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高2
キレた亜姫と暴露の和泉(1)
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休み明け。久々の朝の電車。
前の晩から少し緊張していた亜姫だったが、思いがけず順調に電車を降りた。前ほどの苦痛も感じなかった。
亜姫は改めて思う、これは和泉が多方面に気を配ってくれたからだと。この恩はいつか元気になったときに返そうと、今は素直に甘えることにする。
新しい年の始まりに幸先がいいスタートを切れた気がして、久々に気持ちが浮き立つ。
現状が大きく変わったわけではないが、少しずつ前に進んでいる実感があって嬉しくなった。
今は少しでも元気な姿を見せることがお礼代わりになる。そう信じて和泉に笑顔を向ける。
「和泉、いつもありがとう。今日は休まなくても歩けそう」
「お、調子良さそう。でも無理はするなよ? まだ人が多い時間だし」
元気そうな亜姫を見て、和泉の声も弾む。
そして歩き始めた二人に多数の視線が刺さった。人混みを避けていた亜姫は忘れていた、和泉と歩けばこうなることを。
そのまま居心地悪く進んでいると、なんだかいつもと様子が違う。
和泉を見て浮き立つのではなく、遠巻きに様子を伺う雰囲気。ヒソヒソと話す声、そして自分に向けられる視線。
和泉と付き合いだしてから、亜姫は少なからず不満げな視線に晒されてきた。慣れることはないがある程度の馴染みはある。
けれど明らかにそれとは違う、亜姫にだけ向けられた視線だった。
全身がザワザワと波立ち嫌な予感を感じた時、わずかに聞こえてきた声に全身が強張った。
──襲われたんだって──
亜姫の足が止まる……が、グイッと背中を押されて前に出た。和泉が強く抱き寄せ、そのまま進むよう力を入れたからだ。
一瞬見えた和泉の顔は無表情でまっすぐ前を向いていた。眉間にわずかに寄る皺を見て、和泉も気づいているとわかった。
下を向くな、堂々としろ。
心の中で自分を叱咤する。
隠し通せないとわかっていたはず。
私は悪いことをしていない。
何を言われても前を向け。
自分にそう言い聞かせながら、亜姫は足を進めた。
学校が近づくに連れ、ざわめきは増していった。じわじわと水面下で拡散された噂は、行事の多い冬休み中に爆発的に広まった──真実だと勝手に結論付けられて。
教室にいても遠巻きにヒソヒソと話す声が聞こえる。和泉は何も言わなかったが、いつも以上に亜姫のそばを離れなかった。
亜姫も何も言わず、ただ静かに過ごす。
そして放課後、五人は教官室にいた。状況を知った山本に呼ばれたからだ。
亜姫は皆の気遣わしげな視線にも反応せず、ただ控えめな笑みを浮かべて座っていた。
沈黙を破り、山本が声をかける。
「亜姫、お前はこれからどうしたい?」
「何も」
亜姫は静かに言い、山本をまっすぐ見上げた。
「私は何も悪いことをしていません。今まで通りに過ごします」
「いや、しかし……そうは言ってもなぁ……」
顎をさすりながら言葉を濁す山本に、亜姫はにこりと笑いかけた。
「バレるのを承知で警察に言ったんだもの、想定済みです。
でも先生。皆が、処分されてないことで何か言われたりしないようにしてください」
「何言ってんだよ、俺らなんかよりお前の方が問題だろ!! どうすんだよ、暫くおさまんねーぞ」
ヒロが声を荒げるも、亜姫は笑ったままで。
「勝手に言わせておけばいい。どうせ事実を伝えたって誰も信じない。
そんなことより、下手に反応して知らない人が近づいたりしてくる方が………怖い」
それを聞き、全員がハッとして無言になる。
「私はまだ、一人じゃ何も出来ないから……だから、何もしないで。皆がそばからいなくなったら困るし、そもそもそんなことになるなんて嫌だよ」
「それでいいんだな?」
ずっと黙っていた和泉が亜姫に聞く。
「うん。これまでと同じで大丈夫。何かあれば、我慢しないでちゃんと言う。
しばらく、また迷惑かけちゃうかも……先生達にも。皆に嫌な思いをさせたらごめんなさい」
困った顔で笑う亜姫に全員が溜息をついたが、反対するものはいなかった。
それから数日。
亜姫をとりまく環境は悪化していた。
前の晩から少し緊張していた亜姫だったが、思いがけず順調に電車を降りた。前ほどの苦痛も感じなかった。
亜姫は改めて思う、これは和泉が多方面に気を配ってくれたからだと。この恩はいつか元気になったときに返そうと、今は素直に甘えることにする。
新しい年の始まりに幸先がいいスタートを切れた気がして、久々に気持ちが浮き立つ。
現状が大きく変わったわけではないが、少しずつ前に進んでいる実感があって嬉しくなった。
今は少しでも元気な姿を見せることがお礼代わりになる。そう信じて和泉に笑顔を向ける。
「和泉、いつもありがとう。今日は休まなくても歩けそう」
「お、調子良さそう。でも無理はするなよ? まだ人が多い時間だし」
元気そうな亜姫を見て、和泉の声も弾む。
そして歩き始めた二人に多数の視線が刺さった。人混みを避けていた亜姫は忘れていた、和泉と歩けばこうなることを。
そのまま居心地悪く進んでいると、なんだかいつもと様子が違う。
和泉を見て浮き立つのではなく、遠巻きに様子を伺う雰囲気。ヒソヒソと話す声、そして自分に向けられる視線。
和泉と付き合いだしてから、亜姫は少なからず不満げな視線に晒されてきた。慣れることはないがある程度の馴染みはある。
けれど明らかにそれとは違う、亜姫にだけ向けられた視線だった。
全身がザワザワと波立ち嫌な予感を感じた時、わずかに聞こえてきた声に全身が強張った。
──襲われたんだって──
亜姫の足が止まる……が、グイッと背中を押されて前に出た。和泉が強く抱き寄せ、そのまま進むよう力を入れたからだ。
一瞬見えた和泉の顔は無表情でまっすぐ前を向いていた。眉間にわずかに寄る皺を見て、和泉も気づいているとわかった。
下を向くな、堂々としろ。
心の中で自分を叱咤する。
隠し通せないとわかっていたはず。
私は悪いことをしていない。
何を言われても前を向け。
自分にそう言い聞かせながら、亜姫は足を進めた。
学校が近づくに連れ、ざわめきは増していった。じわじわと水面下で拡散された噂は、行事の多い冬休み中に爆発的に広まった──真実だと勝手に結論付けられて。
教室にいても遠巻きにヒソヒソと話す声が聞こえる。和泉は何も言わなかったが、いつも以上に亜姫のそばを離れなかった。
亜姫も何も言わず、ただ静かに過ごす。
そして放課後、五人は教官室にいた。状況を知った山本に呼ばれたからだ。
亜姫は皆の気遣わしげな視線にも反応せず、ただ控えめな笑みを浮かべて座っていた。
沈黙を破り、山本が声をかける。
「亜姫、お前はこれからどうしたい?」
「何も」
亜姫は静かに言い、山本をまっすぐ見上げた。
「私は何も悪いことをしていません。今まで通りに過ごします」
「いや、しかし……そうは言ってもなぁ……」
顎をさすりながら言葉を濁す山本に、亜姫はにこりと笑いかけた。
「バレるのを承知で警察に言ったんだもの、想定済みです。
でも先生。皆が、処分されてないことで何か言われたりしないようにしてください」
「何言ってんだよ、俺らなんかよりお前の方が問題だろ!! どうすんだよ、暫くおさまんねーぞ」
ヒロが声を荒げるも、亜姫は笑ったままで。
「勝手に言わせておけばいい。どうせ事実を伝えたって誰も信じない。
そんなことより、下手に反応して知らない人が近づいたりしてくる方が………怖い」
それを聞き、全員がハッとして無言になる。
「私はまだ、一人じゃ何も出来ないから……だから、何もしないで。皆がそばからいなくなったら困るし、そもそもそんなことになるなんて嫌だよ」
「それでいいんだな?」
ずっと黙っていた和泉が亜姫に聞く。
「うん。これまでと同じで大丈夫。何かあれば、我慢しないでちゃんと言う。
しばらく、また迷惑かけちゃうかも……先生達にも。皆に嫌な思いをさせたらごめんなさい」
困った顔で笑う亜姫に全員が溜息をついたが、反対するものはいなかった。
それから数日。
亜姫をとりまく環境は悪化していた。
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