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高1

12月(1)

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「あー、やっと最近落ち着いてきたな」
「そうだな。俺、和泉が女を嫌がる理由がよくわかった……」 
 うんざりした様子のヒロ達に和泉が苦笑する。
 
「悪いな、色々」
「お前が謝ることじゃねーよ」 
「しかし、あれには笑ったよね」
「なに?」
「集団プルプルおっぱい」
「あぁ……あれか、確かに。あいつらの襲撃くらう度に思い出しちゃったもんなぁ。俺、あれがなかったら乗り切れなかったかも。亜姫はやっぱり面白い」
「おっぱい、少しはプルプルになったかな? 先が長そうだけど」
 
 戸塚とヒロの会話を、和泉は笑いながら聞いていた。
 
 あの時聞いた話を、ヒロは直ぐさま二人に報告した。その時初めて「あの子」と最近知り合ったと伝えたのだが。 
 和泉はあまりに驚きすぎて携帯を落としたことにも気づかず、そのまましばらく放心していた。そして、初めてあの子が同学年で「橘亜姫」と言う名だと知る。
 表情筋の話も彼女から聞いたのだと知り、驚きすぎて呼吸すら忘れた。
 
 何かと絡まれる面倒を嫌い、和泉は普段からあまり出歩かない。もともとクラスが離れているせいもあって、亜姫と出会う機会は殆どなかった。その為、あまり現実味がなかった「あの子」。それが、急に身近な生身の女の子として和泉の前に現れた。
 頭の中のあの子がリアルに色づき、生き生きと動き出す。
 
 二人から亜姫の話を聞かされた和泉は、この日初めて「声を上げて笑う」という経験をした。 
 それ以来、三人で過ごす時は亜姫の話題が出る。和泉は彼らが語る話を楽しそうに聞き、どの話にも笑顔を見せた。
 
「お前、本当によく笑うようになったなぁ」
「和泉が笑う顔を見た奴はいない。もしも見ることが出来たなら、そいつは一生の幸運を手に入れる」
「なんだそれ?」
和泉が怪訝そうに戸塚を見る。
 
「知らない? 和泉があまりにも笑わないから出来た都市伝説」
「皆、和泉がこんなに笑う奴だなんて想像すらしてないだろうな。未だに学校じゃ能面だし」
「……つまらねーんだからしょうがないだろ」 
「確かに。お前のあの環境じゃ笑う気にはなれねぇな。でも、想像してた奴がいるじゃん」
「誰だよ?」
「亜姫」
 
 ──イズミとやらも、きっと笑ってるんじゃない?
 あんなにつまらなそうな顔してるのは、表情筋の動かし方が下手なのかも! イズミとやらこそ、誰かに笑い方教えて! ってオネダリしてみるべきだと思う!──
 
 あの言葉を思い出し、三人で笑った。
「本当に笑ってなかったのにな」 
「あの時、和泉は面白ければ笑うって教えたんだよ。そしたら、笑える人にそんなこと言うなんて失礼だったって反省してんの」
 
 再び三人で笑い合う。
  
「なぁ、和泉。お前、初めて亜姫を見たのっていつだったの?」
「なんだよ、突然」
「ずっと騒動が続いてたしさ、そーいう話をちゃんと聞いてなかったじゃん」
 
 和泉はしばらく黙っていたが、拒否は無理だと悟ったのかボソッと言った。
「入学式の翌日」 
「えっ、そんな前なの? 何をしてた時?」
「帰る時、校門の前に立ってた」
「その時、どう思ったんだよ」
「覚えてねーよ」
「思い出せよ。お前、自分の気持ちをあんまりわかってないからな。色々整理すんのにもちょうどいい。順を追って、思い出したこと全部話せよ」
 
 和泉は嫌がる素振りを見せていたが、しまいには観念して少しずつ話し出した。
 
 皆でメシ食いに行ったの、覚えてる? あの時。昇降口出て歩き始めてすぐ、校門に立ってるあの子を見た。
 何で見たのか? わからない。その時は、特に何とも思わなかった。
 なんとなくそのまま見てたら、あの子が顔を上げた。俺達より後ろにいた誰かに向かって……笑ったんだよ、すごく嬉しそうに。で、そのままこっちに向かって走り出した。
 
 その姿が全身で喜びを表現してるみたいに見えてさ……なんか、そこだけやたら眩しかった。
 
 すれ違う瞬間、一瞬だけ顔を見た。
 あの子は相手だけを見ながら走ってて……会えるのが嬉しくてたまらないって顔して、楽しそうに笑ってた。
 あの時見たあの子の姿だけは、今でも鮮明に覚えてる。

 そう話す和泉は、さも愛しいものを見ているような優しい顔だった。もちろん、本人はそんな事に気づいてないが。
 
 ヒロが尋ねる。
「その時、お前は何とも思わなかったの?」
 
 和泉は、記憶の底を探るようにしばらく考えていた。
 
「あの子が顔を上げた瞬間は……可愛いな、って」
「それだけ?」
「すれ違った時……こっち見ないかな、笑った顔を向けてほしい、って……思った、かな……」
「これまで、何かを気にしたり考えたりしたことが無いって言ってたよな? あれから、他に何か気になり始めたことは?」
「無い。そもそも何かに興味を持った事がない。むしろ、全て消えちまえと思ってた。女なんて特に。
 だからあの時わけがわかんなくなって、お前らに相談したんだし」
「じゃあ、一瞬でも誰かを可愛いとかイイ女だと思ったりは? エロくてたまんねぇとか」
「だから、ないって。大体、女にそんな感情持つなんて有り得ない」 
 和泉は面倒くさそうに返事をする。しかしその意識は記憶の中にいる亜姫へ向いているようで、表情は和らいでいた。
 
 しばし沈黙が流れる。
 
 ヒロと戸塚は顔を見合わせて、それから興奮したように叫んだ。
「和泉! 一目惚れじゃねぇか、それ!」
「そうだよ! もう見た瞬間、好きになってるじゃん!」
「一目惚れ…………?」
「入学式翌日に、恋に落ちてたってことだよ!」
「半年以上経ってるのに、自分で気づかなかったの!?」
 
 おいマジかよ、恋愛童貞過ぎ……とやいやい言う二人をよそに、和泉はあの日の亜姫を思い出していた。
 
 ───そうか。あの日、あの子の笑顔に落ちたんだ……。
 
 あの子の笑顔が浮かぶ。そこにヒロ達から聞くあの子の行動や発言が重なり、ますますリアルな姿を形作る。それが愛しくてしょうがない。 
 そのまま、今まで見かけたあの子を記憶の中で追っていく。

 ………………あ。
 
 そう思った時、ヒロの言葉がかぶさった。
「なぁ。それから実際に会ったことは? 目が合ったとか、すれ違ったとか」
「……………一回だけ。ある」
「お! どんな時だよ! 亜姫の反応は!? やっぱ笑ってたんだろ?」 
 笑わない亜姫とか想像できないもんな! という二人に、言いづらさを感じながら和泉は言った。

「……ヤッてるとこ。見られた」
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