上 下
86 / 364
高2

文化祭(3)

しおりを挟む
 予想外の状況に亜姫は呆然とする。
 そもそも、なぜ和泉が不機嫌なのかがわからない。
 来たくなかった? どうして……?
 あんなに約束して、笑っていたのに……?
 
「亜姫、悪い。和泉と待ち合わせしてたんだろ? ごめんな、すぐ連れ戻すから」 
 申し訳無さそうな声で我に返り、亜姫は後を追うように動き出した。
 
 熊澤が歩きながら携帯を操作する。と、その手元から着信音。
「そうだ……マリナのバッグ、さっき預かったんだった……」
 頭を抱えながら和泉に電話をかける。すると、
「もしも……え?……あぁ、わかった、いや、いい。じゃあな」
 通話を切りながら熊澤が溜息をつく。
「和泉、教室に携帯忘れてるって。ヒロが出た」
 
 亜姫は、頭が真っ白になった。
 何をどうすればいいのか、わからない。
 
 熊澤は申し訳なさそうにしているが、これは不可抗力だ。
 それともこれは、試すまでもなく「叶わない」ということなんだろうか……。
 
 先程の和泉の姿も相まって、亜姫の頭の中はグルグルと掻き回されたようになっていた。
 すぐに見つけられるかと進んでみるものの、大混雑でどこにいるのかもわからない。焦る気持ちもあったがショックの方が大きく、次第に足が進まなくなった。 
 その顔は、今にも泣き出しそうだ。
 
 すると、熊澤が亜姫の背中を抱えるようにして無理やり向きを変えた。周りから顔を隠すように道の端へ寄せながら、止まりがちな亜姫の背を押して来た道を戻り出す。 
「亜姫、戻ろう。マリナには、俺とはぐれたらあの場所に戻るように教えてあるんだ。
 ああ見えて、慣れない場所では俺がいないとダメだから。いないことに気づけば不安がってすぐ戻ってくるはず」
「うん。……本当に元気いっぱいなんだね、マリナちゃん。あの勢いで道に飛び出すの? だとしたら先輩の対応が素早いの、納得する」 
 亜姫は気持ちを切り替えるように明るく振る舞った。
 
「いや、あれより酷い。今日はまだ大人しい方。俺が気が気じゃねぇの、わかるだろ?
 でも……いくら落ち着きがないっつっても、普段はあんなに身勝手じゃないんだ。空気も読むし、人には気を使える子なんだけど。
 文化祭に来させたのは初めてだから、テンション上がっちゃったのかもしれない。けど……ごめんな、あとでがっつり叱るから。
 和泉にも悪いことしちまった。まったく、甘やかしすぎたかな。もっと厳しくするか……」 
 ブツブツ言いながら保護者の顔をのぞかせる熊澤に、亜姫から笑いが溢れる。 
「ううん、マリナちゃんのせいじゃないよ。すごく人懐っこくて可愛いよね。私もお話できて楽しかったから、そんなに気にしないで。
 ……和泉ね、朝から機嫌悪いみたいなの。今も来たくなかったみたいだから……逆に、今頃マリナちゃんに癒やされてるかもしれない」
 
 困ったように笑う亜姫の顔を、同じように困った顔で熊澤が覗き込んだ。 
「何だ、珍しいな。喧嘩でもしてんの?」
「ううん、してない。でも、なんで機嫌悪いのか無視されてるのかわからない。こんなことも初めてで。
 髪とメイクが気に入らなかったのかなぁ、それとも服……」
「それはねーだろ。今日のお前を和泉が気にいらないはずがない。言ったろ、似合っててすごく可愛いって。
 それ、和泉の為に頑張ったんだろ? 何があったかしらねーけど、ちゃんと話をしろ。そんな顔してたらせっかくの姿が台無し」
「うん……ありがとう。先輩こそごめんね。マリナちゃんとの時間、楽しみにしてたんじゃないの?」
「大丈夫だよ、今日はもともと昼から俺が預かることになってたんだ。休憩が終わっても教室に置いておけるし、時間はたっぷりあるから」
 
 昇降口の端にある柱のそばへ二人で腰をおろす。すると、柱の奥に熊澤の友人達が座っているのが見えた。

 いつもと同じ顔ぶれに、亜姫の気持ちが少し和らいだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...