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キレた亜姫と暴露の和泉(6)

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 あー、ハラ痛い。と言いながらようやく落ち着いた和泉。 
「鍋島に相当キレてたんだな。お前……何も言わなかったけど、今までもずっと溜めこんでたんだろ。
 でも、あれだけ反撃できるなら俺が守る必要なんてないかも」
 笑いながらそう言うと、亜姫は和泉にギュッと抱きついた。
「だめ。……困る」
 
 胸に顔を埋める亜姫を優しく抱き込み、和泉は目を細める。 
「どうして? 俺が必要?」
「うん。和泉がいるから頑張れるんだもん……」
 離れないとでも言うように和泉にギュウッとしがみつく亜姫からは、ほんの少しの不安が滲み出ている。 
「さっきとはえらい違いだな。スイッチ、切れちゃった?
 ……なぁ、さっき色々言ってたことは本当?」
 長い髪を漉きながら、和泉は優しく尋ねる。
 
 俯いている亜姫の耳が徐々に赤く染まり、少しして小さな肯定の声。
 
「和泉の話、勝手にしちゃってごめんなさい……」
「おい。その話はもう言うな、恥ずかしすぎる。
 ……でも、お前が言ってくれたことはすごく嬉しかったよ。ありがと」 
 和泉は頭に軽く口づけた。すると亜姫が顔を上げてくるので唇をついばむと、和泉の携帯が鳴った。
 
『山センが呼んでる。戻ってこい。
 学校中、和泉の初恋でもちきりだから。亜姫は安心して戻っていい』
  
 ヒロからのメッセージに、和泉はがくりと項垂れた。
「戻りたくねぇ……」
 
 チュッ。 
 突然来た頬への刺激。
 和泉が顔を上げると、和泉の顔に手を添えた亜姫がいた。亜姫はそのまま手を這わせ、自分の唇を和泉のそれに重ねる。
 相変わらず拙さを感じる口づけ。しかし和泉は有り難く受け入れ、堪能させてもらった。
 
「お詫び。のつもり」
 照れたような声に目を開けると、嬉しさと申し訳無さを混ぜたような、しかし明るい笑顔の亜姫がいた。 
「……何、その顔。お前、もしかして……キレてストレス発散した?」
「ん?……確かに……もう、隠すものもないし? 間違った話は訂正できたし? うん、スッキリはしてるかも」
 
 久々に見る明るい表情。しかし今の和泉は、嬉しさより恨みの一つでも言いたい気分だ。
 
「なんで一人だけスッキリしてんだよ。俺だけ最悪じゃねーか」 
 和泉は再度項垂れながら、ごめんねと謝る亜姫をそうっと抱きしめた。
 
「お前がそうやって笑えるなら、もういーよ。でも、次はねーぞ? 
 亜姫。隠すものないって言うけど……お前の、発作。あれだけは見せたくないから。
 あれは、お前がまだ苦しんでるっていう何よりの証拠だ。まだ、傷が塞がったわけじゃないんだからな? 俺にも少しは守らせろ。もう勝手な真似はするなよ、いいな?」
「うん。ごめんなさい。………いつもありがとう」
「まず、謝るようなことをすんなよ。お前といると、ほんとロクなことが起きねぇな……。あー、マジでこのまま帰りたい」
 
 ぶつぶつボヤきながら教室に戻ると、やはり教室には先程の話が広がっていて。
 周囲からのヌルい視線に和泉はひたすら耐えるハメになった。
 

 ◇ 
 鍋島は、あれ以来絡んでくることはなかった。
 
 事件についても。
 あれだけ豪快に暴露したのに、初恋ネタの衝撃が大きすぎて上書きされてしまったようだ。気がつけばうやむやになって火消しされていた。
 
 二人の交際については、ずっと詳細が隠されていた。
 だが今回、亜姫の口から実際に語られ和泉がそれに動揺を見せたこと、また和泉が自ら初恋を暴露してしまったことで、あの場の発言は全て事実だと裏付けてしまった。
 
 和泉ネタで情報を散らせると目論んだ麗華や琴音がわざと広めた部分もあったのだが、そんなことを知らない和泉は亜姫を守るために犠牲となり、最近覚えた羞恥心をこれでもかと味わうハメになった。
 
 新たな一面を見せた和泉に恋慕するものや親しみやすいと話しかけてくる女子が増えてしまうという別の弊害は出たが、亜姫に悪意を持つものは表立って動きにくくなり、騒がしかった生活は次第に元へ戻っていった。
 
 
「すっげぇ、居心地悪い」
 人がいない屋上でお昼を食べながら、和泉はボヤく。
 
 今日は沙世莉も一緒だ。
 
「何をぶつぶつ言ってんだよ? お前が見られたり噂されたりなんて今更じゃん。居心地良かったことなんかねーだろ?」
「和泉の初恋話で亜姫の事件が霞んだもんな。身を犠牲にして亜姫を守るなんてすごいじゃん、そのおかげで学校からもお咎めなしだしさ。
 亜姫が鍋島にしたことなんて、逆に山セン達笑っちゃってたもんね」
「そりゃ、まあ、そーなんだけど」
「まぁ、別の意味で女が鬱陶しくなっちゃったけど。でも注目がそっちに向くし、いい案よね。
 この際、亜姫絡みの話を小出しにして切り売りしたら? 琴音に頼めばあっという間に広めてもらえるわよ?」
「やめろ。俺が死ぬ」
「何あんた、意外とメンタル弱かったんだ? っていうか、あんな生活してなかったらこんなに言われなかったんじゃないの? 自業自得? 因果応報? あと、なんだっけ?」
「沙世莉、麗華、少し手加減してやれよ。見てみろ、もう言い返す気力も残ってないから」
 
 皆が笑う中、亜姫だけはゲンナリしている和泉を励ました。
「和泉、元気だして。これ食べる?」

 差し出されたパンをつまみながら、和泉は亜姫を恨めしそうに見る。
 
「同じように曝け出したのに、なんでお前は無傷なんだよ。ダメージ比率、おかしいだろ……」 
 恨み節を零す和泉に、亜姫は嬉しそうな笑みを向ける。
「ごめんね? でも、和泉が本当はどういう人なのかを皆に知ってもらえるの、私はすごく嬉しい」
 
 この言葉に和泉はフイッと顔を背けた。
 
「和泉、耳赤いの隠せてねぇぞ。マジでお前、大丈夫かよ? 最近、全然立て直せてないぞ。今の、照れるようなとこじゃねえからな?」
「……もう俺、帰っていい……?」
 
 和泉のこんな毎日は、しばらく続いた。
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