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高3

別れ(5)

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 和泉が飲み物を手にして歩いていると、中庭に面した通路に人が立っていた。
 今は放課後。人がいないと思っていた和泉は一瞬驚き、立ち止まる。よくよく見ると、その後ろ姿は野口だった。
 
 ゆっくり近づくと、足音に気づいた野口が振り返る。 
「……あれ、あんたのせい? あんたがあんなに泣かせてんのかよ?」
 
 鋭い目で問われ、和泉は苦笑を零す。
 
「あぁ……俺のせい。今ならお前、つけ込めるよ。
 さっき別れたところだから」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「俺なんかより……野口の方が、亜姫のそばにはいいのかもな」
 はは……と乾いた笑いを零して和泉は俯く。
 
「なんだよ、珍しく弱気じゃん。……どうしたんだよ?」
 
 和泉はいつもの強さを消し、困ったように眉を下げた。
「俺は……いつも泣かせちゃうから。
 ……亜姫が人のことばっかり一生懸命で、自分を大事にしてないのが……自分を当然のように犠牲にするのが本当に嫌なんだよ。
 色恋沙汰になると特に。頑なに本音を言わねぇしすぐ諦めるし、欲を出した自分なんか好かれるわけがないって思ってる。
 そうじゃない、自分を大事にしろ、お前が一番大事なんだ、って……どれだけ伝えても全然伝わらない。
 どんなにしんどくても亜姫はそれを見せないようにして全部我慢して……そんで、無茶ばっかりして。
 ……今もそう。あんなんなってんのに、人の幸せばっか考えてる。
 俺は……………それが、どうしても許せねーんだよ」
 
 和泉はいつの間にか同じ目線になった野口を見つめ、問いかけた。
「お前なら、亜姫とどう付き合う?
 今の亜姫に……なんて声をかける?」
 
「俺なら? 甘やかすことしか言わないよ。頑張らなくていいよ、無理しないで……って。
 今のままの、不器用なとこも含めて亜姫先輩だから。俺はそういう先輩が丸ごと好きなんだ」
 野口は迷いもなく即答した。
 
 和泉はハハッと小さく笑う。
「そうか。やっぱ、お前の方がいいのかもな……亜姫を笑わせてやれる。
 ……亜姫の笑顔に惚れたのに。俺は、怒らせるか泣かせるかしか出来ねぇんだよ。
 いつまで経っても本音を隠すのは俺を信頼しきれないってことだろうし、このまま別れといた方が亜姫の為には……」
「あんた、そんなにバカだった? 頭に虫でも湧いてんの?」

 かけられた言葉に驚き、和泉が野口を見る。
 
 すると、野口は出会った頃から変わらない真っ直ぐな瞳で和泉を強く見返し、迷いなく言った。
「違うだろ。亜姫先輩は、それだけあんたのことが好きなんだよ。
 頑なに隠し続けるのは、それだけ恐がってるってことだ。本音を言ってあんたに否定されたら怖いから……嫌われるのが怖いから言えねぇんだろ。
 頑なとか意地張るとか怒るとか……そんな亜姫先輩、俺には想像もつかない。いつも笑ってるし、素直だし、頑なっていうよりむしろ人より柔軟性があるように見える。
 だって誰が何言っても全部受け止めてくれるじゃん。ヒロ先輩にからかわれても本気で怒りはしないし、ましてや誰かを怒らせるなんて有り得ない。
 先輩は、あんたにしかその部分を見せないじゃん。それが、あんたにだけ心開いてるっていう何よりの証拠じゃねーか。 
 そんなの、あんたが一番よくわかってんじゃないの? 今更、何をグダグダ言ってんだよ。
 先輩は……俺には絶対、そんな姿を見せない。
 それに、たとえ見せてくれたとしても……俺はあんたみたいに言うなんて出来ない。だって、嫌われんのが恐いもん。
 ……そーいうのを気にせず、好きな女にとことん向き合える和泉魁夜って男が羨ましい。本当に……羨ましくてたまらねーよ」
 
 野口は自身との差を悔しそうに吐き出し、それから腹立たしげに和泉を見る。
 
「今も……わざと放置してんだろ?」
「なんで……」
「あの状態の先輩を、あんたが放っとくわけがない。
 白々しく通りがかったフリしてるけどさ、本当は急いで戻って来たんだろ?
 早く行きなよ、あんな泣き方初めて見た。いつまでもあのままじゃ可哀想だ」
 
 野口はひと呼吸置き、それからまた悔しげに和泉を睨む。
「ムカつくから、本当は言いたくないんだけど。
 ……あんたみたいになりたいって思ってんだよ、俺は。
 いつか追い越すのを目標にしてんだから、弱気な姿見せんじゃねぇよ。早く泣き止ませてきて」
 怒ったような口調でそう言うと、野口は和泉を蹴飛ばした。
 
 和泉はそれを避けることなく受け止める。それから軽く笑い合って二人は別れた。
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