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高3

冬夜と亜姫(4)

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 しばらくして家に帰ったらリビングにベビーベッドが置いてあって、小さな生き物が寝てた。
 新生児室で見たときよりちょっとだけ大きくなってて、でもやっぱり小さくて。
 変わらず両手バンザイしてて、くぅくぅと寝息立ててた。
 
 爪、ちっちゃ……って思って、突っついたらギューって俺の指を握って。それから目を開けて、ちょっとだけ笑ったんだ。
 その顔は、小さい頃の俺にそっくりだった。
 
 その時親が部屋に入ってきたから、知らんぷりして部屋に引っ込んだんだけど。
 
 それからちょっとずつ、親の見てない隙にベッド覗いて、少しずつ家に帰るようになって。
 親が意外と赤ん坊の世話すんだなって、ちょっとだけ見直して。
 
 そしたら母親が、カイがまだ六ヶ月ぐらいの時に「仕事に復帰する」って言い出した。
 
「は? こんなちっこいの放り出して仕事すんのかよ? また同じこと繰り返すのか?」
 って思ったよ。
 
 最初はただの意地だった。
 
 お前らが見ないなら俺がやってやるよ。
 産み落とした責任ってどういうもんか、出来ないお前らに見せてやるよ、って。
 
 それが、面倒を見てるうちにどんどん可愛くなってきて。
 赤ん坊の頃は保育園に入れてたんだけど、預ける時に俺と離れたらちょっと泣くんだよ。逆に、迎えに行くと少し嬉しそうにする。
 幼い頃から、他の子に比べて反応が薄い奴だった。けど、何かあると俺のどこかをギュッと掴んでさ。
 
 ……気づいた時には、もう可愛くて可愛くてしょうがなかった。
 
 自分がもらえなかった愛情を、全部カイに注ぎたいと思った。
 俺みたいになるなよ、俺がいつでもそばにいてやるよ……って。
 
 でも、カイの世話をする中で少しずつ親と話すようになって……そこで初めて知った。
 
 あの人達、ずっと俺に兄弟を作ってやりたいと思ってたんだって。
 親は先に死ぬだろ? そうなった時、俺が一人にならないように。
 あの人達はどうしても成し遂げたい仕事っつーのがあって、それで俺との時間が取れないことに実は苦しんでて。
 放置してると思ってた間も、あの人達は俺を気にかけて色んなことをちゃんと把握してたらしい。
 
 俺がこっそり新生児室に行ったのも、実は見てたんだって。そんで、その様子を見て喜んでいたらしい。
 それを知ったら、急に全てが馬鹿馬鹿しくなって。その日を境に、カイを思いきり可愛がるようになった。
 
「俺は、カイに世界を変えてもらった。あいつは俺の全てなんだ」
 
 その声はとても優しかった。隣に座る里佳子も柔らかく微笑み、同意するように頷く。
 
 大きな愛に包まれた小さな和泉を想像し、亜姫も自然と笑顔になった。
 
 そこに。
「ただ、カイの反応が薄いことはずっと気になってた」
 冬夜の心配そうな声が聞こえた。
 
「どこにも問題はない。だけど、とにかく感情表現が乏しかった。けど、それなりに意志は見えてたから……俺は気長に構えてたんだけど。
 赤ん坊の頃から通ってた遊び場に圭介達がいて。あいつらといる時だけはカイの反応が少し違ったんだよ。少し笑うし、ちょっと楽しそうだし。
 それで、あいつらに合わせて遊び場を選んで同じ保育園に入れた。あいつが年少から幼稚園に変えるっていうから、そこにも一緒に行かせた」
 
「親には反対されたよ。幼稚園じゃ、終わるのが早すぎて迎えにいけないって。
 だから言ってやったんだ。カイの面倒見てんのは俺だ、だから決定権も俺にある。送迎から何から俺がやるからお前らは口出しすんな、って」
 
「カイは、小さな頃から妙に人を惹きつける奴だった。それこそ幼少期から。
 異常だと思うぐらい皆が欲を押し付けて、見事に誰もあいつの話を聞かない。
 カイがずっと無表情無反応だったのは、一つの『防御』なんだと俺は思ってる。
 あのまま育ったら、人に不信感しか持てなくなる。だけど、人の温かみとか繋がりとか、いい人も沢山いるんだって教えてやりたくて……だから信頼できる俺の仲間達に引き合わせてた。
 あいつを色んなとこに連れ出してたのは、興味をもたせる意味もあったけど、本当の目的は『人との触れ合い』だった。
 そんな中で、健吾達だけはカイを変な目で見なかった。あいつらのカイへの接し方は純粋で、絶対に引き離したら駄目だと思ったんだ」
 
「それも大きな理由になって、海外には行かせず俺が育てた。
 まぁ、実際は沢山の人に助けられてるから……俺が、なんて偉そうには言えないんだけど」
 冬夜はハハ……と苦笑する。
  
「目立たなくさせる為に、汚い格好やみずぼらしさを演出して隠すことも考えた。でも、あの見た目は隠しきれない。目立ちすぎるだろ?
 それに、自分の持ってるものをマイナスだとか良くないもんだと思わせたくなかった。だから、敢えて身だしなみにはうるさく言ってきた。
 自分の持ち物を活かすのは、必要に応じて武器になるからな。
 あの無気力なカイが髪をいつもセットしてんの、意外だろ? 俺が絶対に許さなかったんだよ、仕上がり悪いと何度でもやり直しさせて。
 俺があいつに厳しくしたのは、身だしなみとセックスだけ。ははっ……改めて言葉にすると、とんでもねぇ保護者だな」
 冬夜は再び苦笑する。
 
「しかし、カイが女に興味を持つことや触れたがる日なんて来ないと思ってたんだけど……お前を見る限り、そんな事は無さそうだな?」
 先程の様子をからかうように意地悪な笑みを向けられ、亜姫は真っ赤になって俯いた。
 
 冬夜は笑いながら、しばらくそんな亜姫を眺めていた。
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