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高3

嫉妬の先の触れ合い(1)

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 翌朝和泉が迎えに行くと、亜姫はいつもと同じだった。少し残念に思いながらも浮き立つ気持ちは抑えきれず。そんな気持ちが漏れていたのか、いつもより母に遊ばれた。
 しかし、いつもなら何がしかの反応をする亜姫が今日は何も言わない。代わりに、和泉のそばにちょこんと立って嬉しそうに微笑んでいる。和泉は悶える気持ちを抱えたまま亜姫の家を出た。
 
 よくよく見ると、亜姫はいつもより甘えているようだ。不意に素直な行動を取ったりするので、和泉もつい甘やかしてしまう。
 今日の亜姫にそれは功を奏したようだ。気持ちが安定したのか、学校に着く頃には以前と変わらぬ様子を見せた。麗華達がそれを見て密かに安堵している。
 
 どうやら香田の抑え込みもうまくいったようだ。香田から、謝罪と「受験が終わるまで会うのは控える」というメッセージが亜姫に送られてきた。
 
 ようやく落ち着いた日々が戻ってきた。
 
 受験に向けて勉強時間も増やしていかねばならない。
 亜姫は進学を決めたけれど、諸々を考慮して受けるのは一校だけにした。二人共受かれば行く。それ以外なら、来年に向けてゆっくり準備を整える。
 
 麗華は亜姫と同じ学校以外にも、いくつか受験先を決定。麗華には彼との事情もあるし、亜姫が駄目だった場合は自身の進路を優先するよう決めたのだ。それは亜姫の強い願いでもあった。
 
 それからは勉強中心の日々だった。亜姫は塾に行くことは諦め、代わりに和泉と二人で図書館や学校で出来る範囲でコツコツとこなしていった。体調によっては無理な日もあるが、調節しながら亜姫なりに充実した日々を送っていく。
 
 そんな中、今日は和泉の家にいた。
 たまには息抜きしようと、二人は勉強を休むことにしたのだ。
 
 
「最近頑張ってたから、ご褒美」
 和泉はそう言うと、亜姫の目の前に美味しそうなケーキを置いた。
 
 そこには「お誕生日おめでとう」の小さなプレート。
 
 亜姫がぽかんと口を開けてそれを眺める。予想通りの反応に和泉はくすっと笑い、その横顔にチュッと口づけた。
「今年も過ぎちゃったな。……誕生日、おめでと」
 抱き寄せて囁くと、亜姫はようやく和泉の方を見た。
「……もう、忘れてた」
「だろうな」
「……去年も、こうやってケーキをくれたよね」
 亜姫は懐かしそうに微笑んだ。
 
 亜姫の誕生日は12月2日だ。そして和泉の誕生日は1月2日。去年はあの事件の直後でそれどころではなく、お互いの誕生日を祝うなんて出来なかった。そんな話題を出す余裕すらなかったのだから。
 けれど、去年の年明け。和泉の家へ行った日に、和泉は同じようにこうして用意してくれた。まだまともに食べられなかった亜姫の為に、一口サイズの小さなケーキを「祝いとして」ではなく「おやつとして」出してくれたのだ。
 それでもあの時は半分しか食べられず。「これは俺の分だな」と笑いながら、和泉が残りを食べてくれたのだった。
 

「ありがとう」
 亜姫が嬉しそうに微笑むと、和泉も同じように笑った。
「今年は俺のせいで祝えなかったからさ。ごめんな」
「ううん、和泉が元気になってくれればそれでいい。
 ………食べてもいい?」
「もちろん」
「和泉の誕生日はちゃんとお祝いしようね」
「その時は、お前の分も一緒にな」
 二人で笑い合いながら、去年と同様に半分ずつ食べた。
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