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高3

別れ(2)

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 だが、直後グイっと手を引かれる。

 その勢いに思わず振り向けば、見たことがないほど激しい怒りに満ちた和泉がいた。
 
「……最後ぐらい、素直なとこ見せたら?
 お前の気持ち、ちゃんと聞かせろよ」
 
「私の気持ち?
 春菜ちゃんは私から見ても可愛い。
 和泉が好きになるのも納得。
 二人には幸せになって欲しい。
 私のことなんて気にしないでほしい。
 だから文句も言いたいこともない。
 ……もう、手を離してくれないかなぁ」
 
 亜姫は笑顔を保ちながら、腕を引き離そうと必死だった。
 
「ここまで頑固だと怒りを通り越して呆れる。ほんっとに、とことん可愛げねぇ女だな。春菜の素直さを見習えよ」
 
 途端、亜姫の顔がくしゃっと歪む。
「……そんなに何度も強調しなくたって、自分がどんな人間か……ちゃんと、理解してる。
 可愛げないとか素直じゃないなんて……自分が一番よくわかってるから。
 でも……「彼女を見習え」なんて言われるのは……さすがにちょっと、キツい、かなぁ……」
 
 ボロボロッと涙が溢れた。
 違う、笑え! 亜姫は自分を叱咤する。
 
 せめて、最後ぐらい綺麗に終わらせるんだ。
 笑った顔を、覚えていてもらいたい。
 
 そう思っていたのに。
 一度崩れたモノを立て直すことは出来なかった。
 
「離して!」
 全力で腕を振りほどき、和泉から距離を取る。
 
「今更話すことなんてないでしょう。早く、春菜ちゃんのところへ行きなよ」
 背を向けて、目から零れる大量の涙を手の平や握った拳でごしごしとこする。
 
 止まれ、止まれ、泣くな!
 しゃくり上げそうな喉を必死に抑え、これでもかと目を擦る。
 それを和泉がじっと見ていることに気づかないまま、亜姫は今度こそ歩き出した。
 
 あの和泉が、手放しで春菜を褒めちぎった。
 和泉が女の子を褒めるなんて。初めて聞いた。
 
 あれを聞かされただけで、相当の苦痛を伴った。
 なのに次に聞いたのは、春菜と対象的な自分を責める言葉。更に心をられた。
 
 そこへ追い打ちをかけるような、「春菜を見習え」という言葉。
 わざわざ追いかけてきて、そこまでして最後のトドメを刺そうとした和泉の行動に、心が粉々に砕けちった。
 
 もう、笑えない。
 クラスメイトとして最低限……と言ったけれど、そんなの絶対無理だ。
 
 だが数歩も歩かないうちに再び腕を引かれ、気がつけば和泉の腕の中にいた。
 
「そんな状態でもまだ強がんのかよ。本当に可愛げねぇな」
 
 耳元で囁かれ、思考が混乱する。
「なんでっ……」と苛立ちをそのままぶつけるつもりで顔を上げると、唇を塞がれた。
 
 何をされているか気づくまで、数秒かかった。
 
 いつも「好きだ」と伝える時にしてくれたキス。
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 こんな状態でも受け入れようとしてしまう自分を、心底惨めだと思った。
 
 ──この人は、もう春菜ちゃんのモノなのに。
 
 最後の力を振り絞って、その体を突き飛ばす。 
「なんのつもり……? どんな嫌がらせなの……?」
 
 亜姫の態度に、和泉が苛立ちを隠さず大きく舌打ちする。 
「言えよ。好きだって………別れたくないって言えよ」
 
「言わない」
 亜姫は強く否定した。
 
「……じゃあ、本当にこのまま別れんだな」
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