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高3

手伝いの受難と幸福(4)

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 亜姫は別室のソファーに座っていた。隣に座る和泉は心配そうだ。
 
「大丈夫か? まだ具合悪い? やっぱり体調が悪かったんだろ」
「ううん、そんなに酷くないから大丈夫だよ。もう良くなったし。
 ……でも、なんだろう? 風邪でもひいたかなぁ。朝は全然平気だったんだけど……?」
 迷惑かけてごめんねと笑う亜姫を、和泉はそっと抱きしめた。
 
 なんだか、この温もりが嬉しい。そして……恋しい。 
 亜姫は腕の中に大人しくおさまり、その服を強く握った。
 
「亜姫……ごめんな」
 申し訳無さそうな声に亜姫が顔を上げると。
「あの女、本当は近づけたくないんだけど……ごめん」
 自身も苦痛を感じているだろうに、和泉は亜姫の方を気遣う。
 
「私は平気だよ。和泉の方が大変そうだけど、大丈夫? 顔……ずっと怖いままだよ?」
 いつもの笑顔を見せると、和泉は更に亜姫を抱き込んだ。
「大丈夫じゃない。けど……撮影がちょっと遅れてんだって。だからそのまま我慢してろって冬夜に言われてる。
 ……亜姫が足りない。もうちょっとだけ、このままでいさせて」
 最後の一言を少し甘い口調で言うと、和泉は亜姫の肩に顔を埋めた。
 
 亜姫の肩に顔を埋める。これは、和泉が甘えたくなった時にすることだ。
 相当堪えているのだろう。亜姫は労るように和泉の頭をそっと撫でた。
 
「亜姫」
「んー、なあに?」
 和泉は顔を埋めたままだ。
「本当は今日、お前を楽しませたくて連れてきた」
「……え?」
 和泉は名残惜しそうに肩へ額を擦り付けて、渋々といった様子で顔を上げた。その顔は前にも見た、怒られた後の犬みたいだった。
 
「お前が、一人で出来る事を増やしたがってたから。ここなら亜姫も好きなように動けると思ったんだよ。上手くいけば自信にも繋がるかと思って。
 メンズ物だけど、ああいうアクセサリーを見るのも好きだろ? 可愛いパッケージの化粧品とかプロのメイク道具とか、今日は他のシリーズの商品も土産にくれるって聞いてたし、見るだけでもお前が喜ぶと思った。
 でも、こんな事になるなら止めときゃ良かった」
 凹む和泉は亜姫を抱きしめ直し、再び肩口に顔を埋める。
 
 もう、その言葉だけで充分だった。
 亜姫は素直に「ありがとう」と伝えると、和泉の背中に腕を回して隙間無く抱きつき、思う存分和泉の感触を堪能する。
 気がつけば体調はすっかり回復していた。
 
「和泉? 私、充分楽しんでるよ? 過去最高のプルプルおっぱいを、間近でずっと眺められるしね!」
 
 すると、和泉がガバッと顔を上げる。
「それ、あの女のチチのこと? やたら見惚れてると思ってたら……あれが過去最高? 嘘だろ、お前の基準はどうなってんだ。ただデカいだけで全然よくねぇじゃん」
 信じられないと言う和泉に、亜姫は首を傾げる。
「ううん。理想的なプルプルおっぱいだよ。和泉の体でどんな風に押しつぶされても、はち切れんばかりのプルプルの弾力が保たれてて……素敵。
 寝転んでも形を保ち続けて、プルンと揺れる感じがまたたまらない……。
 あの揺れ具合はもう芸術としか……触りたい……」
「おい。あれ絶対、自前じゃないぞ」
「いいなぁ、和泉。さっきからあの感触知り放題だもん……」
「話を聞け。そして誤解を産みそうな言い方はやめろ」
 しかし悦に浸る亜姫がこんな言葉で止まるわけはなく。亜姫は和泉に抱きついたまま、ひたすらその素晴らしさを語り続ける。 
 
「亜姫」
「ん?」
「お前……あのおっぱいが俺に擦り付けられてて、なんとも思わない?」
「思うよ。羨ましい。私も触りたい」
 そのセリフに、和泉は盛大な溜息をついた。
「お前にそこまで望むのはまだ無理か……。あのおっぱいに夢中なら、尚更だよな」
 相変わらずな亜姫に、和泉はガッカリした。
 
 和泉が亜姫に不満を持つとしたらそこだけだ。
 独占欲や嫉妬を自分に向けてほしい。
 亜姫は、和泉の過去も、関わりを持った女のことも、こうして近づく女も、全て受け入れてしまう。
 それが亜姫の良い所でもあるし、和泉が救われてきた部分でもあるのだが。
 
「和泉は私のもの!」と言ってもらいたい。
 
 和泉のこの願望は、当分叶いそうにない。
 これだけ目の前で迫られているのを見ても、亜姫はあの女のおっぱいの方が気になるらしい。相当気に入ったようで、確かに暇さえあればあのおっぱいに見惚れている。
 あんなにウットリした目を自分に向けられたことはないのにな……と、和泉は苦笑するしかなかった。
 
 
 それから間もなく、二人は仕事に戻った。
 元気を取り戻した亜姫は、指示された品を別室に運び入れる。そして部屋を出ると。
 
 目の前にプルプルおっぱいがあった。
 ……間違えた。その持ち主の彼女が立っていた。
 
「あなた、カイの何なの?」
 唐突な質問。
 
 亜姫はおっぱいに気を取られていて、返事が遅れた。しかし彼女の方は察しがついていたようで、不快そうな視線を投げつけてくる。
 だが次の瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべた。
 
「カイって、すごく優しく抱いてくれるわよね」
 色気の混じった声で、彼女は言った。
 
 亜姫の心臓が嫌な音を立て、小さな驚きの声が漏れた。
 それを彼女は聞き逃さず、妖艶に微笑む。
「去年、海外の仕事場でね。ずっと一緒に過ごしていたのよ、私達。朝も晩も、それこそずーっと……同じ部屋で」
 
 亜姫の表情が強張るのを確認し、彼女は甘やかな声と恍惚とした表情で告げた。
「カイって本当に素敵よね。肌に触れてくる優しい手つきも、胸板の逞しさも、抱きしめられた時の心地良さも。
 カイに抱かれるあの気持ち良さは、一度体験したらもう忘れられないわ。目覚めたら目の前にあの顔があって……その時の、蕩けそうに甘く見つめてくる瞳も……たまらない」
 
 亜姫の顔色が変わる。
 それは……彼女は知らないはずだ。
 だって、和泉が『優しく甘く触れる異性』は……自分だけだったから。
 
 そんな気持ちが表に出ていたのか、彼女は亜姫を馬鹿にしたように笑う。
「やっぱり子供ね。自分だけが特別だなんて思い込んでて可哀想に。
 カイからは何も聞かされてないの?……まぁ、言うわけないか。あなた、そういうのに免疫無さそうだもの。
 彼、随分我慢してたみたいよ? だから、代わりに私が思う存分……発散させてあげたんだけど。
 ふふっ……あんなに甘い時間……。あれは、貴方のお陰でもらえたのね。…………ご馳走様」
 
 その時を懐かしむように艶のある声で笑い、彼女は満足そうに戻っていった。
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