オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗

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11 人間に戻った方がいい

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 美緒ちゃんと一緒に教室を出る。
 帰り道、ふと美緒ちゃんが私に言った。
「土曜日、大神くんと出かけたんだね」
 周りに灰色の空気はない。
「うん……私の用事に付き合わせちゃったんだけど……」
「前に大神くんが一匹オオカミみたいだって話、したよね?」
「あ……必要以上に話してくれないとかなんとか……」
「そう、それ。だからもし迷惑なら断ってるよ。由梨ちゃんの言ったこと、あんまり気にしないでね」
「うん……ありがとう」
 美緒ちゃんに言われて、考えてみる。
 たしかに、大神くんはいつもだいたい1人。
 だから話しかけやすかったんだよね。
 誰かとの会話を邪魔しなくて済むし。
 みんなはその逆だったのかな。
 誰とも仲良くしようとしない大神くんに近づこうなんて、思わなかったのかも。
 空気を読む……みたいなの?
 そういうの、私、気づけなかったんだよね。
 やっぱりすごく鈍感だ。
 いまなら、空気の色も見えるし、少しはわかりそうだけど……。
「あ……!」
 ふいに思い当たった私は、つい声をあげてしまう。
「どうしたの、さくらちゃん」
「う、ううん、なんでもない。あ、あのさ……私、ちょっと鈍感じゃなくなったよね?」
「そうだね。いろいろ気づくようになったっていうか……まあ、由梨ちゃんの方が過激になってきただけって気もするけど」
 私が奪われたものって、もしかして鈍感力?
 これまで『空気の色を見る力』がついたんだって思ってたけど。
 これって『空気の色を見ないようにする力』を失ったとも言える。
 これがカラスくんに奪われた『大事なもの』なのかも……!



 美緒ちゃんと別れた後、なんとなく覚えていた道を辿って、喫茶店に向かった。
 ちゃんとした人外じゃないけど……いいよね?
 少し緊張しながら、ドアに手をかける。
 ベルの音がして、エプロン姿のシロさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「あの……入っても……」
「もちろん。良くんもさくらさんのこと、待ってたよ」
 中を覗くと、そこにはテーブルにつく大神くんがいた。
 シロさんの空気は、穏やかなオレンジ色。
 わからないけど、これはたぶん悪くない色だって思ってる。
 シロさんに案内されるようにして、大神くんと同じテーブルにつく。
「結城さんのこと、道で待ってようか迷ったんだけど、誰かに見られたら、またなにか言われるかもしれないから……」
 気づかってくれたってことだよね。
「ありがとう」
「うん……来てくれてありがとう。話したかったんだ」
 大神くんの周りには、紫色と深い緑色の空気が漂ってる。
 私を心配してくれている色。
 ごめんって思ってくれてる色。
「言い訳でしかないけど、なるべく人とは深く関わらないようにしてるんだ」
「学校では、よく1人でいるよね」
「本当は、人より聴力も嗅覚もあるし、運動能力も高い。でも学校じゃ、人間のフリしてセーブするしかない。セーブしきれなくて怪しまれても困るし、仲良くなった子の前で演じ続けるのもあんまりいい気しないから」
 そっか。
 人外っていう秘密を抱えながら生活するのって、結構大変なんだな……。
「だからって、あんな距離のある言い方を結城さんにしちゃったのは、よくなかったって思ってるんだ」
「え?」
「はっきり言った方がいいって立花さんに聞かれて、大丈夫としか言えなかったから」
 そのことか。
「それなら、大丈夫って言ってくれただけで十分だよ。距離のある言い方だなんて気づかなかったし」
「本当?」
「変な空気の色だったから、最初は迷惑なのかなって思ったけど……半分は、心配してくれてる色だって気づいたし。もう半分は……えっと……なんだろう」
「正直、どうしようって困ってたから、その色かな。でも迷惑とかじゃないよ」
 藍色は困ってる色……か。
「結城さんはもう、僕が人外だって知っちゃってるし、ウソをついて距離を取らなきゃならない相手じゃないから……取らなくていいよね、距離」
 空気の色が変わっていく。
 紫色や緑色から、明るい色に……。
「うん……」
「学校じゃ、難しいかもしれないけど……」
 この喫茶店にいる人はみんな人外で、たぶん大神くんが距離を取らなくていいって考えてる人たちばかり。
 私も、その中に入れてもらえたってことだよね。
「ありがとう、大神くん」
 お礼を告げると、大神くんは私を見て笑ってくれた。
 そんな私たちの前に、紅茶と焼き菓子が運ばれてくる。
「お礼を言うのはこっちの方だよ、さくらちゃん」
「銀子さん!」
「良ちゃんと、仲良くしてくれてありがとう」
「そ、そう言うこと言わなくていいから」
 照れくさそうにする大神くん……こういう大神くんは、学校じゃ絶対見られないかも。

「そういえば土曜日、大神くんからマドレーヌもらったよ。ありがとう。すごくおいしかった」
「よかった~。今日はフィナンシェだよ。食べて食べて」
「いい匂い……! いただきます」
 少し和みかけていた空気を換えたのは、レイくんだった。
「結局、カラスに会って来たのに、人間に戻ってねぇんだよな?」
 そうだ。
 私、それを伝えようと思って、ここに来たんだった。
「なにを奪われたか、答えを出してからじゃないと取り合ってくれそうにないって、さっき言ったろ」
 大神くんが答える。
 私が来るまでの間に、話してくれていたみたい。
「それなんだけど……ちょっと思い当たることがあって」
 私がそう言うと、聞こえていたのかシロさんも近くに来てくれた。
「結城さん、思い当たることって?」
「私、これまですごい鈍感で、誰かが自分を嫌ってることも、全然気づけなかったの。でも、カラスくんに会って、空気の色が見えるようになって……」
「だから、それはもらったもんだろ? もらった能力!」
 私も、最初はレイくんみたいに思ってた。
「私が持ってた『空気の色を見ないようにする力』を、奪われたってことじゃないかな」
 レイくんは、すぐには理解できなかったのか、少し首を傾げていた。
 シロさんが、目を細めてうなずく。
「なるほど……フィルターか」
「どういうことだよ、シロ」
「銀子さん、問題集持ってる?」
「問題集?」
 銀子さんが、近くに置いてあったカバンから、問題集らしきものを取り出す。
「ここに問題がある。問題は黒字、答えは赤字で書かれてるよね。ここに赤いシートを乗せると、当然、答えは見えなくなる」
 そうシロさんが丁寧に説明してくれる。
「そんくらいわかるって」
「この赤字が空気の色なんだよ。シートがフィルター。ボクたちは普段、なんらかのフィルターを通して物を見ている。このフィルターを奪われて、これまで見えていなかった物が見えてきたってわけ」
「そのフィルターが戻れば、結城さんは空気の色が見えなくなる……普通に戻るってことですね」
 大神くんがシロさんに尋ねる。 
 シロさんは、持っていた赤いシートを私の目の前にかざす。
「見えなくなる。それと同時に、ボクたちの耳も、この喫茶店も、見えなくなるだろうね」
「え……」
 どういうこと?
「ボクたちは、お互い人外である仲間を認識するための目を持っている。人ではない人外だけに与えられた能力と言ってもいい。空気の色が見えるようになったさくらさんは、やっぱり人間じゃない。一時的に人外になってる状態なんだよ。だから、ボクたち同様、仲間を認識するための能力も一緒に与えられたんだ。空気の色が見えなくなったら……人間に戻ったら、その能力も失うはずだ」
 せっかく大神くんや銀子さんと、仲良くなり始めてたのに。
 大神くんが距離を取らなくていいって思ってる人の中に、ついさっき入れてもらえたばかりなのに。
「フィルターを2枚奪われたってことも考えられない?」
 銀子さんがシロさんに尋ねる。
「うん。それもありえる。空気の色を見えなくするフィルターと、人外の特徴を見えなくするフィルター。そのうち1枚だけ……空気の色を見えなくするフィルターだけをさくらさんに返せば、さくらさんは人間だけれど、ボクたちの特徴を見ることができる……そんな目になるかもしれないね。だけど、人外を把握できる人間なんてこれまでいた試しがない。人間に戻るのなら、ボクたちとの付き合い方も、人間と人外との関係になる。その中間は、ありえないよ」
 つまり、距離を取った関係ってこと?
 寂しいけど、たぶんしかたないことなんだ。
「で、でも私……忘れません。このことは、いい思い出に……」
「人間に知られているのは都合が悪い。悪いけど、人外に関する記憶だけ、消させてもらうことになるかもしれない」
「え……」
 都合が悪い。
 シロさんは、はっきりと私にそう言った。
「そんなこと、できるんですか?」
「そういうことが出来る仲間もいる。夢の中の出来事だったと思えるくらいあいまいなものになるはずだよ」
 それじゃあ本当に、大神くんの耳のことも、私の中では寝ぼけて見間違えただけってことになるんだ。
 銀子さんが、私の頭にそっと手を置く。
「大丈夫。また友達になればいいよ。アタシたちはさくらちゃんに一つだけ、隠し事をすることになっちゃうけど、人のフリをするのは得意だから」
「う、うん……」
「良ちゃんも、できるよね?」
 大神くんの方を見る。
 濃い藍色。
 困っている色。
 私にどう対応すればいいのか、わからないのかもしれない。
「だ、大丈夫だよ、私」
 空気の色を見て、私は思わずそう答えていた。
「良ちゃん、ここはできるって言うとこだよ? さくらちゃん、人間に戻りにくくなっちゃうでしょ」
「うん。できるよ。できるから……人間に戻った方がいい」
 空気は藍色のまま。
 私のために、たぶんウソをついてくれてるんだと思う。
 優しいウソ。
「ありがとう」
 だから私も、引き留めて欲しいなんてことは言わないことにした。
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