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高3

亜姫の家で(5)

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 亜姫はふと目を覚ました。ぬくぬくした布団に再度顔を埋めると、なんだかいつもと違う感覚。
 不思議に思いながら顔をあげると、そこには和泉の寝顔があった。
 
 そうだ、寝かしつけしてもらったんだっけ……。
 
 そう思い出したところで、やけにスッキリした目覚め方と和泉の見慣れない寝顔に違和感を持った。手元の時計を確認すると、その針は夜中の二時を指している。
 
 亜姫はガバっと飛び起きた。慌てて和泉の体をゆさゆさと揺らす。
「和泉。和泉、起きて……! 大変! 夜中の二時だよ、もう電車無いよ……!」
 
 んー? と眠そうな返事を返す和泉に、亜姫は揺さぶりながら畳み掛けた。
「どうしよう、もう真夜中だよ。電車終わっちゃった。タクシー呼ぶ? もう、お母さん達は何してるの……!
 和泉! 寝てる場合じゃないよ。もう、起きてってば!」
 
 焦る亜姫の頭を、和泉は宥めるように優しく撫でた。しかし亜姫はそれにも怒る。
「寝ぼけてる場合じゃないから! ほら、早く起きて。いずみっ!」
 
 ベッドから落としそうな勢いで揺すり続ける亜姫に、目覚めた和泉がくすくすと笑う。
「いいんだよ。俺、朝まで帰らないから」
「え……朝まで? って……?」
 動きを止めた亜姫に、和泉が小声で囁いた。
「お前が寝たあとに頼まれたんだよ。おじさん達もずっと眠れてないんだって。今夜はお前をゆっくり寝かせたいし、自分達もゆっくり寝たいって。
 代わりにお前の面倒見るよう頼まれた。だから、帰らなくていいの」
「う、そ……」
「本当。もう風呂も済ませて、服も借りた」
 
 亜姫は、部屋着姿の和泉をまじまじと見つめた。
 
 その様子に和泉はまた笑い、その体を布団の中に押し込んだ。
「ほら、風邪引く。ちゃんと布団かぶれ」
 
 腕枕をしながら、和泉は亜姫に布団をかけ直した。亜姫はモゾモゾと動きながら和泉を見上げる。
「本当に……? 朝まで帰らなくていいの……?」
「帰らないよ。だから、安心して寝ろ」
 ギュウッと抱きしめて囁くと、亜姫は安心したように微笑んだ。
 
 そのまま大人しく寝るかと思いきや、亜姫は何度も何度も何度も何度も和泉を見上げる。
 
 暫く無視していた和泉だったが、呆れたようにとうとう言った。
「何してんだよ。寝ろって言っただろ?」
「うん、わかってるんだけど……ふふっ」
「なんだよ」
「夜、和泉がいるだけでこんなに安心するんだなって。朝までいてくれるのも嬉しい」
「だったら、さっさと寝ろ」
 和泉は、亜姫の頭をグイッと胸元へ戻した。
 
 それでも亜姫はくすくすと笑い続ける。
 
「亜姫、うるさい。ドアを開けたままなんだから、お前の声でおばさん達が起きちゃうだろ。いいから黙って寝ろ」
「えー、寝るのもったいない」
「バカ、それじゃ意味ない。俺はお前とお前の親が寝られるようにここにいるんだから」
「おまじないしてくれたら眠れそう」
「おまじない?」
「………おやすみなさいのキス。……して」
「駄目」
「何で」
「さっき言っただろ。メニューにないんで」
「じゃあオプションで」
「そんなもの、ついてません」
「いつもならしてくれるのに」
「今はいつもと違うだろ。駄目ったら駄目」
「一回でいいから。和泉、ねぇ」
 
 上目遣いで見上げてくる亜姫に、理性が遠い彼方へ旅立ちそうになる。和泉はそれを気合でグッと押し戻した。
 
「駄目だって言ってるだろ。しつこい」
「それでちゃんと寝るから。だって……今日は喧嘩ばっかりだったんだもん。一回だけでいいの、お願い」
 
 はあぁぁぁ…………と、和泉は心底嫌そうに溜息をついた。
 そして、いかにも渋々といった様子でほんの少しだけ体を起こし、頭と額の境目にかするようなキスを落とす。
 
 すると亜姫がガバっと飛び起きて、不満を露わにした。
「頭……!? しかも一瞬! 触れたかどうかもわかんなかった!」
「それで我慢しろ」
「やだ。こんなの、違うもん………!」
「うるさい。親の睡眠を邪魔するな」
 和泉は亜姫を引っ張り、再度布団の中に押し込んだ。
 しかし亜姫は恨みがましく和泉を見上げ、また体を起こす。
 普段なら隙を見つけてキスをしたがる。その和泉が今日に限って頑なにしない。その事が気になってしょうがないようだった。
 
 むぅ……と口を尖らせた亜姫を宥めるように、和泉は頭を優しく撫でる。そして言った。

「お前がどれだけ言おうが、今夜そういう事はしない」
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