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高2

登校(2)

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 亜姫の体が少し震えている。 
「無理はするなよ?」
 和泉は小さく囁いて、できるだけ人がいない方へ導いた。

 ゆっくり歩く傍らを後ろから人が追い抜いていく。その度、亜姫はビクッと体を震わせる。 
 石橋はいつも突然現れた。昨日は後ろから突然引っ張られ、連れ去られた。後ろから追い抜く男性は、今の亜姫にとって恐怖の対象でしかないのだろう。

 どうにか駅に辿り着いたが、亜姫はそこで動けなくなった。人が多すぎて怯えたからだ。  
 和泉は改札の端へ移動し、人から隠すように優しく抱き寄せる。母に迎えに来てもらおうと提案してみたが、亜姫は嫌がる。
 
 腕の中でギューっとしがみつく亜姫。不謹慎だとわかりつつ、心配よりも愛しさが増してしまう。
「ヤバい……今日の亜姫、甘えん坊で可愛すぎる」
 
 本来の目的を忘れて、ついムギュムギュと抱きしめてしまう。
 こんな場所で抱きしめられるなんて、普段の亜姫では考えられない。それがまた和泉の気持ちを上げた。
 
 和泉が可愛いを連発していたら、腕の中から小さな笑い声。
「和泉、同じ事ばっかり言ってて気持ち悪いよ」
 
 くすくす笑う亜姫がこれまた可愛い。 
 そう言うと、もう止めて恥ずかしい……と言った後
「もう、本当になんなの? 朝もそうだったけど、色々気にしてるのがバカらしくなってきちゃう」
 そう言いつつ、亜姫はギュウッと抱きついてきた。

「ね、おまじない……して。もう少し頑張れるように」 
潤んだ目で見てくる亜姫に和泉の理性は飛びそうになったが、それを必死で抑えて甘く囁いた。 
「……すっごく効くおまじない、あるよ」
 
 抱きしめながら、優しく触れるだけのキスを亜姫の唇へ落とす。すると、腕の中で緊張を緩めた亜姫が「行く」と呟いた。
 
 そのままホームへ上がり、一番端まで移動する。 
 利用者の多い沿線なので通勤時間帯の車内はかなり混雑する。だがこの駅は主要駅ではないので、ホームの端まで行けば人は殆どいない。  
 人から見えないように亜姫を先頭側に立たせ、和泉は包むように優しく抱きしめた。
 
「は、恥ずかしいよ……」
 亜姫は小さな声で抵抗するが、いつものように抜け出そうとはしない。
 怯えているのだろう。体はやはり少し震えたままだ。
   
「亜姫の姿は見えないから大丈夫」
 そう言って、和泉は亜姫の頭の上にキスを落とした。
「大丈夫か……?」
 亜姫は小さく頷く。
「でも、もうちょっと……このまま……」
 和泉の胸のあたりを強く握り、亜姫は顔を押しつけてきた。
 
 ひたすら可愛すぎる。和泉の中から愛しさが溢れてどうしようもなくなった時、ちょうど電車が到着した。
 この時間帯、この駅で降りる人はほぼいない。車内は既に満員だ。学校のある三駅先まで、混むことはあっても空くことは無い。

 扉が開き、中にいる沢山の人を見た瞬間。亜姫がヒュッと息を呑んだ。「あ……」と小さな声をもらし、後ずさりを始める。 
 それに気づいた和泉が亜姫の前に回り込み、視界を遮るように抱きしめた。
「亜姫、大丈夫。大丈夫だよ。……息、ゆっくり吸って」
 背中をポンポンと叩く。
 
 電車はすぐに発車し、しばし人の気配も消える。
 そうして徐々に亜姫が落ち着くのを待った。
 
「石橋はいないよ。それは分かってる?」
 しがみつく亜姫へ声をかけると、小さく頷く。
「人が、恐い。……どこから誰が見てるかわからない。また突然掴まれそうで……」
 
 亜姫の恐怖は全て、石橋の行動に起因する。
 耐えがたい苦痛を植えつけていった石橋に、和泉は改めて猛烈な殺意を抱く。しかし、それでも本人が現れるよりマシだと自分に言い聞かせた。
 
 それから数本、電車を見送った。
 女性専用車両に乗ることも提案したが、和泉と離れることを嫌がった。
 
 しばらく様子を見ていた和泉が亜姫に問う。
「なぁ、俺にくっついてると安心すんの? 俺も男なんだけど、怖くないの?」
「怖くない。和泉にくっついてると、すごく安心する」
「そっか」
 
 和泉はニヤける顔を押さえて亜姫を見た。今はだいぶ落ち着いたようだ。
 何が恐いかと聞くと、やはり『男性からの視線』と『誰かに触られること』だと言う。
 
「俺、いいこと思いついた」 
 
 和泉の考えはこうだ。
 抱き合った状態で乗ればいいのでは?
 亜姫は和泉にしがみついていれば安心できる。
 和泉が亜姫を抱きしめてやれば、亜姫の体は和泉に包まれた状態になるし、腕で顔周りを囲ってしまえば他者からの視線も感じずに済む。 
「何より、俺が嬉しくてたまらない」
 
 何故か少し得意げな和泉。亜姫は思わず笑った。
 
「まず、それで乗ってみよう。無理なら次の駅で降りる。その時は、おばさんに迎えに来てもらって今日は家に帰ろう。どう?」
 
 亜姫はその提案にのった。
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