上 下
225 / 364
高3

あんず飴とジャガバター(4)

しおりを挟む
 ちょうど広場を抜け出す頃、和泉を呼ぶ声が響いた。
「おー、いたいた! 和泉!!」
 
 チッ、と亜姫の頭上から音がする。呼ぶ声は聞こえたはずだが和泉の足は止まらない。
 
「おいおいおいおい、聞こえてんだろ! 和泉、待てって! 探してたんだよ!」
 そう言いながら、声の主が近づいてきた。
 
 和泉は嫌そうに溜息をついて足を止め、亜姫にかぶせた帽子をグイっと深く下げた。
 
 その直後、二人の前へ数人が回り込んでくる。
 
「何?」
 低い声で和泉が問う。 
 
 軽い笑い声が相手から聞こえ、亜姫の顔を覗き込もうと数人が一歩踏み込んだ。
「あぁ、これか。ふぅん? ちょっと顔、見せて」
 だが、和泉が手を伸ばしてそれを遮った。
「見んじゃねーよ」
「はぁ? 顔見なきゃ、どんな奴かわかんねーだろ?」
「おいおい、なんだよその行動。和泉ってそんな事する奴だったっけ?」
 嘲るように笑う彼らは、睨みつける和泉にニヤつきを隠さず聞いた。
「いつ離す?」
「は?」
「次は俺達」
「……何?」
「まぁいいや。とりあえず顔だけ見せろ。それさえ分かればどうにでもなるもんな」 
 一人の男が、亜姫を覗き込みながら帽子を取りあげようとする。 
「触んな」
 和泉は男の手を弾き、亜姫を抱き寄せ顔を隠した。 
 
「なにそれ? まるで自分の女みたいな扱いじゃん」 
「そうだけど?」
 和泉が真顔で答えると、
「は? まさか? マジで?……うそだろ?」
「はぁ? マジかよ! 何だよ祥子のヤツ、言ってることが全然違うじゃねーか」
 そこで和泉が一気に殺気だつ。
「どーいうことだよ?」
  
 彼らは、つい先ほど祥子に会った。そして聞いた。 

 和泉が女を連れている。それは、いつもと同じく今日限りの相手。
 その女は見た目に似合わず、男と遊びたがる。次の相手を探しているので声をかけてあげて。強引な男を好むので、上手く利用すれば皆で楽しめるよ。
そうそそのかされた。
 だが、顔が分からなければ声のかけようがないから見に来た、と。
 
 祥子の止まらない悪意。和泉は腹の底から殺意が沸いた。
 
「誰のこと言ってんのか知らねーけど、それはこいつじゃない」
 和泉は目の前の彼らを睨みつけ、怒りを纏ったまま更に言い放った。
「その話聞いた奴が他にもいるなら全部デマだって言っとけ、俺が連れ歩くのは彼女だけだって。
 こう言ってるってことも確実に伝えろよ。
 俺の女に少しでも触れた奴は……全員、殺す」
 
 和泉がキレるのを初めて見た彼らは、あまりの威圧感に言葉を失くし、頷くのが精一杯だった。
 
 和泉はそれを一瞥し、今度こそ広場を後にした。
 
 残された彼らは唖然とする。
「あれ……本当にあの和泉?」
「めちゃくちゃ怖かった」 
 恐れおののいていた彼らは、この直後、既に噂になっていた広場での出来事を知った。
 
 そして、ちまたでガセネタとして広がっていた「あの和泉に彼女が、それも和泉の方が惚れ込んでいるらしい」という信じがたい噂は、紛れもなく真実だと知れ渡る。
 その話題にかき消され、祥子の企みは思い通りにいかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』第3弾 メンバーが結婚ラッシュの中、未だ独り身の吾郎 果たして彼にも幸せの女神は微笑むのか? そして瞳子や大河、メンバー達のその後は?

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

行方

向日葵
恋愛
はじめまして。 この小説は、 気持ちだったり、 人生だったり、 人だったり、 色んな『行方』を 書いたものです。 どこに向かうのか、 たどり着くのか、 『自分だったら』と、 重ねて頂けたらと思います

るんるんパラダイス♪♬

峰はぁと
青春
詩です。

生贄な花嫁ですが、愛に溺れそうです

湖月もか
恋愛
家族に愛されることのなかった鈴音。 ある日身代わりとして、山の神様へ生贄として捧げられらることとなった。 --そして彼女は大切なものを得る。 これは、愛を知らなかった鈴音が生贄として捧げられて初めて愛される事を、愛する事を知っていく物語。 ※小説家になろうにある作品同じものになります。

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...