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久々の触れ合い(1)

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 送迎をする中で和泉が欠かさずしていたこと。それは亜姫の親とする情報交換だ。 
 恥や外聞など、全て曝け出した時点で捨てた。
 亜姫のそばにいるにはバカ正直を続けるしか信用を得られないと開き直り、日中の様子は自分の行動も含めて余すことなく親に伝えている。
 
 発作が治まる方法も寝かせる手段も、最初に親へ報告済みだ。言いにくい内容ではあったが、和泉は敢えてありのまま伝えた。 

 当然両親は驚きを隠せずにいたが、あくまでもそれは亜姫の安定を目的としたものであること、又いかなる状況であろうとも亜姫と親の信頼を損ねることは誓ってしないと再度宣言。
 逆に、親から見て不安や要望があるならば都度教えてほしいと頼んだ。
 
 両親は異を唱えることなく受け入れてくれたが、それは色んなものを飲み込んでくれたから。そう思い、和泉は慢心せず節度を保った関わりを徹底している。

 一瞬でも不信感を持たれれば、亜姫を守る権利はなくなるだろう。自分への信頼など一時的なもの、それも軽く吹けば飛ぶ程度のものだと常に自分を戒めていた。
 
 日が経つにつれ亜姫は少しずつ安定して、親がいれば自宅で問題なく過ごせるようになってきた。
 だが冬休みに入れば日中は一人。かといって、人出も多いこの時期に外出させるのも不安。そこで、和泉は亜姫の両親ヘ頼み事をした。 
「親が不在の日中、家に滞在させてほしい」と。
 
 亜姫の家で、長時間二人きりになったことはない。不信を持たれぬよう、決して不埒な真似はしませんと改めて宣言。言葉通り、穏やかな時間を過ごした。

 外出しない選択は正解だったようで、亜姫は安らいだ笑顔を見せることが増えた。
 
 あの事件から、体の触れ合いは一度もない。安心させる必要がある時に触れるだけ。
 いくらこの腕の中が安心すると言っても、そこに性的なものを感じてしまえばどうなるか。それは和泉にもわからない。何気ないふりを装いながら、些細な変化を一つも見逃さぬよう細心の注意をはらう日々が続いている。

 そんな状態で体の触れ合いなど、とてもじゃないが考えられない。亜姫がまた幸福感を持ってそういう行為を望むまで、和泉は手を出す気はなかった。
 
 クリスマスと年末は麗華達も加わり、家で過ごした。そこで亜姫が以前と変わらぬ姿を見せ、和泉は安堵する。限られた環境下であるとは言え、それは大きな進歩に感じられた。
 
 そして無事年越しを迎え、正月が明けた今日。
 二人は和泉の最寄り駅にいた。
 学校が始まる前に少し慣らしていこうと、和泉の家へ行くことにしたから。今は車で送ってもらったが、帰りは久々に電車に乗るつもりだ。
 
 和泉が左側に立ち、歩く。やはり多少の緊張は見えるものの、休み前に比べると亜姫の顔色は随分良くなった。今は以前と違い、全てに怯えることはない。
 
 近くのコンビニに通りがかると、ガラガラの店内を見た亜姫が「入ってみようかな」と呟いた。
 そんなことを言うのは事件後初めてだ、ならば是非と立ち寄った。
 
「店に入ったの、久々じゃない? 楽しかった?」
「うん。大好きだったあのパン、新作出てた!」
 喜び露わな亜姫の笑顔に、和泉の顔も綻ぶ。 
 敢えて口にはしなかったが、入店や買い物を出来たことが亜姫には何より嬉しいことだとわかっていた。
  
 家に上がると、亜姫がリビングの中をしげしげと眺める。
  
「今更、何が珍しいの? 最後に来てからそんなに時間経ってないだろ。なにも変わってねーよ?」
 和泉がクスリと笑う。

「うん、変わってないね。和泉んちに来ると、いつもホッとした気持ちになる。この家の空気、やっぱりすごく好きだなぁ」
「どんな空気? 男二人でろくに喋ることもなければ飾り気もないし、ホッとする要素なんてなくね?
 亜姫んちの方が温かみあるし、雰囲気良くて居心地いいよ。俺はお前んちの方が好き」
「んー? そんなことないよ。なんか……あったかい感じがする。和泉、冬夜さんから大事にされてるんだね」
 
 ……今、なんて言われた? 
 和泉は目を瞬いた。 
 亜姫は何気なく口にしたようで、そこから何を言うでもなく楽しげに部屋を見ている。
 
 亜姫といると、時々こういう事がある。
 和泉が考えもしなかったことを不意に口にする。だが、言われても理解できないか信じられないことが殆どだ。
 
 冬夜に、大事にされてる……? 
 確かに邪険にされたりはしないし、よく面倒を見てもらっているとも思う。だが、大事にされていると感じたことはない。
 
 和泉は住み慣れた空間をぐるりと見渡してみた。 
 昔から変わらない、シンプルな部屋。物どころか色も柄も少なくて、会話と同じく必要最低限のものしかない。無機質の塊のような空間。 

 冬夜は口数が少なく、冗談を言って人を笑わせたりはしない。表情豊かなタイプでもない。「優しい」より「厳しい」印象。
 二人でリビングにいても、会話は必要最低限で生活音だけがやたら響く。

 亜姫の家とは全てが正反対で、温かさなんてどこにも見当たらない。
 
 冬夜とはあの事件の日に顔を合わせているけれど、あんな状態だった亜姫にその記憶はない。
 知るとしても会話中ごく稀に名前が出る程度で、その人柄を亜姫が詳しく知る筈もない。 

 いったいどこを見てそう思ったのか?
 さっぱりわからない。 
 あの瞳には何が映っているのだろう。
 
 亜姫が何気なく口にすること。それを聞くと──理解できないことばかりなのに──くすぐったいような心地良いようなナニかが体の奥底からじわじわみ出てきて、いつの間にか自分の世界を変えてしまう。
 今もそうだ。この無機質な空間が、温かみのある居心地のいい場所のように思えてきた。
 
 亜姫の目は、自分とは全然違う世界を映しているに違いない。
 そこは全てが輝いていて……きっと、どこを切り取っても温かいのだろう。
 
 自分は、どんなふうに映っているのだろう。
 
 不意にそんなことを考えた。
 少しでもいい男に見えてたら、なんて考えていることに気づき苦笑する。そんな目で見られることを毛嫌いしてきたくせに、亜姫にだけはそれを望むのかと。
 
 和泉はその考えを振り払うように、思考を遮断した。
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