オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗

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7 人外の目

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 放課後、日誌を書く私を、美緒ちゃんは待ってくれていた。
「ありがとう、美緒ちゃん」
「ううん。お礼を言わなきゃいけないのはこっちだよ。いつもありがとう」
 美緒ちゃんの周りには、黄色っぽい空気が漂っていた。
 たぶん、これはいい感情。
 感謝してくれてる色……かな。
 それを見て私もホッとする。
 いつものように一緒に下校して、美緒ちゃんと別れた後――
「結城さん」
 そう声をかけてきたのは、大神くんだ。
「大神くん! どうしたの?」
「結城さんと話がしたくて」
「え……もしかして、待っててくれたの?」
「学校では、話しづらいからね」
 それって、由梨ちゃんのこと?
 ううん、さすがに由梨ちゃんのことは、気づいてないか。
 だったら、耳のこと?
 耳の話は、とてもじゃないけど学校じゃできない。
「ちょっとついて来てもらっていい? 歩きながら話すよ」
「うん」
 通学路から少し外れて、私たちは人気のない路地に入り込む。
「結城さん、僕の耳が見えるって言ったよね」
「うん……でも、もう言わないから」
「それに関しては疑ってないよ。疑ってないんだけど……」
 どうしたんだろう。
 ちらっと隣の大神くんの方を見る。
 大神くんの周りの空気が、少し紺色っぽくなっていた。
「僕だけ知られてるって、やっぱちょっと気になるんだよね。結城さんのことも教えてくれる?」
「私のこと……? それって、えっと……」
「弱みを握られたから、僕も結城さんの弱みを掴んでおきたいってわけじゃないんだけど……そう思われてもしかたないかな……」
 私が大神くんの耳のことを知っちゃったのは、たぶん、大神くんの弱みを握ったようなものだ。
「そっか。そうだよね。私だけ一方的に知っちゃってるのも……」
 なんとなく、大神くんの言いたいことはわかった。
「なにを教えればいいかな」
「そりゃあ、結城さんの正体だよ。結城さんには、なんの血が流れてるの?」
「私の正体? なんの血って……血液型の話?」
「ううん。わかってるよね?」
 隣で歩いていた大神くんが足を止める。
 つられて足を止めると、大神くんが前に回り込んできた。
「見えてるんでしょ? 僕の……」
「耳?」
 大神くんの頭に目を向けると、そこにはやっぱりふわふわの耳。
「仲間以外、見えるはずがない。いままだって、人間に見られたことは一度もなかった」
「人間にって……」
「結城さんも、人外なんだよね?」
 人外?
 人間以外ってこと?
「え……待って。どういうこと? 大神くんは、その、人外……なの?」
 まさか、そんなはずない。
 そう思ったけど、大神くんは否定しなかった。
「……とぼけてるってわけでもなさそうだね」
 大神くんは、少し不思議そうに首を傾げる。
「う、うん……」
「だったら自覚がないだけで、人間近いなにかか……」
「人間だよ」
「人間に僕の耳は見えない」
 大神くんの耳が見えてるから、私、人間じゃないと思われてるってこと?
 たしかに空気の色も見えるし、いまの私は、人間とは違う目を持っているのかもしれない。
 人外の目?
「大神くんの耳、前は見えてなかったの」
「どういうこと……?」
「バスに乗る前、耳のこと言っちゃったでしょ。見えたのはあのときがはじめてで……」
「あのとき、驚いてるみたいだったけど……。そっか、見慣れてなかったんだ」
 大神くんは隣に並び直すと、また歩き出す。
「でも、なんで急に。人間から人外に変化するなんてこと……」
「私、なにか特殊能力でも手に入れちゃったのかな」
「能力というより、人外に近づいたとか。そもそも人外だったけど、なんらかの影響で、いままで人間化してたとか……可能性はいろいろあるけど」
 大神くんがちらっと私をうかがう。
 私も大神くんをうかがう。
「さっきも聞いたけど、大神くんって……」
「さすがにもう隠しきれないよね。実際見えてるみたいだし。オオカミ男って聞いたことある?」
「満月を見ると、オオカミになっちゃう……アレ?」
「ならないよ。でも普段から耳も尻尾もある。オオカミの特徴的な容姿と能力を、一部引き継いでいるんだ。人間には、見ることも触ることもできないけどね」
 そう言われても、いまいちまだピンとこない。
 ただ、実際、普通の耳とは別で、大神くんの頭にはふさふさの耳がある。
 ズボンからは、はみ出た尻尾。
「オオカミ男って、実在したんだ……」
「僕みたいに見た目でわかる人外ばかりじゃない。結城さんは人間に見える隠れ人外なんだって思ってたんだけど……」
 その自覚はない。
 でも、これまで見えなかったものが見えるようになっちゃってるのはたしかだ。
「前は見えなかったみたいだけど、見えるようになったきっかけとか、なにか心当たり、あったりする?」
「うーん……」
 もしかしたら――
「野外学習で変な子にあったのが原因かも……」
「変な子?」
 いま思えば、あの子も人外だったんだろう。
「不思議な男の子で……私を助けてくれたんだけど、背中に大きな黒い翼が生えてたの」
 大神くんは、指を口元に添えながら、うーんと考え込む。
「最初はその翼も見えなかったんだけど、たしか……そう! 助けるのと引き換えに、私から大事なものをもらうって言ってた! それから見えるようになったんだと思う」
「じゃあ……黒い翼の子に、なにか奪われたんだ?」
「うん、奪われたはず……。でも変だよね。奪われたのに、見えるようになるなんて……なにかもらったみたい」
「なんとなく事情はわかったよ。詳しい話はあとにしよう。僕が連れて来たかったのは、ここなんだ」
 足を止める大神くん。
 私も立ち止まって辺り見ると、すぐそこに、西洋風のおしゃれな家が建っていた。
「かわいい……喫茶店?」
「……やっぱり、そう見えるんだ」
「どういうこと?」
「人間には、普通の地味な一軒家に見えるようになってるみたい。それをかわいいって言ってる可能性もあるけど……」
 どう見ても普通の地味な一軒家じゃない。
「ドアとか窓とか、ステンドグラスみたいだし、おしゃれすぎて入りづらい感じ。お金持ってないし……」
「その点は大丈夫。来て」
 大神くんがオシャレなドアに手をかける。
 ベルの音色を響かせながら、開かれたドアの先には、いくつか並べられた丸テーブル。
 やっぱり、喫茶店?
 クッキーみたいな甘い匂いが漂ってきた。
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