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高3

忘れるなんて無理(6)

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「…………今まで、よく頑張ってきたね」


 驚いた顔を見せ、綾子を数秒見つめた和泉。
 その顔はまた泣きそうに歪み、それを隠すように和泉は俯いた。そこにある亜姫の体を再度抱きしめ、ゆるゆると首を振る。
「違う、頑張ってるのは俺じゃない……」
 
「いいや。お前もだよ」
 いつの間にか目の前に山本がいた。
「あの事件の被害者は亜姫だけじゃない。お前もだ」

 山本も綾子と同じようにしゃがみ、間近で強い眼差しを向ける。
「どれだけ自分を責め続けてる? 亜姫がこうなってるのは和泉のせいじゃない。お前は常に最善の策をとってるよ。
 あの日から、一日も休まず亜姫の為に動き続けてる。事件の前だってそうだ。
 今だって、こうなったキッカケは亜姫だろ?
 お前はそれを必死で止めようとした。違うか?」
 有無を言わせない雰囲気で山本は言った。
「お前は、亜姫を守ろうとしたんだ。間違えるな」
 
 くしゃりと顔を歪めた和泉は、今にも声を上げて泣き出しそうだった。
 
 あぁ、この子はまだこんなに幼かったんだな……。
 山本は和泉の頭をグシャグシャと撫でた。

 されるがまま俯く和泉は、ますます亜姫を抱え込む。亜姫の顔は、先程迄の出来事が嘘のように穏やかだった。それを見た山本が表情を緩める。
「お前の頑張りはちゃんと届いてる。……見ろよ、亜姫の顔。いつもと同じだろ? お前に安心しきってる顔」
 
 和泉は無言のまま、亜姫の顔を食い入るように見つめた。
 
「和泉、お前もずっと休んでないんだろう?
 俺達は出来るだけお前らの望みを叶えてやりたいと思ってた。でも、もっと休ませるべきだったのかもしれないって……ちょっと反省してる。
 頑張りすぎて疲れてきたんじゃないか? お前の事も亜姫と同じように心配だよ、俺は」
 頭に手を乗せたまま、山本はそう語りかける。
 
 和泉は亜姫の顔を見たまま動かない。
 
「亜姫はまだ、お前がいないと出来ない事だらけだ。お前が潰れたら共倒れするんだよ、わかるだろ?
 支える方もしんどいんだ。今日みたいにキツく言わなきゃいけない時は、この先もきっとある。
 その時、いちいち自分を責めるな。守る為に必要な選択を後悔するな。もしそう思いたくなったら、今みたいに俺達に吐き出せ。な?」
 
 言い聞かせるように頭を撫でると、和泉は小さく頷いた。
 
「起きた時の様子で、この先の事は考えよう。今のままでいいのか、何か変えていくべきか。
 ……亜姫が起きた時、そんな情けない顔は見せんなよ?
 美味いコーヒー入れてやるから、それ飲んで気持ちを切り替えろ。……出来るよな?」
 挑発するように言うと、和泉は山本を恨めしそうに見た。
「出来るに決まってんだろ………」
 その言葉に山本は笑い、和泉の頭をいっそう強く掻き回した。
 
 やめろと呟く和泉に、様子を伺っていたヒロ達も安心したように笑う。
 
 だが皆が雑談しながら待つ中で、和泉だけは亜姫を抱えながらずっと考えこんでいた。ヒロ達が何度か声をかけたが一切反応しない。
 けれど、その表情に後ろ向きな様子は見えず。皆は顔を見合わせつつ、そっとしておいた。
 
 途中で亜姫の両親が迎えに来たが、和泉はそれにも気づかず考え込んでいた。
 両親は山本から諸々の説明を受けて皆と同じように座り、衝立ついたての向こう側から様子を伺っていた。
 
 しばらくして、和泉は綾子に言った。
「亜姫が目を覚ました時さ、話を出来そうな状態だったら。俺、先に話をしてもいい……?」
 
 それは、聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
 綾子を見る和泉の視線は不安にまみれていた。
 それは亜姫の状態に対してなのか、自分のしたことに対するものなのか……。しかし、その中に何かを決意したようなモノが見え隠れする。
 
 綾子は亜姫の両親へ視線を向け、了承の頷きを確認する。そして「様子を見て必要な時は止める」と言い添えた上で許可を出した。

  
 部屋中に充満していたコーヒーの香りが消える頃、ようやく亜姫は目を覚ました。 
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