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高3

八木橋くんとカナデさん(20)

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 買い出しが思ったより早く終わった為、亜姫達はその足で八木橋のアトリエに立ち寄った。 
 そこはコンクリートの壁に囲まれた大きな空間で、作業場と作品を飾るスペースに分けられていた。
 
 亜姫は入った瞬間に歓声を上げて、八木橋からある程度の説明を聞くとひたすらその空間に夢中になった。
 
 八木橋はそんな亜姫に笑いながら和泉へ飲み物を出し、自身もその近くへ腰掛ける。
 
 和泉はこの手の類に詳しくはないが、純粋に感心していた。
「すごいな。いつから作ってるの?」
「物心ついた頃から何かしら作ってたんだけど……ここで作品を作り始めたのは中二かな、溜まりに溜まったものが爆発しちゃって」
 
 八木橋は、ポツポツと自身の事を吐き出した。
 
 独り言のように紡がれる話。和泉はただ黙って聞いていて、何も言わなかった。
 だが話を聞き終えると優しげな瞳で八木橋を見て、少しだけ笑みを浮かべる。
 
 ただ受け止めてくれたその反応に、八木橋は心の重りが少し取れたような気がした。
 
「お前さぁ、ずっと俺に突っかかってたろ? 喧嘩売られてると思ってた」
「あぁ……だって、ムカついてたから」
 八木橋が楽しげに笑う。
 
「君は世の中に不満しか無さそうな顔して、ひどく無気力に生きてた。なのに、ある日突然変わり始めて……やたらと生き生きしだしてさ。
 僕と同じように鬱々と生きてたくせに。君だけ抜け出して楽しそうだね、一人だけ抜け出してズルいよね、今までだって君は充分恵まれてたじゃないか。って……勝手にムカついてた。

 でも、今ならわかる。僕は変われた君が羨ましかったんだ。

 橘さんと話すようになって、今までの人生が一変した気になった。そしたら今度は、橘さんの一番近くにいられる君にまたムカついた。

 当たり前のように寄り添ってて、橘さんからもすごく必要とされてて……君は居場所を見つけただけでなく、よりによってそれが橘さんの隣なの? って……それなら、少しぐらいその場所を貸してくれてもいいじゃないかと思った。

 離れていたって、橘さんの中で君の存在は揺るがない。なのに君が他の男を牽制してる姿が妙にムカついて……僕は女なのに他の男と一緒にするなって、自分の苛立ちもごちゃまぜになって。すごく、意地悪したくなったんだ。

 単純に、橘さんと話す時間が欲しかったってのもあるけど。あのベンチにいる時だけはすごく気持ちが楽だったから……」
 
 それ以外の時間は、君が橘さんといるでしょう? と八木橋は苦笑した。
 
「だから、さっきも意地悪してやろうと思った。
 喧嘩までしてるのに、君があんな風に言えるってすごいよね。

 橘さんとそんな関係を築けてる君が妬ましくて……もっと喧嘩しちゃえばいいのに、橘さんに少しぐらい嫌がられちゃえばいいのに、って考えた。
 ……橘さんの反応があまりにも予想と違い過ぎて、失敗しちゃったけど」
 また苦笑する八木橋。
 
 そのまま俯いた八木橋を、和泉はしばらく見つめていた。
 
「カナデ」
 
 特別だと伝えていた名前を突然呼ばれ、八木橋は勢いよく顔を上げた。その顔は驚きに満ちている。
 
 和泉は真剣な面差おもざしで八木橋を見据え、静かに告げた。 
「いつか、必ずお前にも見つかる。それまでは……ただ、生きてりゃいーよ」
 
 そして、亜姫を指差して笑う。
「あーゆーのがいたら、今までの生き方なんてもう出来ねぇよ? 周りにもっと目を向けてみろ。望む世界って、思ったより近くにあったりするから。
 ………俺は、すぐそばにあった」
 
 和泉の言葉には、すごく説得力があった。
 
 八木橋は思う。
 キッカケは間違いなく亜姫だろう。だが、和泉は自らが望み切り開いてきたのだと。
 
 僕も、そうなれるだろうか。……なりたいな。
 
 八木橋はまた少し、自分の気持ちが軽くなるのを感じた。
 
「橘さんが二人いたら良かったのに」
 ポツリと呟くと
「バーカ。あんなのが二人いたら管理しきれねぇよ。他のを探せ。
 亜姫の近くで笑ってりゃ、多分、見つかる」
 そう言って和泉は笑った。
 
「何を笑ってるの?」
 二人の様子に気づいた亜姫が声をかけてくる。それを合図に和泉達は立ち上がり、その元へ向かった。
 
 
 
 ◇
「ミニチュアは、小さな街をイメージして作ってる。理想の街があって、完成のイメージだけは出来上がってるんだけど」
 
 大きな台の上。いくつかの区画に道路や木々で区切られた空間があり、そのあちこちに家や庭などが点在している。
 家の中がわかるように作られたミニチュアなので、よく見る街の模型とは異なるが、これはこれで趣があって素敵だった。
 
 亜姫は、見たかった実物の宝庫にひたすら感嘆の声を上げている。
 
「橘さんの部屋、あるよ」
「えっ、うそ?」
 
 八木橋は、隠されるように置いてあったミニチュアを亜姫の前に置いた。
「これは、まだ作りかけなんだけど。橘さんからイメージした女の子の部屋を作りたくて」
 
 それを見た亜姫と和泉は顔を見合わせた。
「カナデ、お前……亜姫の家に上がったことある?」
 
 そこには、亜姫の部屋にそっくりな部屋があった。壁や家具の色に違いはあれど、部屋の雰囲気や小物などが類似している。
 
「お前、まさか覗き見したとか……」
 和泉が胡乱な目を向けると、そんなわけ無いでしょと八木橋も驚きながら否定する。
 
「私、そんなにわかりやすい? でも本当に似てる、すごいね! 私、今の部屋よりこっちの壁の色がいいなぁ。カーテン変えたらこの雰囲気に近づくかな?」 
 
 亜姫は嬉しそうに笑いながら、じゃあ和泉の部屋のイメージはどんな感じ? と八木橋に問う。
 
 八木橋は少し思案して、スケッチブックにさらさらと描き出した。
 そこには、やはり実物そっくりのシンプルな部屋が描かれていた。だが机の上に一点だけ、ほんのり赤みのある小さなモノが描かれている。
 
「わっ、すごい! そう、こういう部屋だよ!
 机に、私が持ち込んだ飴の赤い箱を置きっぱなしにしてあるの! それ以外、モノトーンの色しかないもんね」
「当たった? 和泉君もわかりやすいから。
 橘さん絡みの何かを、一つぐらい見えるところに置いてる気がした」
 
 亜姫は素直に喜びの声を上げていたが、和泉は嫌なものを見る目で八木橋を見た。
「お前、麗華みたいだな。観察力がありすぎて、怖えーよ」
 
 八木橋は愉快そうに笑う。
 
「橘さんの隣にいられる和泉君がずっと羨ましかった。
 でも、君には出来ないけど僕には出来る……そういう事も沢山あるんだよね。
 橘さんが僕と楽しんじゃったら……ごめんね?」
「お前、やっぱ嫌いだわ……」
「僕は和泉君のこと嫌いじゃないよ。君を見習って、やりたいように生きてみようかな」
 
 苦い顔をする和泉と楽しそうな八木橋を見て、亜姫は嬉しそうに笑っていた。
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