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事件録4-7

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 事件は解決したが、平端にはもう一つ仕事が残っている。葵をこのまま留めておくことはできないため、何とか自身がもう生きていない、と自覚してもらう必要があった。もっともその後、天国に旅立てるかどうかは葵自身の意思によるが、何もしないわけにはいかない。
 平端は、葵の家族に会うため、家を訪問した。犯人が捕まったという報告という名目で訪れ、家族は平端を家に招き入れてくれた。
 葵は、母や父に会えて嬉しそうにした反面、少し悲しそうな顔をした。

「犯人が捕まったことは良かったと思います。でも、もう葵は戻ってこない…。まだ、あの子には未来があったのにと思うと…。」
「…そうですよね。私には、かけられる言葉がありません…。」

 家族と平端の会話は、そこで沈黙してしまった。ふと横を見ると、葵は平端に何かを訴えるような目で平端を見つめていた。目を合わせると、葵から初めて思念が伝わってきた。

(……葵ちゃん、あなた…、ちゃんと気づいてたのね。)

 平端は、葵から伝えられた思いを、目の前の両親に伝えることにした。

「……ここから先は、信じていただけるかわかりませんが、私のもう一つの役目として、お二人に話します。」

 両親は不思議そうな顔で、平端を見つめた。

「……私には、被害者の霊を見て、その霊が訴える感情を感じることができます。実は今も、ご両親の目の前にいます。信じていただけるかどうかはわかりません。でも、今葵ちゃんから、お父様やお母様からたくさんの愛情をもらっていたということが伝わってきました。」

 普通は、霊が見えると言われて信じる人間は、ほとんどいない。しかし、平端の真剣な表情と、葵が自分たちの目の前にいると言われ、両親はただ、平端の言葉に耳を傾けた。

「例えば、お父様が葵ちゃんの夏休みの時に、プールに連れていってくれたこと。泳ぐのが苦手な葵ちゃんに、浮き輪で支えながらプールの楽しさを教えてもらって、また行きたいと思っていたようです。お母様には、買い物に連れていってもらうたびに、一つ好きなお菓子を買ってくれたこと。チョコレートが好きだったんですかね、選ぶお菓子はほとんどチョコレートが入ったものを選んでいる葵ちゃんが見えました。」

 両親は、まるで見てきたかのように語る平端の言葉を聞きながら、大粒の涙を流し始めた。そして平端は、葵が伝えたい最期の言葉を伝えた。

「……葵ちゃんは、お父さんとお母さんに、安心して欲しいと、言っています。葵ちゃんを最初に見かけた時、自身が死んだことにに気づいていないと考えていましたが、思い違いでした。葵ちゃんは、今まで家に帰らず、私の後をずっと着いてきていました。家に帰らなかったのは、お父さんやお母さんが、悲しんでるところや犯人を憎む気持ちで一杯になっている姿を見たくないから。でも、その犯人は捕まりました。だから、安心して、と…」

 そこまで話すと、母親は、声を上げて泣き始めた。父親も、声を押し殺して涙を流す。そこに、葵は両親の目の前で、平端や塚本にやったような、笑って、という仕草を繰り返した。葵は、もうすぐ消えてしまう。その前に。

「葵ちゃんは今、お父様とお母様の前で、笑って、と、元気出して、と呼びかけています。もうすぐ、私も葵ちゃんのことが見えなくなってしまいます。…最後に、笑ってあげてくれませんか。」

 両親は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているが、見えない我が子を前に、必死で笑顔を見せた。葵はそれを見て、これまでで一番嬉しそうに笑った。そして、両親の笑顔を見られた葵は、満足したようにすっと姿を消した。

「……葵ちゃん、安心したみたいです。今、私にも見えなくなりました。」
「平端さん…、ありがとう、ございます。今まで、葵を支えて、くださって…」
「……いえ、支えられたのは、私です。お二人の笑顔を見た瞬間、とても嬉しそうでしたよ。」
「葵…」

 今の平端にできることは、葵を見送ったことで全てやり尽くした。あとは両親の我が子を失った悲しみから、乗り切れることを祈るばかりだった。
 平端は暇を告げ、車内に戻った。最後に見せた、葵の一番嬉しそうな笑顔は、平端の心を焼き付け、心に残った苦しみを吐き出すように、車の中で泣きじゃくった。

(もっと、生きたかったよね…、もっと、楽しいこと、たくさんあっただろうに…。)

 事件当初から、葵のきょとんとした顔から、仲の良い友人を見て嬉しそうに笑う顔、いろんな表情を見てきた平端は、胸を押し潰されるような悲しみが振り払えなかった。だが、最後に両親に笑って、という仕草をした葵を思い出し、鞄からティッシュを取り出して涙を拭う。

(…悲しんでたら、また葵ちゃんが笑ってって伝えるために戻ってきちゃう。ごめんね、葵ちゃん。私は大丈夫だからね。)

 心の中で呟くが、それに応える葵はいない。
 その代わりなのか、平端の私用の携帯に着信が入っていることに気づいた。塚本からの着信で、掛け直すとすぐに塚本が出た。

「平端、娘が意識を取り戻したよ。もう、命に別状もないそうだ。」

 塚本の娘が意識を取り戻したのは、葵のおかげだろうか、と考えつつ、平端は塚本の娘の回復に心から喜んだ。
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