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翌日(4)

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「あ……なんか……すいません……」
 色んな気恥ずかしさが一気に溢れ、でも無視することも出来ず。
 和泉は下を向きながら軽く会釈した。
 
 そんな和泉に、亜姫の母が優しい笑顔を向ける。
「和泉君、亜姫の準備ができるまでコーヒー飲まない?」
「ありがとうございます。じゃあ、いただこうかな……」
 
 返事をしてる間に、亜姫の父が無言で席についていた。目は合わない。 
 
 和泉は、ここに来る前に決めていた事が二つある。
 亜姫との会話で変な空気になってしまったが、何があってもこの二つはやり遂げると決めてきた。
 
 気持ちを入れ直して、「座って」と笑う母を見る。それから伺うように父を見て、誰に言うでもなく声をかけた。
「すみません。朝から図々しく上がり込んで、みっともないとこまで見せちゃって……。昨日も、ですけど……」 
「いいから座って座って!」
 
 気にしてなさそうな母の声を聞き流し、今度は父だけを見る。
「あの、おじさん……挨拶が遅れました。
 俺、和泉といいます。和泉魁夜です。亜姫と……亜姫さんと同じクラスで……6月から、お付き合いさせてもらってます」
 
 そこで、ようやく父と目が合った。
 その顔に表情はなく、考えは読めない。
 
 しかし、まずは一つ目。
 
 視線をしっかり父に固定して、和泉は言った。
「昨日……大事なお嬢さんをあんな目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした」 
 言い終わると同時に、深く深く……頭を下げた。

 部屋に沈黙が流れる。静寂が一生続くような気がした。息をすることすら憚られ、和泉が少し息苦しさを感じ始めた頃。
 
「顔を上げなさい」 
 低い男性の声に体を起こすと、こちらを見据える父と目が合った。やはり感情は読めない。
 
「和泉君、と言ったか。……君のせいではない」 
 落ち着いた声で言われたが、目は逸らさず「いえ、俺のせいです」と返す。
 
「俺は、石橋が亜姫に執着してるのを知っていました。学校からも、気をつけろ一人にするなと言われていました。
 あいつが亜姫を知るキッカケは……俺でした。
 亜姫が連れていかれた時、俺はすぐ近くにいたのに気づけませんでした。
 全部俺のせいです。謝って済むとは思っていません。だけど……申し訳ありませんでした」
 
 再度、深く頭を下げる。
 
 と、バン! と勢いよく扉が開き「違う!」と亜姫が飛び込んできた。
「違う! ずっと守ってもらってた。昨日もすぐ助けにきてくれたの。お父さん、お願い誤解しないで!」
 
 叫ぶ亜姫を無視して、和泉は頭を下げ続けた。それは、
「和泉君、君が謝る必要はないよ」
 と父に優しく言われるまで続いた。
 
「何度でも言う。君のせいではない。たとえ君がキッカケであったとしても、悪いのは彼らだ。
 娘はもっと酷い目にあうところだった。そうならずに済んだのは、君達が体を張って助けてくれたおかげだ。
 恥ずかしながら、私達は連絡を受けるまで何も知らなかった。頭を下げなければならないのは私達の方だ。
 ……亜姫を、守ってくれてありがとう」 
 そう言って、今度は父の方が和泉に頭を下げた。
 その隣で母も深々と頭を下げる。

「え……っ!! いえ、俺がお礼を言われるようなことは……いや、頭上げてください! マジで、頼みます! いや本当に! うわ……こんなん、俺どーしたらいいかわかんねぇッス!」
 
 想定外の出来事にパニクった和泉は口調が崩れるのを止められず、それを聞いて頭を上げた両親がちょっと笑ってくれてホッとした。
 
 そんな二人に向かい直し、和泉は言った。
「あの、俺……話したいことがあるんですけど。今、少しだけ時間をもらえますか?」
 
 二人は顔を見合わせてから無言で頷き、母もコーヒーを手に席に着く。
 椅子を勧められたが断って、まだ涙目の亜姫だけ座らせた。
 
「亜姫さんと……亜姫と付き合ってます。俺、ろくなトコ見られてないし、見た目もこんなんで…印象が悪いかもしれません。だけど……遊びじゃないです、真剣です。本気で惚れてて。
 自分なりに……かなり、大切にしてるつもりです」

 そこまで言って、大きく息を吸った。
 今から二つ目。ここからが勝負だ。
 
 和泉は父の顔を正面からまっすぐ見据え、拳をギュッと握りしめた。
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