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高3

亜姫の変化(1)

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 和泉が退院して、亜姫に日常が戻ってきた。
 隣には和泉がいて、今まで通り送迎をしてくれる。
 しかし大抵の場合、その横に香田達がいた。と言っても、家までついてくるわけではないし、賑やかなのはいいことだ。亜姫も楽しい。
 
 そう、楽しい。……はずなのに。
 
「亜姫? どうした? 疲れちゃった?」
「あっ……ううん、大丈夫。和泉こそ、腕は痛まない?」
「んー、まぁ……まだ時々痛む、かな」 
 言いにくそうに告げられ、亜姫はその痛みを想像する。和泉の苦痛を慮って眉を下げ、少しでもらくになるよう願いながら腕をさすった。
 
 けれど回復は思ったより早かったらしい。予想より早くギプスが取れて、和泉はリハビリに通い始めた。
 最初は面倒くさがっていたが、今回ばかりは冬夜が「後に響くから、リハビリはちゃんとやれ」と知り合いの病院へ通うよう厳命したらしい。
 
 亜姫はその前に家へ送り届けてもらい、翌日まで会うことはないのだが。
 どうやらリハビリ前後の時間は、香田や春菜と過ごしているようだ。
 
 「ようだ」というのは、和泉から聞いたわけではないからだ。じゃあ、誰からなのかと言うと。
 
 ピコンと電子音が鳴り、亜姫はハッとして画面を見る。
 そこには、予想した通り香田の名前。
『和泉先輩、無事にリハビリ終えましたよ。今日も看護師さんから大人気でした』
『明日は○時に○○へ行くそうです』
『今日は、○○さんって人とこんな話をしてました』
 
 香田は、荷物持ちや雑用を手伝いたいという理由で和泉のそばにいるらしい。
 院内まで入ってはいないようだが、どう調べているのか、見聞きした情報を逐一連絡してくれる。
 しかし、それを素直に喜べない自分がいた。
 
 少し前からある、胸のモヤモヤ。あれが、ここにきて自分の中の大部分を占めつつある。
 
 里佳子やスタジオで会った彼女がいる時、何度もおかしくなったあの症状。あれが最近頻繁に起こる。むしろ無い時の方が少なくなった。
 家にいても和泉に会っていても麗華達と過ごしていても。所構わず出るそれは、亜姫をどんどん侵蝕していく。
 ずっと体調不良だと思っていたが、今では違うとわかっている。
 和泉と他の女の子の事を考えると、やたらモヤモヤする。それは日々形を成していき、今では『嫌』という立派な一つの感情を形作った。
 それは留まるところを知らず、これでもかと成長していく。
 
 和泉のそばにいる香田。
 そこから発信される和泉の話。
 和泉と話す春菜。
 親密そうな里佳子。
 和泉に近づく女性達。
 
 全てに「嫌だ」と感じる。
 それが『他の女性が和泉に近づくのが嫌だ』という事だとわかった時の絶望は、言葉では言い表せない。
 
 亜姫の中にはっきり浮かび上がった答えは、
 「自分以外の女性が和泉と関わるのが嫌だ。和泉は私だけのモノなのに!」
 だったのだから。
 
 過去に近づいたであろう女性にも、和泉と体を重ねてきた不特定多数の人達にも、和泉に好意を寄せている顔すら知らない誰かにも、果ては麗華や沙世莉にさえそう思うようになってしまった。
 
 触らないで、話さないで、近づかないで、目を合わせないで。
 その笑顔を見られるのは、私だけなのに。
 私の和泉なのに!
 
 黒い感情は、終わりなくこれでもかと湧き出てくる。
 
 こんな感情、知らない。
 こんな感情は、いらない!
 
 経験したことのない感情に亜姫は怯えた。
 そして、誰よりも何よりも、和泉に知られることを恐れた。
 
 だって、和泉は誰かのモノじゃない。
 彼は、独占欲を見せる人間を最も嫌うのだから。
 その欲をぶつけてくる相手を、心底軽蔑しているのだから。
 
 これは、和泉がもっとも嫌う『一方的にぶつけられる欲』だ。
 
 自分がそんな人間だったなんて知られたら、嫌われてしまう。
 そうじゃなかったから、そばにいられたのだ。
 そうじゃなかったから、和泉は過去から抜け出せたのだ。
 そうじゃなかったと知られたら、きっと和泉は昔に戻ってしまう。
 
 ──絶対に、知られてはならない。
 
 この時、いつものように麗華に言えばよかった。そうしておけば、なんの問題もなく解決するはずだった。
 しかし、この時。誰よりもその感情を怖がっていたのは、他でもない亜姫自身だった。なので、誰にも言わなかった。
 
 口にしたら和泉にバレてしまいそうで……言えなかった。
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