237 / 364
高3
八木橋くんとカナデさん(4)
しおりを挟む
麗華は配役の話で別室に呼ばれ、沙世莉はペアを組む同じバスケ部の子と部活の件で席を外している。
まさか、その僅かな時間にこんな事になってしまうとは。
亜姫の目の前には八木橋。
「僕のペアは橘さんだったんだ? よろしくお願いします」
彼は柔らかい声で話しかけてきた。
声と同じく柔らかい雰囲気で八木橋は微笑む。
亜姫はつられて笑顔を返した。
うん、今のところ大丈夫そう……かな。
亜姫は少し肩の力を抜いた。
八木橋は雰囲気もそうだが体も小柄で線も細く、どことなく女性らしさがあって男っぽさは皆無だ。
一定の距離を保って佇む姿に、あまり恐れは感じない。
「私、家庭科以外で裁縫をしたことが無くて……でも、こういうのずっとやりたくて。だから、沢山教えてほしいです!」
亜姫が勢い込んで挨拶すると、八木橋はクスッと笑った。
「うん、僕なんかで教えられることならいくらでも。
まずは材料を探しに行かないとだね。実際に物を見ながら内容を詰めていこうか」
出かける準備を始めた八木橋を見て、亜姫は少し躊躇する。
教室をぐるりと見渡すが、和泉達は出かけたばかりで勿論いない。他のペアも教室を出ていくところで、教室にはもう自分達しか残っていなかった。
だがよくよく考えれば、ペアごとに作る物が違うのだから材料が同じとは限らない。他のペアとずっと一緒だなんて無理がある。
亜姫の状況を知って気にかけていた山本も、今は大道具係に付き添っており不在だった。
どうしよう。行けるかな……。
亜姫が動きを止めて俯いていると、八木橋が心配そうに声をかけてきた。
「橘さん? 大丈夫?……具合悪くなっちゃった?
僕、一人で行ってこようか?」
「あっ、ううん、大丈夫。……ごめんね、すぐ準備するから」
思いがけず優しい気遣いを受け、亜姫は断るタイミングを失ってしまった。迷いながらも慌てて準備をすすめた。
大丈夫。行き先は皆似たような場所だもの、二人きりになるわけじゃない。大丈夫、大丈夫。
亜姫は左腕を体の前に巻きつけて、その手首を隠すように上から右手でギュッと掴んだ。
必要な材料の大半は校内でまかなえる。
劇の舞台は精度が高く、時間をかけて作られる。その為、使用頻度の高い布や材料は予め数か所にまとめて準備されていた。
小物については過去の制作物を利用することも認められていて、準備の始まりは校内で必要なものを探すところから始まる。校内で見つけられないものを後日買い出しに行く決まりだ。
最近の亜姫は、校内ならばある程度動けるようになってきた。同学年の顔ぶれは同じで、校内も勝手知ったる場所。
三年という最上級生であることに加えて和泉との関係も広く知られている今、校内で亜姫に手を出す者もいない。
だが、それは背後や左手を麗華達が守ってくれているから出来る事だ。
今はそれがない。関わりの少ない八木橋と二人で、騒がしい校内を無事に歩けるだろうか。
亜姫は背後を気にしつつ、緊張で強張る足をなんとか前に出した。
まだ話し合いをしているクラスが多いらしく、歩いている人は少なかった。
意外なことに、想像に反して八木橋は会話を厭わないようだ。そしてモノ作りに詳しいらしく、八木橋主導で会話が進んでいく。
亜姫はその内容に興味を惹かれつつ、同時にひどく緊張していた。
左手首を守る右手は、鬱血しそうなぐらい強く握りしめたまま。何より、背後が心許ない。
そして、男性的な要素を感じないにも関わらず、八木橋の隣に並ぶことは出来なかった。申し訳無さを感じながら、後をついていくように少し下がって歩く。
八木橋は後ろを振り向くように話しかけていたが、不意に歩みを止めて亜姫を見た。
「橘さん、もしかして……僕のことを避けてる、かな?」
まさか、その僅かな時間にこんな事になってしまうとは。
亜姫の目の前には八木橋。
「僕のペアは橘さんだったんだ? よろしくお願いします」
彼は柔らかい声で話しかけてきた。
声と同じく柔らかい雰囲気で八木橋は微笑む。
亜姫はつられて笑顔を返した。
うん、今のところ大丈夫そう……かな。
亜姫は少し肩の力を抜いた。
八木橋は雰囲気もそうだが体も小柄で線も細く、どことなく女性らしさがあって男っぽさは皆無だ。
一定の距離を保って佇む姿に、あまり恐れは感じない。
「私、家庭科以外で裁縫をしたことが無くて……でも、こういうのずっとやりたくて。だから、沢山教えてほしいです!」
亜姫が勢い込んで挨拶すると、八木橋はクスッと笑った。
「うん、僕なんかで教えられることならいくらでも。
まずは材料を探しに行かないとだね。実際に物を見ながら内容を詰めていこうか」
出かける準備を始めた八木橋を見て、亜姫は少し躊躇する。
教室をぐるりと見渡すが、和泉達は出かけたばかりで勿論いない。他のペアも教室を出ていくところで、教室にはもう自分達しか残っていなかった。
だがよくよく考えれば、ペアごとに作る物が違うのだから材料が同じとは限らない。他のペアとずっと一緒だなんて無理がある。
亜姫の状況を知って気にかけていた山本も、今は大道具係に付き添っており不在だった。
どうしよう。行けるかな……。
亜姫が動きを止めて俯いていると、八木橋が心配そうに声をかけてきた。
「橘さん? 大丈夫?……具合悪くなっちゃった?
僕、一人で行ってこようか?」
「あっ、ううん、大丈夫。……ごめんね、すぐ準備するから」
思いがけず優しい気遣いを受け、亜姫は断るタイミングを失ってしまった。迷いながらも慌てて準備をすすめた。
大丈夫。行き先は皆似たような場所だもの、二人きりになるわけじゃない。大丈夫、大丈夫。
亜姫は左腕を体の前に巻きつけて、その手首を隠すように上から右手でギュッと掴んだ。
必要な材料の大半は校内でまかなえる。
劇の舞台は精度が高く、時間をかけて作られる。その為、使用頻度の高い布や材料は予め数か所にまとめて準備されていた。
小物については過去の制作物を利用することも認められていて、準備の始まりは校内で必要なものを探すところから始まる。校内で見つけられないものを後日買い出しに行く決まりだ。
最近の亜姫は、校内ならばある程度動けるようになってきた。同学年の顔ぶれは同じで、校内も勝手知ったる場所。
三年という最上級生であることに加えて和泉との関係も広く知られている今、校内で亜姫に手を出す者もいない。
だが、それは背後や左手を麗華達が守ってくれているから出来る事だ。
今はそれがない。関わりの少ない八木橋と二人で、騒がしい校内を無事に歩けるだろうか。
亜姫は背後を気にしつつ、緊張で強張る足をなんとか前に出した。
まだ話し合いをしているクラスが多いらしく、歩いている人は少なかった。
意外なことに、想像に反して八木橋は会話を厭わないようだ。そしてモノ作りに詳しいらしく、八木橋主導で会話が進んでいく。
亜姫はその内容に興味を惹かれつつ、同時にひどく緊張していた。
左手首を守る右手は、鬱血しそうなぐらい強く握りしめたまま。何より、背後が心許ない。
そして、男性的な要素を感じないにも関わらず、八木橋の隣に並ぶことは出来なかった。申し訳無さを感じながら、後をついていくように少し下がって歩く。
八木橋は後ろを振り向くように話しかけていたが、不意に歩みを止めて亜姫を見た。
「橘さん、もしかして……僕のことを避けてる、かな?」
10
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる