上 下
174 / 364
高3

修学旅行(10)

しおりを挟む
 ブッハァッ!!
 豪快に噴き出す音と共に、建物の角から笑い声。
 
「バカ! 戸塚、まだ黙ってろって……ブ、ハッ!」
「ごめ……でも、無理、どちら様でしたっけ、って……今更……!」 
 お腹を抱えて止まらぬ笑いに苦しみながら、戸塚とヒロが出てきた。その後ろから笑いを抑えた和泉も続く。
 
「来るのが遅い、ギリギリだったわよ」
 麗華が怒ると、戸塚が涙を拭きながら謝る。
「悪い。もう少し楽しめるかなって、期待の方が勝っちゃって」
「楽しんでる場合じゃないでしょ、今日は時間も限られてるのに。
 こうなったら止まらないってわかってるんだから、いたならもっと早く出てきてよ。手遅れになるとこだったじゃない」
「間に合ったからいいだろ、お前らだって楽しんでたじゃん。わざと煽ろうとしてたの、しっかり聞こえてたぞ?」
 突如始まった会話の意味がわからず、江藤と高橋は激しく動揺する。
 
 それを一瞥して、笑いながらヒロが言う。
「可哀想に。お前ら、絶対後悔するよ?」
 
 同情すら滲ませたその言葉に、わけがわからぬまま二人は顔を引きつらせた。
 しかし亜姫は気にせず、楽しそうに質問を続けようとする。
 
 その異様な空気に慄いた江藤達は、恐ろしいものに出くわしたように亜姫を見た。
 嬉しそうな亜姫が満面の笑みを向けると、二人は少し後ずさる。
 
「ね、名前。なんだっけ? 私のことは知ってもらえてるんだよね? あと、今から」
 そこまで言ったところで和泉が後ろから亜姫を抱き込み、その口を手で覆った。
 
 邪魔しないでと言いかけた亜姫の口を塞いだまま、「それは今度な」と和泉が宥める。
 嫌だ! と言いたげな視線もかわして、和泉は抱き込む手に力を入れた。 
「俺の好みは違うって言ってるだろ」
 ツッコみつつ口元の手を外すと、亜姫は今すぐの指南を再び願おうとする。 
 そんな亜姫に喋らせないよう、和泉は耳元で囁いた。
「今は旅行中なんだけど? どうしてもって言うなら……今すぐ俺が教えてやるよ」
 
 和泉が頬をなぞりながらキスしそうな距離に近づいていくと、案の定、亜姫は真っ赤に染まって動きを止めた。
 そして
「どっ、どうしてもじゃないし! 離してっ!」
 そう叫ぶと慌てて腕から抜け出し、その場から逃げ出した。
 それに安堵した麗華と沙世莉が先へ先へと進ませていく。
 
 それを見送ると、和泉は江藤と高橋を冷たい眼差しで見据えた。
「お前らと関わった覚えはないんだけど?
 まぁ、シたって言うなら……二度と近づかない約束、守れよ?」
 
 背を向けて歩き出した和泉に続きながら、戸塚が二人に声をかけた。
「御愁傷様。がんばってね」
 
 その時、少し先から亜姫の声。
「あっ! 江藤さん、高橋さん、また───」
 何か言いかけた亜姫を和泉が抱き寄せるようにして連れて行くのが見え、二人は何を言われたのかはわからなかった。
 
 混乱したまま、彼女達は和泉との繋がりが切れたことだけ理解する。去り際の戸塚はそれを憐れんだのだろうと。 
 狐につままれたような気分で、同時に得体のしれない怖さも感じながら、二人はその場をあとにした。
 
 
 
 ◇
「あんたね、時と場所を考えなさいっていつも言ってるでしょ。まさかピンポイントであの話を持ち出されるなんて、焦っちゃったわ。
 でも、だからってあんなところで聞くような話じゃないわよ。亜姫、聞いてるの?」
 麗華の小言を聞き流して、亜姫はせっかくのチャンスを……とボヤいている。
 
「人がいなかったから良かったけど、あれじゃただの痴女だよ、痴女! 大きな声で卑猥な話をするんじゃないの!」
 沙世莉からも怒られているのに、亜姫の頭の中は先程の話でいっぱいだ。
 
 まさか、プルプルおっぱいじゃなくても役に立つなんて……!
 しかも、和泉を夢中にさせた技能の持ち主までいたとは!!
 
「今日の夜……」
 夜の自由時間に再突撃しようと目論む亜姫を、和泉が「駄目」と止める。 
「教えてもらったらすぐ試したいだろ? 家に戻ってからにしような。 
 それとも、ホテルの庭で試してみる……?」
 耳元で甘く甘く囁くと、亜姫は例のごとく固まった。
 
 和泉は笑いながら念を押すようにしばらくからかい、
「旅行中、この話はお預け。いいな?」
 と、強制的にこの話を終わらせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』第3弾 メンバーが結婚ラッシュの中、未だ独り身の吾郎 果たして彼にも幸せの女神は微笑むのか? そして瞳子や大河、メンバー達のその後は?

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

行方

向日葵
恋愛
はじめまして。 この小説は、 気持ちだったり、 人生だったり、 人だったり、 色んな『行方』を 書いたものです。 どこに向かうのか、 たどり着くのか、 『自分だったら』と、 重ねて頂けたらと思います

るんるんパラダイス♪♬

峰はぁと
青春
詩です。

生贄な花嫁ですが、愛に溺れそうです

湖月もか
恋愛
家族に愛されることのなかった鈴音。 ある日身代わりとして、山の神様へ生贄として捧げられらることとなった。 --そして彼女は大切なものを得る。 これは、愛を知らなかった鈴音が生贄として捧げられて初めて愛される事を、愛する事を知っていく物語。 ※小説家になろうにある作品同じものになります。

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...