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高2

噂と睡眠(2)

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 今のままでは、亜姫の体力が持たない。
 この生活を続けるのは無理だと言うしかないのか。 
 亜姫が眠る姿を見ながら、本人が嫌がる心療内科の受診や休学も考えるべきかと話をしていると、昼のチャイムと共に麗華達がやってきた。
 
 ちょうど目覚めた亜姫は、寝られたことで少し楽になったようだ。麗華が持ち込んだ大好物のパンとカフェオレを少しずつ口にする。
 皆がホッとして見ていると、山本がこの先について切り出した。
 
 亜姫も自分の限界や周りへの迷惑を自覚している。これ以上のワガママは言えないとわかっていて、黙って山本の話を聞いていた。
 
 とにかく、睡眠が取れなければ何も出来ない。
 だが、どうしても眠れない。和泉のそばなら眠れるものの、夜を共にすることなんて無理なのだからどうしようもない。
 あの事件から数日経っているが、未だ補習などを始められる状態にはなっていない。
 
 亜姫は和泉の時間を潰していることも気にしていた。自分のせいで和泉の未来まで潰すわけにはいかない。 
 ワガママは充分聞いてもらったではないか。あれほどこだわった日常は、既に大きく変わっている。
 その事実は亜姫を打ちのめしたが、自分でも限界を感じていた。
 
 亜姫が諦めを感じていると、ふと戸塚が言う。
「和泉のそばなら絶対に寝られるの?」
 
 亜姫は頷く。
 
「俺といても、最初は必ず魘されるけど。
 発作みたいなもんだな。魘される内容も対処法も毎回同じ。そのあとは落ち着いて熟睡する」
 
 どうやって寝てるのか?と問われると。 
「ひたすら俺にひっついてる。いくつか試してみたんだけど、発作の時も寝てる時も、俺と離れてるのはダメみたい」 
 
 ここから「なぜそれだと眠れるのか?」という話になった。 
 和泉の腕の中が安心できるのは、付き合う前から感じていることだ。
 それは温もりになのか、匂いや肌触りなのか……。そんな話をしていると。
 
「まぁでも、夜に和泉と過ごすなんて現実には無理よね。なら……亜姫が和泉のそばで寝てるような感覚になれば、寝られたりして?」
 麗華が不意に言った。
 
 首を傾げる亜姫達へ麗華は続ける。
「和泉の服を借りて、寝間着代わりに着てみるのはどう? ついでに、いつもつけてる香水も借りてみるとか。そしたら、なんとなく和泉がいる感覚になるんじゃない?」
「それ、意外とアリじゃね? 和泉の愛用シャツでも貸してやれば? 亜姫が好きな服を選ぶとか」
 ヒロがナイスアイデアと声を上げ、和泉もいいよと頷く。
 
 亜姫の胸が小さく鳴った。確かに、それなら和泉に包まれて眠っている気になるかもしれない。
 和泉の温もりはたしかに好きだけれど、ふわりと香るあの匂いも亜姫は好きだった。 
「それなら……和泉がよく着てる、あのTシャツがいいな」
 和泉はふたつ返事で快諾した。香水も、予備があるのでくれると言う。
 早速、今日の帰りに取りに行くことにした。
 
「っていうか、俺思ったんだけど」
 和泉が首を傾げる。
「別に、無理して夜寝なくてもいいんじゃない?」
「何言ってんだよ。じゃあ、いつ寝んの? 眠れねーから亜姫がこんなにしんどくなってんだろ?」
 ヒロのツッコミに、和泉は首を振る。
「でも、眠らなきゃって考えすぎて逆に眠れないってこともあるんじゃない? まず、眠ろうと思うのをやめない?」
 
 全員、呆気にとられて和泉を見た。 
 眠れるように考えているというのに意味がわからない、と皆の顔に書いてある。和泉がクスッと笑った。
 
「普段でも、夜眠れない時ってあるだろ? 気づいたら朝になっちゃってて……みたいなこと。そういう時は、授業中寝ちゃったりするじゃん。それと一緒だよ。
 魘されんのが怖くて眠りたくないなら、起きてりゃいい。
 夜眠れなかったら、昼に寝ればいい。
 昼間に寝ちゃうのなんて、別に珍しいことじゃなくない? 誰でも経験あるだろ。
 山セン達だって、寝る気満々でベッド用意してるし。それを使い放題だって言われてんだから、活用すればいい」
 
 山本と横川は思わず顔を見合わせて、絶対内緒だからな? と苦笑しながら念を押す。それから亜姫を見て笑った。
「お前だけは特別に、いつでも好きなだけ使っていいよ」
 
 亜姫にのしかかっていた重りがよけられ、体が軽くなった気がした。 
 なぜ和泉はいつも自分を身軽にしてくれるのだろう。いとも簡単にこうして憂いを払ってくれる。
 今のままでいいと、そう言ってくれる。
 
 いいのだろうか、まだワガママを通しても。
 自分の願いを……皆に迷惑をかけながら叶えようとしても、いいのだろうか。
 
 そう思いながら和泉を見ると、まるで聞こえていたかのように小さく頷く。
 
「帰り、うちに寄っていこうな。それで夜眠れるようになれば良し。無理なら明日の昼、堂々と寝かせてもらおう。
 そしたら学校にも来られるし、お前もお前の母さんも休めるし、ストレスも減っていいことづくめじゃん」
 
 そしてその夜。麗華の作戦は功を奏した。 
 和泉愛用の香水をつけたシャツは、それを着ている和泉を彷彿とさせる。
 温もり不足は否めず本物の安心感には届かないが、眠れる時間が増えた。また、魘されて飛び起きてから落ち着くまでの時間が短縮された。
 気持ちを割り切れるようになったことで、日中もうまく睡眠を取れるようになった。
 発作や日常での苦痛は変わらず続いていたが、退席する頻度は格段に減った。
 
 効果的な睡眠が取れるようになったことで、補習も受けられるようになっていった。
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