上 下
264 / 364
高3

ファミレス(7)

しおりを挟む
 しばらくして亜姫が落ち着き、顔を上げて笑顔を見せた時。

 和泉が亜姫の頭に軽いキスを落とした。
 と、
「あー! チューしてる!」

 店内に、幼い声が大きく響いた。

 見ると、入店したての5歳ぐらいの男の子が和泉に向かって指を差している。
 
 その子は親の静止を振り切り、着いたばかりの席からピョンッと飛び降りると和泉の前に立った。

「チューはね、好きな子にしかしちゃいけないんだよ!」
 小さな体で仁王立ちして、偉そうに胸を張って告げる。その姿に亜姫達は頬を緩めた。 
 
「知ってる。だから俺はしていいんだ」
 しかし、男の子は眉を顰める。
「だめだよ、指輪してないもん」
「指輪?」
「指輪あげなきゃ、しちゃいけないんだよ。
 チューしていいのは、指輪をあげた大事な人にだけなんだから!」
 そんな事も知らないの? と男の子は和泉を叱る。
 
「それは誰から聞いたの?」
「パパ!」
「お前のパパ、かっこいいな」
 うん!と男の子は嬉しそうに笑う。
「だからね、ぼくも好きな子にあげるんだ」
「指輪を?」
 和泉が聞くと
「そう! 今から作るの! あっ、そうだ!」
 
 男の子は叫ぶと同時に席へ走り、何かを握りしめて戻ってきた。
 
「お兄ちゃんにもあげる!」
 そう言って差し出したのは、色とりどりのモールだった。
 
 机の上に置かれた細長いモールの中から、和泉が赤いのを一本つまんで持ち上げる。
「……これで? 指輪を作る?」
 
 男の子が頷く。
 
 和泉は少し考えたあと、それを適当に丸めて亜姫の指に嵌めた。
 すると、男の子が眉間にシワを寄せて溜息をつく。
「うわぁ……お兄ちゃん、ありえない……。へったくそだなぁ。指輪はこうやって作るんだよ、見てて!!」
 
 男の子は二本のモールを使い、あっという間にリボンがついた可愛い指輪を作り上げた。
 健吾達もその仕上がりには驚きを見せ、「おぉ、すげぇ」と感嘆の声をあげる。
 
 見て! と差し出された指輪をつまみ、それを光に透かすように眺めながら和泉は感心した。
「お前、すごいな。これは喜ばれるかも」
 
 男の子は「えっへん!」とでも言い出しそうな得意顔だ。
 
「おねえちゃん、そんな指輪でいいの?
 お兄ちゃん、もう一回作りなよ。やり方教えてあげる! モール、他にも沢山あるよ!」
 
 けれど、キラキラと目を輝かせる男の子に亜姫は言った。
「ううん、これでいい」
 指輪を眺める亜姫は嬉しそうだ。
 
 その様子に、男の子が不思議そうな顔をする。
「いいの? それ、すっごいヘンテコだよ?」
「うん。これがいいの」
 亜姫はまた嬉しそうに笑うと、男の子を優しく見つめた。

「ヘンテコでもいいの。初めてもらった指輪だから、これが一番嬉しい」
 そしてにこりと笑いながら、男の子に告げた。
「君も、好きな子に喜んでもらえるといいね」
「うん!」
 男の子は嬉しそうに頷くと、走って席へと戻っていった。
 
 その姿を微笑ましく見送ったあと、和泉は改めて指輪を眺める。
 健吾が同じようにそれを見て笑った。
「随分、仕上がりに差があるな」
「確かに」
 和泉は苦笑する。
「ちゃんとしたやつ、そのうち用意するから」
「ううん、いらない。これがいい」
 亜姫は嬉しそうに笑い、そのあとも時々眺めていた。
 
 
 この指輪は後日、八木橋に頼んで台座を作ってもらった。それは長い間、大切に亜姫の部屋で飾られることになる。
 
 この日を境に、祥子は人が変わったように大人しくなったらしい。亜姫達に絡んでくることも無くなり、それと共におかしな噂も終息していった。
 しばらくした後、千葉と付き合いだしたらしいと風の噂で聞いた。
 
 そしてこのファミレスは、和泉と亜姫が何度も訪れる馴染みの場所になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』第3弾 メンバーが結婚ラッシュの中、未だ独り身の吾郎 果たして彼にも幸せの女神は微笑むのか? そして瞳子や大河、メンバー達のその後は?

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

行方

向日葵
恋愛
はじめまして。 この小説は、 気持ちだったり、 人生だったり、 人だったり、 色んな『行方』を 書いたものです。 どこに向かうのか、 たどり着くのか、 『自分だったら』と、 重ねて頂けたらと思います

るんるんパラダイス♪♬

峰はぁと
青春
詩です。

生贄な花嫁ですが、愛に溺れそうです

湖月もか
恋愛
家族に愛されることのなかった鈴音。 ある日身代わりとして、山の神様へ生贄として捧げられらることとなった。 --そして彼女は大切なものを得る。 これは、愛を知らなかった鈴音が生贄として捧げられて初めて愛される事を、愛する事を知っていく物語。 ※小説家になろうにある作品同じものになります。

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...