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高3
忘れるなんて無理(8)
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亜姫は固唾を飲んで和泉を見つめた。その目に少しずつ水の膜が張られていく。
それを見つめながら、和泉は優しく微笑んだ。
「俺達、間違ってる」
「な、にを……?」
「逆だよ。忘れちゃいけないんだよ。覚えてなくちゃいけないんだ。
あれは実際に起こったことで、あの日から俺達の日常は変わってる。……前と同じになんて、もう、戻れない」
信じたくないと否定するように、亜姫は強く首を振る。そんな亜姫の手を、和泉は両手で優しく包み込んだ。
「怖くていい、無理しなくていい、出来る事だけやろう。それでゆっくり日常を取り戻そう。
……そう言ってたのに、いつの間にか忘れちゃってたと思わない?
お前はあれを乗り越えて一人で立てるようになりたいって言ってた、負けたくないって。俺はその手助けをしたいって思ってた。
なのに無理やり忘れて日常を取り戻したフリしたり、安全な場所に閉じ込めれば安心だなんて思うのは……違うよな?」
ハッとした顔で、亜姫が和泉を見る。和泉はそれに頷き返した。
「お前が笑ってると安心して、苦しんでるのを見ると俺のせいだって……夢の続きを見てる気になった。そのうち、お前が笑ってさえいればなんでもいいって思うようになってた。
でも、違う。今のお前は、どこか辛そうに笑う。
……そんなことすら、俺はわからなくなってた」
和泉は困ったように少し笑い、亜姫の頬に伝う涙をそっと拭った。そのまま、痛々しい傷にも優しく触れる。
「怖さとか苦しみとか、情けなさとか後悔とか。あの日のことは全部刻み込んで、その上でどうしたらいいか考えなきゃ駄目なんだよ。
例えば……お前は人を疑うことを覚えなきゃいけないし、俺はもっと強くそれを教えるべきだった。
そうやって少しずつ色んなことを変えて……その先に、お前の望む日常ってのがあるんだと思う」
そこまで言うと、和泉は何かを吐き出すように大きく息を吐いた。
「……ちょっと、休まない? リセットしよう、一回」
「リセット……?」
「そう。疲れたよな。俺は……疲れてる、と思う。
だって余裕ないもん、今。おかしくなってることに気づけてないし。最近特に夢見悪くて、全然眠れないし。そもそも、疲れてることにすら気づいてなかったし。
亜姫もそうだろ? あれもこれも出来なくちゃやらなくちゃ……って、いつの間にか縛られてるよな」
ぽろりと零れた涙を和泉はまた優しく拭う。
「亜姫。俺はもう絶対にこの手を離さない。お前が一人で動けるようになるまで、何年何十年かかったとしてもずっとそばにいる。
だからさ。親や学校と相談して、休学とか病院とかも含めてもう一回考え直そ?
それで、もしお前が休むと決めたら……俺も一緒に休むよ」
「……っ、そんな、の……」
「勿論、何をするにしても周りの許可は得る。
今のままでも、休学でも留年でもこのまま卒業したとしても。俺は絶対にお前のそばにいる。
だから、一番いい方法を探そ。今までのやり方を、一度見直そう」
「……そんな……だって、今年は受験も……」
「お前のほうが大事だ」
「っ、駄目だよ……私に合わせてたら、和泉が普通の生活を出来なくなっちゃう。まともに学校……和泉の人生だって……」
動揺する亜姫にハハッと和泉が笑う。
「俺に普通や『まとも』なんて、あったことねーよ」
亜姫が何かを思い出したように息を呑む。
「忘れちゃった? 俺がどんな生き方してきたか。
……お前といる時だけだよ、俺がまともで普通なのは。
お前に会うまで、俺の人生は既に終わってたんだから。こんな風に、学校生活を普通に楽しんだり、授業や行事にちゃんと参加したりとか……停学も退学もくらわずに今ここにいる事自体が奇跡なんだよ、俺の場合。
むしろ、俺のせいでお前の人生が変わっちゃったんじゃないかなって……お前にもお前の親にも、時々すごく申し訳ない気持ちになる」
自虐的な言葉に、何故か亜姫のほうが傷ついた顔をして違うと首を振る。
「そんな顔すんなよ。言ったろ、生きてる意味なんかないし明日なんか来なきゃいいって思ってたって。それが今じゃ、先のことばっか考えてる」
「でも、それじゃ……」
「俺からしたら、お前抜きでこの先を考える方がよっぽど不自然。だからその中で出来る事を探るよ、お前と一緒に。
……亜姫が俺に何度も言ってくれたこと。今、返すよ」
何を? と不思議がる亜姫に、和泉は微笑みながら言った。
「過去をひっくるめて今の亜姫が好きだ。だから、ありのままのお前でいい」
それを見つめながら、和泉は優しく微笑んだ。
「俺達、間違ってる」
「な、にを……?」
「逆だよ。忘れちゃいけないんだよ。覚えてなくちゃいけないんだ。
あれは実際に起こったことで、あの日から俺達の日常は変わってる。……前と同じになんて、もう、戻れない」
信じたくないと否定するように、亜姫は強く首を振る。そんな亜姫の手を、和泉は両手で優しく包み込んだ。
「怖くていい、無理しなくていい、出来る事だけやろう。それでゆっくり日常を取り戻そう。
……そう言ってたのに、いつの間にか忘れちゃってたと思わない?
お前はあれを乗り越えて一人で立てるようになりたいって言ってた、負けたくないって。俺はその手助けをしたいって思ってた。
なのに無理やり忘れて日常を取り戻したフリしたり、安全な場所に閉じ込めれば安心だなんて思うのは……違うよな?」
ハッとした顔で、亜姫が和泉を見る。和泉はそれに頷き返した。
「お前が笑ってると安心して、苦しんでるのを見ると俺のせいだって……夢の続きを見てる気になった。そのうち、お前が笑ってさえいればなんでもいいって思うようになってた。
でも、違う。今のお前は、どこか辛そうに笑う。
……そんなことすら、俺はわからなくなってた」
和泉は困ったように少し笑い、亜姫の頬に伝う涙をそっと拭った。そのまま、痛々しい傷にも優しく触れる。
「怖さとか苦しみとか、情けなさとか後悔とか。あの日のことは全部刻み込んで、その上でどうしたらいいか考えなきゃ駄目なんだよ。
例えば……お前は人を疑うことを覚えなきゃいけないし、俺はもっと強くそれを教えるべきだった。
そうやって少しずつ色んなことを変えて……その先に、お前の望む日常ってのがあるんだと思う」
そこまで言うと、和泉は何かを吐き出すように大きく息を吐いた。
「……ちょっと、休まない? リセットしよう、一回」
「リセット……?」
「そう。疲れたよな。俺は……疲れてる、と思う。
だって余裕ないもん、今。おかしくなってることに気づけてないし。最近特に夢見悪くて、全然眠れないし。そもそも、疲れてることにすら気づいてなかったし。
亜姫もそうだろ? あれもこれも出来なくちゃやらなくちゃ……って、いつの間にか縛られてるよな」
ぽろりと零れた涙を和泉はまた優しく拭う。
「亜姫。俺はもう絶対にこの手を離さない。お前が一人で動けるようになるまで、何年何十年かかったとしてもずっとそばにいる。
だからさ。親や学校と相談して、休学とか病院とかも含めてもう一回考え直そ?
それで、もしお前が休むと決めたら……俺も一緒に休むよ」
「……っ、そんな、の……」
「勿論、何をするにしても周りの許可は得る。
今のままでも、休学でも留年でもこのまま卒業したとしても。俺は絶対にお前のそばにいる。
だから、一番いい方法を探そ。今までのやり方を、一度見直そう」
「……そんな……だって、今年は受験も……」
「お前のほうが大事だ」
「っ、駄目だよ……私に合わせてたら、和泉が普通の生活を出来なくなっちゃう。まともに学校……和泉の人生だって……」
動揺する亜姫にハハッと和泉が笑う。
「俺に普通や『まとも』なんて、あったことねーよ」
亜姫が何かを思い出したように息を呑む。
「忘れちゃった? 俺がどんな生き方してきたか。
……お前といる時だけだよ、俺がまともで普通なのは。
お前に会うまで、俺の人生は既に終わってたんだから。こんな風に、学校生活を普通に楽しんだり、授業や行事にちゃんと参加したりとか……停学も退学もくらわずに今ここにいる事自体が奇跡なんだよ、俺の場合。
むしろ、俺のせいでお前の人生が変わっちゃったんじゃないかなって……お前にもお前の親にも、時々すごく申し訳ない気持ちになる」
自虐的な言葉に、何故か亜姫のほうが傷ついた顔をして違うと首を振る。
「そんな顔すんなよ。言ったろ、生きてる意味なんかないし明日なんか来なきゃいいって思ってたって。それが今じゃ、先のことばっか考えてる」
「でも、それじゃ……」
「俺からしたら、お前抜きでこの先を考える方がよっぽど不自然。だからその中で出来る事を探るよ、お前と一緒に。
……亜姫が俺に何度も言ってくれたこと。今、返すよ」
何を? と不思議がる亜姫に、和泉は微笑みながら言った。
「過去をひっくるめて今の亜姫が好きだ。だから、ありのままのお前でいい」
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