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高3

手伝いの受難と幸福(12)

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 彼女がここまで和泉に執着するのは、前回の撮影時に見せた『愛してると全身で伝えてくるカイ』の姿だ。
 しかし今、抱き込む子へ溢れる愛しさを撒き散らす姿はその比ではない。
 あの時のアレは……もしかして、この子を想っていた……?
 
 そこに思い至り、二の句が告げなくなった彼女へ和泉は追い打ちをかけた。
 
「俺は手伝いに来ただけだし、撮影もさっき終わった。もうこれ以上あんたの相手はしない」
「な、ん、ですって? 私はまだ自分の仕事をしてないわ! 代役とはいえ、私は指名されてここに来てるのよ?」
「納得できないっつーなら冬夜達に言えよ。俺は関係ねーから。まぁ、もう撮ることは無いと思うけど」
「なによ、その言い方……私は仕事しに来てんのよ! 何もしないで帰るなんて有り得ない!」 

 ワナワナと手を震わせながら怒鳴る彼女に、和泉は呆れた顔を向ける。
 
「相手役が到着するのを待って撮影するって決まってたのに、あんたがそんなに待てないって怒鳴り散らしたからこうなったんだ。
 望み通り待たずに帰れるだろ。なのに、まだ勝手な事を言う気かよ」
「なっ……っ!!」
 
 怒りで真っ赤になった彼女。それでも引く気はない様子で、今度はその怒りを亜姫に向けた。
 
「このクソガキッ……」
 彼女が悪態をつきながら亜姫に掴みかかろうとした時。 
「カイ、オッケーが出たぞ」
 冬夜が機械を片手に入ってきた。
 
「もっと作り込むけど、今は時間無いからイメージだけな」
 冬夜はそう言うと機械を操作して、真っ白な壁に映像を映し出した。
 
 柔らかな音楽と真っ白な背景から始まるそれは、リングやリップ、唇などのパーツをゆっくり映し出していく。次にベッドで向かい合う男女を遠目に映しだし、少しずつ近づいていった。
 
 アップになっても顔全体は映らず、男女が誰かはわからない。
 二人の動きやパーツが音楽に合わせてゆっくり映されては消えていく。その全ては愛しさと甘さで埋め尽くされていた。
 
 ほんのり色づいた桃色にシャボン玉を飛ばしたような背景。それが画面いっぱいに広がる。
 その中央にいる二人を包みこむように、会話らしき文言が浮かび上がっては消えていった。
 
 リングをつけた男性の指が、柔らかそうな頬を優しくなぞる。
 それを追うように桜色の口元がゆっくりとズームアップされ、そこへ男性の唇がゆっくり重なっていった。
 
 何度も重なる唇と、愛おしそうに顔をなぞる骨ばった手。
 鮮やかに発色した艷やかな唇は何度食べられてもその色を落とすことはない。
 半開きの唇は、重なるにつれ幸せそうな笑みを深くする。
 
 全員がその映像に魅入る中、彼女は完全に言葉を失い呆然と立ち尽くしていた。
 
 
 一方、亜姫はというと。
 一連の出来事を隠し撮りされていたと知り、真っ赤な顔で固まっていた。
 
 衝撃を受けている亜姫を見て、和泉が申し訳無さそうに謝罪する。 
「騙し討ちみたいになってごめんな? でも、身バレはしないから大丈夫。これだけじゃ、お前だなんて絶対わかんないから」
 
 そう言うと、今度は声を上げて笑い出した。
 
「冬夜。これ、俺の携帯に送って。キスしてるとこなんて最高」
「なっ、だっ、駄目! ああああんなの、使っちゃ駄目! やめてっ、ぜぜぜぜ絶対駄目ぇぇっ……!」
 
 亜姫は真っ赤な顔でくい止めようと必死だ。
 和泉はそれをからかいながら、ますます楽しそうに笑う。
 
 その光景を信じられない様子で見つめていた彼女。
 その元へ、冬夜がゆっくり近づいた。
「報酬は、予定通りお支払いします」
 そう言った冬夜を一瞥し、彼女は悔しそうに亜姫達を見る。
 
「無理ですよ」
「え?」
 冬夜は、和泉を見つめながら彼女に言った。
「カイは無理です。あの子にしか触れられませんから」
 
 それから彼女の方を振り向くと、優しく微笑んだ。
 
「……色々ありましてね。カイは女嫌いなんです。
 あれを見たら、分かるでしょう? あの子だけなんです。
 カイは、あの子でなきゃ駄目なんです」
 
 彼女は返事をせず、黙って二人を見つめ続けていた。里佳子が「行きましょう」と、背中をそっと押すまで。
 
 そんな里佳子を見て、彼女は冬夜を振り返る。
「冬夜さんにとっての『あの子』は、この人なのかしら?」
 無言で笑い返した冬夜に彼女は苦笑し、無言でこの場をあとにした。
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