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高3
忘れるなんて無理(11)
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両親と共に亜姫は昇降口へ向かっていた。だが置いてきた和泉が気になって、なかなか足が進まない。
深く傷ついたように見える和泉を一人にしたくなかった。
「亜姫、途中で買い物して帰りたいの。スーパーに寄りたいんだけど」
母が話しかけてきてハッとする。顔を上げると、いつの間にか昇降口にいた。
慌てて返事を返すと、母は確認の声をかけてくる。
「亜姫は店に入るのは無理よね?」
あの日から親と出かけることは殆どなく、出たとしても人がいる場所では車内で待っていた。
「うん。私は車の中で……」
「困ったわね」
「なにが……?」
「今の亜姫は車に置いていけないわ、また発作を起こされたら困るもの。でも買い物はしなくちゃいけないのよ、冷蔵庫が空っぽなの。
今日は早めに上がって買い出しして帰る予定だったのに、こんな時間になっちゃったし……。早くお店に行かなくちゃ」
母が、困り果てた様子で亜姫を見る。
それを見た父は何かを察したようで、呆れたように笑い出した。
亜姫だけわけがわからず、首を傾げる。
「和泉君に、頼んでちょうだい」
言葉の意味がわからず、亜姫は母を見た。目が合った母は満面の笑みを向ける。
「亜姫がいたら買い物できないの。和泉君にお願いして、連れて帰ってもらいなさい」
「お母さん………?」
「だって買い物の邪魔なんだもの。お父さんにも荷物持ってもらいたいのよ、亜姫がいたら困っちゃうわ」
そして母は、イタズラが成功したような顔で楽しげに笑った。
「和泉君の分も、夕飯作るから。
帰りは何時になってもいい。あなた達が動けるタイミングで構わない。だけど……必ず、二人で帰ってくること。
ほら、行きなさい。お母さん、早く買い物行きたいの」
母が追い払うように手を振り、父は背中を押し亜姫の体を反転させた。
そのまま父に付き添われ、亜姫は再び教官室へ向かった。
◇
コンコン、と控えめに戸を叩く。廊下へ出てきた山本と話を済ませたあと、父は亜姫を残して先に帰っていった。
「先生、和泉は……?」
すると山本はしー……と口に指をあてた。そして、扉から少し離れた位置へ亜姫を誘導する。
「今、綾子先生がタオルで冷やしながら話をしてる。そろそろ寝そうだからもう少し待ってろ。今お前が行くと、あいつはまた帰れって言いそうだから」
小声で話す山本に、亜姫は素直に頷いた。
「少し、話をしようか」
すると、亜姫は眉を下げて辛そうな顔になる。
「和泉が泣いたの、初めて見た。私が……」
「……自分のせいだと思ってる?」
亜姫は俯きながら頷いた。
「二度目だよ、和泉が泣いたの」
「えっ?」
亜姫が驚くと、山本はフッと笑い頭を軽く叩く。
「お前は覚えてないか。まぁ……それどころじゃなかったもんな。
あの日、泣いてるお前を置いて帰れないって……帰る前に泣いたんだ」
亜姫は、あの日のことをあまり覚えていない。帰る間際のことも、和泉と離れる不安を朧気に記憶しているだけだ。
「泣いてる亜姫を全てから守るように抱え込んでさ、親に返したくない離したくないって泣きながらダダこねて。兄貴にいい加減にしろって怒られてな。
あの時……なぜだか、和泉のほうが亜姫に縋り付いてるように見えたなぁ」
言いながら、山本は扉の方へと目を向けた。
「冬夜が驚いてたよ」
怪訝そうな亜姫を見て、山本は思い出したように笑う。
「和泉の兄貴……冬夜も俺の教え子だったんだ。あいつにも散々手間かけさせられたもんだが………。
でも、和泉のことだけは常に目をかけてた。わかりやすく甘やかしたりはしないけど、冬夜の最優先はいつでも和泉だった。寂しい思いだけはさせたくなかったらしい」
昔を思い出したのか、山本は懐かしそうに笑う。
「冬夜も、初めて見たんだと」
「なにを……?」
「和泉はとにかく泣かない子で、赤ん坊の頃はさておき、物心ついた頃から殆ど泣いたことがないらしい。まぁ泣くだけじゃなくて……和泉は感情の起伏が欠落してたからな。
あんなに感情的なのも、和泉が何かに執着するところも初めて見たって驚いてた」
「そうだったんだ。でも、その一回目も私のせいで……」
「喜んでたよ、冬夜は」
「えっ? どうして……?」
「お前が和泉に怒鳴られたりしてたろ、警察が来てた時に。あの日の和泉の様子は全部初めて見る姿で、感情を爆発させたり大事にしたいものができたってことが嬉しかったらしい。
和泉から相談される事が出てきたり胸の内を聞かせてくれたり、家でも随分変わったらしいぞ? 初めてのワガママは夏に聞いたらしいが、それもお前絡みだったらしい。
お前のおかげだって、冬夜は亜姫に感謝してるんだ」
亜姫は驚きに目を見開く。
山本は、また優しく笑いかけた。
「亜姫。お前が、和泉に息を吹き込んだんだ」
深く傷ついたように見える和泉を一人にしたくなかった。
「亜姫、途中で買い物して帰りたいの。スーパーに寄りたいんだけど」
母が話しかけてきてハッとする。顔を上げると、いつの間にか昇降口にいた。
慌てて返事を返すと、母は確認の声をかけてくる。
「亜姫は店に入るのは無理よね?」
あの日から親と出かけることは殆どなく、出たとしても人がいる場所では車内で待っていた。
「うん。私は車の中で……」
「困ったわね」
「なにが……?」
「今の亜姫は車に置いていけないわ、また発作を起こされたら困るもの。でも買い物はしなくちゃいけないのよ、冷蔵庫が空っぽなの。
今日は早めに上がって買い出しして帰る予定だったのに、こんな時間になっちゃったし……。早くお店に行かなくちゃ」
母が、困り果てた様子で亜姫を見る。
それを見た父は何かを察したようで、呆れたように笑い出した。
亜姫だけわけがわからず、首を傾げる。
「和泉君に、頼んでちょうだい」
言葉の意味がわからず、亜姫は母を見た。目が合った母は満面の笑みを向ける。
「亜姫がいたら買い物できないの。和泉君にお願いして、連れて帰ってもらいなさい」
「お母さん………?」
「だって買い物の邪魔なんだもの。お父さんにも荷物持ってもらいたいのよ、亜姫がいたら困っちゃうわ」
そして母は、イタズラが成功したような顔で楽しげに笑った。
「和泉君の分も、夕飯作るから。
帰りは何時になってもいい。あなた達が動けるタイミングで構わない。だけど……必ず、二人で帰ってくること。
ほら、行きなさい。お母さん、早く買い物行きたいの」
母が追い払うように手を振り、父は背中を押し亜姫の体を反転させた。
そのまま父に付き添われ、亜姫は再び教官室へ向かった。
◇
コンコン、と控えめに戸を叩く。廊下へ出てきた山本と話を済ませたあと、父は亜姫を残して先に帰っていった。
「先生、和泉は……?」
すると山本はしー……と口に指をあてた。そして、扉から少し離れた位置へ亜姫を誘導する。
「今、綾子先生がタオルで冷やしながら話をしてる。そろそろ寝そうだからもう少し待ってろ。今お前が行くと、あいつはまた帰れって言いそうだから」
小声で話す山本に、亜姫は素直に頷いた。
「少し、話をしようか」
すると、亜姫は眉を下げて辛そうな顔になる。
「和泉が泣いたの、初めて見た。私が……」
「……自分のせいだと思ってる?」
亜姫は俯きながら頷いた。
「二度目だよ、和泉が泣いたの」
「えっ?」
亜姫が驚くと、山本はフッと笑い頭を軽く叩く。
「お前は覚えてないか。まぁ……それどころじゃなかったもんな。
あの日、泣いてるお前を置いて帰れないって……帰る前に泣いたんだ」
亜姫は、あの日のことをあまり覚えていない。帰る間際のことも、和泉と離れる不安を朧気に記憶しているだけだ。
「泣いてる亜姫を全てから守るように抱え込んでさ、親に返したくない離したくないって泣きながらダダこねて。兄貴にいい加減にしろって怒られてな。
あの時……なぜだか、和泉のほうが亜姫に縋り付いてるように見えたなぁ」
言いながら、山本は扉の方へと目を向けた。
「冬夜が驚いてたよ」
怪訝そうな亜姫を見て、山本は思い出したように笑う。
「和泉の兄貴……冬夜も俺の教え子だったんだ。あいつにも散々手間かけさせられたもんだが………。
でも、和泉のことだけは常に目をかけてた。わかりやすく甘やかしたりはしないけど、冬夜の最優先はいつでも和泉だった。寂しい思いだけはさせたくなかったらしい」
昔を思い出したのか、山本は懐かしそうに笑う。
「冬夜も、初めて見たんだと」
「なにを……?」
「和泉はとにかく泣かない子で、赤ん坊の頃はさておき、物心ついた頃から殆ど泣いたことがないらしい。まぁ泣くだけじゃなくて……和泉は感情の起伏が欠落してたからな。
あんなに感情的なのも、和泉が何かに執着するところも初めて見たって驚いてた」
「そうだったんだ。でも、その一回目も私のせいで……」
「喜んでたよ、冬夜は」
「えっ? どうして……?」
「お前が和泉に怒鳴られたりしてたろ、警察が来てた時に。あの日の和泉の様子は全部初めて見る姿で、感情を爆発させたり大事にしたいものができたってことが嬉しかったらしい。
和泉から相談される事が出てきたり胸の内を聞かせてくれたり、家でも随分変わったらしいぞ? 初めてのワガママは夏に聞いたらしいが、それもお前絡みだったらしい。
お前のおかげだって、冬夜は亜姫に感謝してるんだ」
亜姫は驚きに目を見開く。
山本は、また優しく笑いかけた。
「亜姫。お前が、和泉に息を吹き込んだんだ」
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