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高2

心の中(1)

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 保健室に入ると、保健医の綾子が用事で席を外すところだった。和泉の怪我が大したことはないと確認した後、手当を指示して自身が戻るまで冷やしておくよう伝えて出ていく。
 
 亜姫は自分のせいだと落ち込む。
「私のせいで……。助けてもらったのにお礼も言わないままでごめんなさい。ありがとう」 
 
 凹みながらもお礼や謝罪をきちんと口にして、一生懸命手当てしようとする。
 こういう素直なところがまた、どうしようもなく可愛いと思ってしまう。和泉は言われるまま亜姫に従い、大人しく座っていた。 
 
「亜姫が怪我してないならいいよ、別に。大したことないし」
「そういう問題じゃないよ。頭は怖いんだから」
「そう思うならもう少し行動に気をつけろって。あのままだとお前に直撃してたんだからな?」
「ごめんなさい……」
 ううっと唸りながら、亜姫は素直に謝る。
 
 あー、可愛い。ひたすら可愛い。
 和泉がそんなことを思っていると。
 
「わかる気がする」
 不意に亜姫が言った。
 
 和泉が訝しげにすると、亜姫は和泉を見つめて再度言った。
「和泉が人に好かれるの、わかる気がする」
 
 和泉は突然言われたその意味がわからなかった。
「いきなり、なに……?」
 
 動揺を見せた和泉に、亜姫はにっこりと笑う。
「和泉は、すごく優しい」
 
 初めてかけられた言葉。和泉は耳を疑った。
 
 この子は一体、誰の話をしているのだろうか。 
 「優しい」という耳慣れない単語に、違和感しかない。
 目の前の純粋な子から紡がれたその言葉は、やたら煌めいた綺麗なモノとして自分の中へ落ちてきた。
 それは周囲を明るく照らし、自分の中にあるものがどれだけ醜く汚いのかをこれでもかと見せつけた。
 
 奥底に押し込んで見ないようにしていたモノを──見えないように隠していたモノを──強引に引きずり出された気になり、何故か怒りが湧いた。
 同時に、その綺麗なモノと自分の汚さのあまりの違いに……凄まじい衝撃を受けた。
 
 これ以上照らすまいと、全身がそれを拒否する。
 何に対してかわからない怒りが全身を駆け巡る。
 体のあちこちから、真っ黒でドロリとした何かが勢いよく滲み出してきた。
 
「はは……なにそれ? そんなこと、一度も言われたことねぇよ。……誰も、俺の中身なんか見てねぇじゃん」  
 
 思いがけず、卑屈な言葉が漏れ出た。しまった……と思ったが、猛烈な勢いで流れ出る薄汚い何かに飲み込まれ、一度開いた口は止まらなかった。
 
「俺は好かれてなんかいない。見た目に興味を持たれてるだけだ。中身なんて……俺がどんな奴かなんて、関係ないんだよ。
 俺だって人の中身なんか見たことない。見ようとも見たいとも思わない。そんなのどーでもいーよ、誰が何してようが。興味ないし。視界にさえ入らなければいい、俺には関係ねーし。
 ……俺はそうやって全て拒否して生きてきた。最低な奴だよ、優しいわけないだろ。そんな感情……俺は、最初から持ち合わせてねぇんだよ」
 
 改めて口にすると、自分は心底ろくでなしだと感じる。気持ちが一気に下降して、自然と顔も下を向く。
 
「そんなことない」
 
 和泉の事など知らない筈の亜姫。なのに強く断定されたことに驚いて、和泉は下げたばかりの顔を上げた。
 
 優しい眼差しを向けながら、亜姫は続ける。 
「仲良しのお友達がね、和泉の大ファンなんだって。去年、その子がよく和泉のことを話してて。和泉と仲良くなった子もこれから仲良くなりたい子も沢山いるって聞いた。
 その中に、和泉の事を知りたいと思ってる人や優しいと思ってる人……沢山いたんじゃないかな」
 
 言われるまま、自分の過去を振り返ってしまった。が、そう思えるような奴らなんて当然一人も浮かばない。代わりに出てきたのは、なんとも言えない苦い気持ちだけ。
 そもそも、思い出せるほど記憶に残るような人や出来事自体が無い。
 これらに和泉の気持ちはささくれだった。
 
 一気に過去へと引き戻されて、あの頃の苛立ちや空虚にまみれた感覚に支配される。
 
「……意味わかんね。何を聞かされたのか知らねぇけど、どう考えたってそんな風には思えねぇな、俺は。
 何も知らないくせに、勝手に綺麗事を押しつけてくんじゃねぇよ。
 大体お前に何が分かるんだよ、俺の何を知ってるっつーの? そうやって決めつけられんのが我慢ならねぇんだってわかんねぇ?……そーゆーの、すげぇムカつくんだよ」
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