻ると、刑事たちがパソコンのモニターに集中して何かを見ている。塚本が何かあったのか、と声をかけると、刑事たちは間を空け、これを見てください、と促した。そこには中山のことと思われる書き込みが多く書かれている、いわゆる匿名掲示板が開かれていた。掲示板の書き込み内容には、「悪に天罰が下った」「殺されたらしいな、当然だわ」「殺したやつよくやった」など、中山を殺したと思われる犯人を賞賛するものが多く書かれていた。

「なんだこれは…。」
「好き勝手書かれてますね。ほとんどが『名無しさん』ってなってますし。」
「見て欲しいのは、ここじゃないんです。ちょっと動かしますね。」

 1人の刑事が、画面を上にスクロールし、ある書き込みを2人に見せた。そこには、「宣言通りになったな、俺あんま信じてなかったけど、まさかやるとは思ってなかったわw」と書かれてあった。

「殺害予告されてた、ってことか?」
「この内容見る限りだと、そうみたいですね…。ちょっと借りるよ。」

 平端は、掲示板の内容を上から下まで流し読みしたが、どこで殺害予告をされていたのかがわかる書き込みはなかった。

「んー…、別の掲示板で殺害予告をしてた人がいたってことかな。でも、何か殺害予告があったら、サイバー犯罪対策課から情報きますよね?」

 昨今、匿名で各々が情報を発信できるようになって、ポジティブな面も多いが、一方でネガティブな面も多い。例を挙げれば枚挙にいとまがないが、刑事たちが一番身近なものとしては、掲示板やSNSに投稿された、殺害予告や爆破予告だ。

「ただ、情報が来るとしても明確な書き込みでないと…。名指しで、いつ、どこで犯行に及ぶか、と言うような書き込みであればサイバー課から時折情報は来ますが。」
「あー、なるほどね…。『こいついつか殺してやるわwww』みたいな、軽い書き込みは拾いにくいか。真偽もわからないし、私たちも動きようがない。」
「ただ、予告めいた書き込みがあったことは確かなんだろう。…探せるかはわからんが。」
「……あ、先輩。近道あるかもですよ。」
「近道?」

 平端は、え、わかんないんですか、と無自覚にも先輩刑事を煽るような発言をして、いいから話せ、と塚本に小突かれる。

「ほら、加藤さん言ってたじゃないですか、ここ数ヶ月、顔を合わせてないって。加藤さんに会わなくなった理由は、社会復帰に挫折したとかじゃなくて、掲示板で暗に自分を殺すって言う類の書き込みを見たからじゃないですか?加藤さんの家に行かなかったのは、それが原因かもと思ったんですよ。」
「……なるほど、一理あるな。」

 塚本は、他の刑事たちにも、掲示板の検索、付近の聞き込み情報の裏どり、中山の身辺の洗い直しを指示し、平端と塚本は被害者宅へ向かうことにした。
 中山の住んでいたアパートは、築20年のそれなりに新しめの建物で、3階建て。中山はそこの2階に住んでいた。大家には事情を話して合鍵を借り、部屋に入ることができた。

「若干の生活感はあるが…、男の一人暮らしにしては、さっぱりしてんな。」
「何度か追い出された経験があるんじゃないですか。いつでも退去できるように、身軽にしておけば引っ越しも楽ですし。」
「……住んでる奴らの気持ちもわからんでもないが…。気の毒なこった。」
「再犯率が下がらないわけですよ。難しい問題です。」

 中山の家の中には、床に小さな机と座布団。最低限の家電と、台所には食器が置いてあった。ただ、2人が困ったことに、中山の家にはパソコンがなく、ネット環境を使えるものは何一つとしてなかった。

「んー…、スマートフォンで見てたのかな。」
「現場にもその類のものはなかったはずだがな。」
「推測誤ったかなぁ。」

 塚本は、どこかに携帯電話やスマートフォンがないかと探すが、どこにも見当たらず、ため息をついていた。平端は、腕を組んで思案を巡らせる。

(じゃあ、加藤さんのところに行かなくなった理由って何…?何かそこには事情があるはずなんだけど…)

 そう考えを巡らせたその時、平端ははっと目の前を見た。そこには中山の霊が立っており、辛そうな顔をしている。

(……家に何かあることは確かなのかな。何か見たくないものでもある…?)

 そう見当をつけると、中山の霊はすっと台所に移動した。平端はそれについていくと、目の前にはゴミ袋が2つ縛られていた。中山は、怯えているのかゴミ袋を背に立ったまま、平端を見つめていた。

(あんまり漁りたくないけど…、中山さん、ごめんね。)

 平端は、心のなかで謝りながら、ゴミ袋の一つを開け中を見た。一見すると、コンビニ弁当やスーパーの惣菜のプラスチックが入っている。燃えないごみをまとめてあるだけだった。

「おい、平端。何してる。」
「いや、中山さんが、ゴミ袋のところに連れてきたんですけど、怖がってて。何かあるかもしれないなって。」
「……任せた。」

 塚本は自身の力が及ばない出来事は平端に一任し、再び電子機器の類を探しに戻った。平端はもう一つのゴミ袋を開けると、そこには燃えるゴミとしてまとめられたものが入っている。

「……あ!塚本先輩!」
「何だ?どうした?」
「……これ。」

 中には、ぐしゃぐしゃに丸められたA4サイズほどの用紙が複数入っており、広げてみると、掲示板の書き込みの内容が印刷されたものだった。そこには、はっきりと中山を殺害すると言う予告文章はなかったが、中山のことを示唆していると思われる文面、そして、中山をいつか殺してやる、という意味合いで書かれたと思われる文面が蛍光ペンで囲まれて強調されていた。
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