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高2
文化祭(4)
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いつもと同じ顔ぶれに亜姫の気持ちが少し和らぐ。伏し目がちに小さな笑いを零すと、その顔を見た熊澤が言った。
「お前、目元のメイク崩れてるぞ」
「え?」
「アイシャドウがよれてる。今のうちに直しとけよ」
「え、どうやって?」
「………え?」
熊澤が唖然として亜姫を見る。
亜姫もぽかんとした顔で見返す。
誰がメイクしたのか聞けば、友人だとの答え。
メイク道具は? 鏡は? と問えば「そんなの持ってない」と当然のように亜姫は言う。
透明の薬用リップしか持っていないと聞き、熊澤が盛大な溜息をついた。
「お前なぁ、色つきのリップぐらい持てよ。飲み食いしたら色が落ちちゃうだろ?
え、何も考えてなかったの? 口紅はけっこうすぐ落ちるん……つーか、既に落ちかけてるじゃねーか。
もー、おっぱいに向ける情熱を少しはこっちに回せよ。ほら、こっち向け。俺が直してやる」
「え? 先輩が直すの? えっ、なんで? 出来るの? どうしてそんなに詳しいの?
っ、まさか……先輩、いつもメイクしてたの? もしかして今も?」
「してねぇよっ! この顔がしてるように見えるかバカ! あぁもう、お前なんの為に綺麗にしたんだよ、早くしないと和泉が戻ってきちゃうじゃねぇか。いいから早く! こっち!」
熊澤は半ば無理やり亜姫の顔を掴み、目元に手を伸ばす。その横で話を聞いていた友人達は大笑いしていた。
柱の奥から顔を覗かせ、その中のひとりが言う。
「最近、マリナが化粧に夢中なんだよ。子供向けに玩具のメイクセットがあんだけど、こいつが買わされてさ。けどあまりにもマリナが下手だったもんで代わりにどうにかしてやったら、それから毎日のようにやらされてんの。
律儀に動画や本でやり方調べてて。こんなに太い指なのに、今ではかなり細かいメイクも出来ちゃうんだぜ? ウケるだろ」
「指の太さは関係ねぇだろ、うるせーな。亜姫、笑ってねーで下見ろ。
あぁ、顎は上げといて。目線だけ下。そう、そのままな」
亜姫の顔に手を添え、熊澤が軽いタッチで目元をなぞっていく。
校舎で影になってて見えにくいとブツブツ言いながら、熊澤は亜姫に近づいて目元を確認する。同時に、亜姫にリップを塗り直せと指示を出した。
「もう時間ねーからリップは自分で塗れ。それぐらい出来んだろ? 俺の胸ポケットにマリナの色つきリップが入ってるから取って。
目は開けんな。手、そのまままっすぐ伸ばして。もう少し上。そう、その中にあるだろ」
亜姫は胸元のポケットを探って取り出し、雑に動かして適当に塗る。そして、また手探りで胸ポケットを探してリップを放り込んだ。
かたや繊細な動きで指を動かす無骨な見た目の熊澤。その対比に、近くにいた友人達がまた笑う。
「見た目と動きが逆だろ、絵面がおかしいって。
亜姫、少しはこいつを見習えよ。お前、さすがに中身が残念すぎるわ」
不服そうな声の亜姫に「じっとしてろ」と言いながら、熊澤は顔を寄せたまま目元と口元の最終確認をする。
と、亜姫の体が勢いよく後ろへ傾いだ。
「キャ、アッ!」
下にしゃがみ込むような体勢でいた亜姫は、強い衝撃で思い切り尻餅をついた。が、そのままグイッと引っ張られ、今度は強引に立たされる。
「……これはルール違反だろ。
人のもんに…………何してんだよ」
頭の上から、凍るような低い声。
亜姫が上を見上げると、見たこともないような冷たい眼差しと怒りを纏った和泉がいて熊澤を睨みつけていた。何故か、激しく運動した後のように肩で息をしている。
しん、とした空気があたりを包んだ。
そんな中、呆気にとられていた熊澤がにやりと笑い、挑発的に言い放つ。
「放ったらかして消えたのはお前だろ? 代わりに相手してやったんだから礼ぐらいよこせよ。
大体さぁ……そんなに大事なもんなら、しっかり捕まえときゃよかったんじゃねぇの?」
ギリッ……と何かを噛みしめる音が亜姫の頭上から聞こえる。
「うるせぇ、いつも偉っそうに……。お前は妹の面倒で手一杯だろーが。さっさと迎えに行けよ」
和泉は顎で後方を指し示した。
亜姫が熊澤の視線を追うと、スカートを握りしめて呆然と立つ、半泣きのマリナが見えた。
だが、それに反応する間もなく亜姫は強く引っ張られ、引きずるようにその場から離される。
「ちょ、ちょっと、待って……和泉! ねぇ……離してってば!」
熊澤達に何かを言い残すことすら出来ず、亜姫は強引に引かれていく。そのまま、今は立入禁止になっている中庭まで連れて行かれた。
「痛い!離して!」と言う声を無視して、和泉は無言のまま早足で進む。
立入禁止エリアを進んでいるせいか誰にも会わないが、傍からは亜姫が無理やり連れ去られているようにしか見えなかっただろう。
中庭の最奥に立つ大木。和泉はその下まで辿り着くと、一際強く亜姫の腕を引いた。
背中が木に当たり、鈍い痛みが走る。小さく呻くと同時に両手をグイッと持ち上げられ、亜姫はそのまま木の幹に押し付けられた。
何がなんだかわからないまま目の前の顔を見上げると、そこには怒りに満ちた瞳があった。
「お前は、何してんだよ……っ!!」
言われた意味がわからず、亜姫はますます混乱する。
「なに……って、………?」
亜姫は腕を振りほどこうとするが、更に強い力で抑え込まれた。
「っ、痛……」
「なんで二人で消えた? 人混みに紛れて堂々と浮気かよ?」
…………………………………………え?
今、なんて……? 浮気……? 誰が……?
亜姫は、呆然と和泉を見上げる。
その様子を見て何を誤解したのか、和泉が更に怒りを見せる。
腕を掴む力を強めながら、和泉は冷たく言い放った。
「気安く体触らせて、キスなんかしてんじゃねーよ」
「お前、目元のメイク崩れてるぞ」
「え?」
「アイシャドウがよれてる。今のうちに直しとけよ」
「え、どうやって?」
「………え?」
熊澤が唖然として亜姫を見る。
亜姫もぽかんとした顔で見返す。
誰がメイクしたのか聞けば、友人だとの答え。
メイク道具は? 鏡は? と問えば「そんなの持ってない」と当然のように亜姫は言う。
透明の薬用リップしか持っていないと聞き、熊澤が盛大な溜息をついた。
「お前なぁ、色つきのリップぐらい持てよ。飲み食いしたら色が落ちちゃうだろ?
え、何も考えてなかったの? 口紅はけっこうすぐ落ちるん……つーか、既に落ちかけてるじゃねーか。
もー、おっぱいに向ける情熱を少しはこっちに回せよ。ほら、こっち向け。俺が直してやる」
「え? 先輩が直すの? えっ、なんで? 出来るの? どうしてそんなに詳しいの?
っ、まさか……先輩、いつもメイクしてたの? もしかして今も?」
「してねぇよっ! この顔がしてるように見えるかバカ! あぁもう、お前なんの為に綺麗にしたんだよ、早くしないと和泉が戻ってきちゃうじゃねぇか。いいから早く! こっち!」
熊澤は半ば無理やり亜姫の顔を掴み、目元に手を伸ばす。その横で話を聞いていた友人達は大笑いしていた。
柱の奥から顔を覗かせ、その中のひとりが言う。
「最近、マリナが化粧に夢中なんだよ。子供向けに玩具のメイクセットがあんだけど、こいつが買わされてさ。けどあまりにもマリナが下手だったもんで代わりにどうにかしてやったら、それから毎日のようにやらされてんの。
律儀に動画や本でやり方調べてて。こんなに太い指なのに、今ではかなり細かいメイクも出来ちゃうんだぜ? ウケるだろ」
「指の太さは関係ねぇだろ、うるせーな。亜姫、笑ってねーで下見ろ。
あぁ、顎は上げといて。目線だけ下。そう、そのままな」
亜姫の顔に手を添え、熊澤が軽いタッチで目元をなぞっていく。
校舎で影になってて見えにくいとブツブツ言いながら、熊澤は亜姫に近づいて目元を確認する。同時に、亜姫にリップを塗り直せと指示を出した。
「もう時間ねーからリップは自分で塗れ。それぐらい出来んだろ? 俺の胸ポケットにマリナの色つきリップが入ってるから取って。
目は開けんな。手、そのまままっすぐ伸ばして。もう少し上。そう、その中にあるだろ」
亜姫は胸元のポケットを探って取り出し、雑に動かして適当に塗る。そして、また手探りで胸ポケットを探してリップを放り込んだ。
かたや繊細な動きで指を動かす無骨な見た目の熊澤。その対比に、近くにいた友人達がまた笑う。
「見た目と動きが逆だろ、絵面がおかしいって。
亜姫、少しはこいつを見習えよ。お前、さすがに中身が残念すぎるわ」
不服そうな声の亜姫に「じっとしてろ」と言いながら、熊澤は顔を寄せたまま目元と口元の最終確認をする。
と、亜姫の体が勢いよく後ろへ傾いだ。
「キャ、アッ!」
下にしゃがみ込むような体勢でいた亜姫は、強い衝撃で思い切り尻餅をついた。が、そのままグイッと引っ張られ、今度は強引に立たされる。
「……これはルール違反だろ。
人のもんに…………何してんだよ」
頭の上から、凍るような低い声。
亜姫が上を見上げると、見たこともないような冷たい眼差しと怒りを纏った和泉がいて熊澤を睨みつけていた。何故か、激しく運動した後のように肩で息をしている。
しん、とした空気があたりを包んだ。
そんな中、呆気にとられていた熊澤がにやりと笑い、挑発的に言い放つ。
「放ったらかして消えたのはお前だろ? 代わりに相手してやったんだから礼ぐらいよこせよ。
大体さぁ……そんなに大事なもんなら、しっかり捕まえときゃよかったんじゃねぇの?」
ギリッ……と何かを噛みしめる音が亜姫の頭上から聞こえる。
「うるせぇ、いつも偉っそうに……。お前は妹の面倒で手一杯だろーが。さっさと迎えに行けよ」
和泉は顎で後方を指し示した。
亜姫が熊澤の視線を追うと、スカートを握りしめて呆然と立つ、半泣きのマリナが見えた。
だが、それに反応する間もなく亜姫は強く引っ張られ、引きずるようにその場から離される。
「ちょ、ちょっと、待って……和泉! ねぇ……離してってば!」
熊澤達に何かを言い残すことすら出来ず、亜姫は強引に引かれていく。そのまま、今は立入禁止になっている中庭まで連れて行かれた。
「痛い!離して!」と言う声を無視して、和泉は無言のまま早足で進む。
立入禁止エリアを進んでいるせいか誰にも会わないが、傍からは亜姫が無理やり連れ去られているようにしか見えなかっただろう。
中庭の最奥に立つ大木。和泉はその下まで辿り着くと、一際強く亜姫の腕を引いた。
背中が木に当たり、鈍い痛みが走る。小さく呻くと同時に両手をグイッと持ち上げられ、亜姫はそのまま木の幹に押し付けられた。
何がなんだかわからないまま目の前の顔を見上げると、そこには怒りに満ちた瞳があった。
「お前は、何してんだよ……っ!!」
言われた意味がわからず、亜姫はますます混乱する。
「なに……って、………?」
亜姫は腕を振りほどこうとするが、更に強い力で抑え込まれた。
「っ、痛……」
「なんで二人で消えた? 人混みに紛れて堂々と浮気かよ?」
…………………………………………え?
今、なんて……? 浮気……? 誰が……?
亜姫は、呆然と和泉を見上げる。
その様子を見て何を誤解したのか、和泉が更に怒りを見せる。
腕を掴む力を強めながら、和泉は冷たく言い放った。
「気安く体触らせて、キスなんかしてんじゃねーよ」
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