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高3

八木橋くんとカナデさん(17)

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 亜姫は今日、八木橋と買い出しに行くことになっていた。なので、放課後「行こうか」と声をかけられて困ってしまった。
 
 和泉とはあれから口を利いてない。
 恐らく彼が付いてくることはないだろう。亜姫だって、とてもじゃないがそんなこと頼めない。
 
 今日の帰りも親に迎えを頼まなければいけないかも。職員室へ行けば、迎えが来るまで待たせてもらえるだろうか……。
 
 人気のなくなった廊下の静けさが亜姫の気持ちを更に低下させ、泣きたくなった。
 和泉を怒らせたり傷つけたりするつもりはなかった。だが、八木橋の事情を話すわけにはいかない。
 
 いったいどう言えばよかったのかな。
 私はどこから間違えていたんだろうか。
 これから、どう話をしたらいいのだろう。
 
 そんなことに思いを馳せながら、どうにか口を開いた。
「カナちゃん、ごめんなさい。買い出しに行けないかもしれない。あの、さっきね、和泉とちょっと揉めちゃって……多分、一緒に来ては、くれないと思……」
「来たみたいだけど?」
「えっ?」
 
 亜姫が驚いて振り向くと、そこには見るからに不機嫌な和泉が立っていた。

「買い出し、行かなきゃなんだろ。………付いてく」
 
 亜姫が気まずく思うのを知ってか知らずか、八木橋は「じゃあ、行こうか」と何でもなさそうに言って歩き出した。
 
 亜姫はなんと言ったらいいのか分からないまま、後ろから和泉の「動け」という圧を受けて、八木橋に続いた。
 
 
 
 ◇
 昇降口の前で亜姫は洗面所へ立ち寄った。
 和泉は、いつものように前に立って待つ。
 
 八木橋と話をする気にはならない。
 存在を拒否するように腕を組み、俯き加減に携帯を取り出すと。

「随分機嫌が悪そうだね。喧嘩したって本当だったんだ」
 のんびりした声で八木橋が言った。
 
 その声には面白がっている様子が透けて見える。和泉は反応することなく携帯をいじりだした。
 
「あれ、無視? 僕のこと、気に入らない? それとも余裕がないの?」
「………は?」
 和泉が顔を上げた。

「だって、やたらと僕に敵意剥き出しだからさ。焦ってるのかと思って」
 
 和泉は携帯をしまい、無言で八木橋を睨みつける。
「うわー。橘さん以外には、相変わらず態度悪いんだ?」
「……お前に関係ねーだろ」
「ふふ、関係ない? そんなキミと一緒に、今から買い出しに行かなきゃいけないのに?」
 
 余裕ぶった、そのふざけた態度がいちいち癇に障る。和泉は今すぐ殴りたい気持ちを抑えようと、拳を強く握りしめた。
 
「どーいうつもりだよ」
「何が?」
「亜姫に隠し事させてまで家に呼びつけるとか、何考えてんだ」
「なんのこと?」
「誤魔化すな。お前が亜姫を気に入ってんのはわかってんだよ。あいつの事情、聞いてんだろ?……絶対に、手は出すなよ」
 
 返事によってはぶん殴る。和泉はギリッと歯ぎしりした。
 
「そんなことしないよ。……橘さんからは、何も聞いてないの?」
「聞いてねぇよ。亜姫は俺に聞かれれば嘘も隠し事もしない。けど、お前の事だけは頑なに何も言わなかった。
 お前と約束したんだって、苦しそうな顔して……。
 お前、何を背負わせてんの? 亜姫にあんな顔させんじゃねぇよ」
 
 八木橋は一瞬驚いた顔を見せ、少し逡巡してから再度和泉を見た。
「君が心配するようなことは絶対にないよ。だって……僕が好む対象は、男だから」
「お前の性的嗜好なんざ興味ねーし、どうでもいい」
 
 八木橋が緊張を滲ませて発した言葉を、和泉は一瞬で粉砕した。
 
「えっ?」
 あまりの衝撃に、八木橋が目を見開いて固まる。
 
 和泉は、聞こえなかったのか? と言わんばかりに呆れた顔を向けた。
「お前が男で、亜姫をやたら気に入ってることが気に入らねぇっつってんだよ」
 
 あまりにも単純明快な答え。八木橋は目を瞬かせる。
 
「ねぇ……人の話、聞いてた? 僕は……」
「あいにく、俺は亜姫を好む奴には敏感なんでね。誤魔化しても無駄だ。
 好きな性別とか好みとか、そんなもん感情一つでどーにでも変わる時がある。絶対じゃない。
 亜姫を本気で手に入れたいと思ってるなら、小細工なんかすんな」
「どういう意味? 堂々と横取りするならいいの?」
「よくねーよ。けど、亜姫はお前を信用できる大事な友達だと思ってる。それを裏切るようなことはするな。
 騙して近づこうとしてんなら、騙し抜くか今すぐ暴露して真っ向勝負するかどっちかにしろ。亜姫を傷つけるのだけは許さねぇ」
「……随分、橘さんを大事にしてんだね」
 
 感心したように呟く八木橋を一瞥して、和泉はフッと鼻先で笑う。
 
「当たり前だろ。亜姫は俺の全てだ。あいつが人を大事にする気持ちを利用なんかさせねぇよ」

「ふぅん、あの和泉魁夜が……。変われば変わるもんだね。……妬けちゃうなぁ」
 言うと同時に八木橋は和泉へ近づき、ネクタイをグッと掴んで一気に引き寄せた。
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