12 / 364
高1
12月(1)
しおりを挟む
「あー、やっと最近落ち着いてきたな」
「そうだな。俺、和泉が女を嫌がる理由がよくわかった……」
うんざりした様子のヒロ達に和泉が苦笑する。
「悪いな、色々」
「お前が謝ることじゃねーよ」
「しかし、あれには笑ったよね」
「なに?」
「集団プルプルおっぱい」
「あぁ……あれか、確かに。あいつらの襲撃くらう度に思い出しちゃったもんなぁ。俺、あれがなかったら乗り切れなかったかも。亜姫はやっぱり面白い」
「おっぱい、少しはプルプルになったかな? 先が長そうだけど」
戸塚とヒロの会話を、和泉は笑いながら聞いていた。
あの時聞いた話を、ヒロは直ぐさま二人に報告した。その時初めて「あの子」と最近知り合ったと伝えたのだが。
和泉はあまりに驚きすぎて携帯を落としたことにも気づかず、そのまましばらく放心していた。そして、初めてあの子が同学年で「橘亜姫」と言う名だと知る。
表情筋の話も彼女から聞いたのだと知り、驚きすぎて呼吸すら忘れた。
何かと絡まれる面倒を嫌い、和泉は普段からあまり出歩かない。もともとクラスが離れているせいもあって、亜姫と出会う機会は殆どなかった。その為、あまり現実味がなかった「あの子」。それが、急に身近な生身の女の子として和泉の前に現れた。
頭の中のあの子がリアルに色づき、生き生きと動き出す。
二人から亜姫の話を聞かされた和泉は、この日初めて「声を上げて笑う」という経験をした。
それ以来、三人で過ごす時は亜姫の話題が出る。和泉は彼らが語る話を楽しそうに聞き、どの話にも笑顔を見せた。
「お前、本当によく笑うようになったなぁ」
「和泉が笑う顔を見た奴はいない。もしも見ることが出来たなら、そいつは一生の幸運を手に入れる」
「なんだそれ?」
和泉が怪訝そうに戸塚を見る。
「知らない? 和泉があまりにも笑わないから出来た都市伝説」
「皆、和泉がこんなに笑う奴だなんて想像すらしてないだろうな。未だに学校じゃ能面だし」
「……つまらねーんだからしょうがないだろ」
「確かに。お前のあの環境じゃ笑う気にはなれねぇな。でも、想像してた奴がいるじゃん」
「誰だよ?」
「亜姫」
──イズミとやらも、きっと笑ってるんじゃない?
あんなにつまらなそうな顔してるのは、表情筋の動かし方が下手なのかも! イズミとやらこそ、誰かに笑い方教えて! ってオネダリしてみるべきだと思う!──
あの言葉を思い出し、三人で笑った。
「本当に笑ってなかったのにな」
「あの時、和泉は面白ければ笑うって教えたんだよ。そしたら、笑える人にそんなこと言うなんて失礼だったって反省してんの」
再び三人で笑い合う。
「なぁ、和泉。お前、初めて亜姫を見たのっていつだったの?」
「なんだよ、突然」
「ずっと騒動が続いてたしさ、そーいう話をちゃんと聞いてなかったじゃん」
和泉はしばらく黙っていたが、拒否は無理だと悟ったのかボソッと言った。
「入学式の翌日」
「えっ、そんな前なの? 何をしてた時?」
「帰る時、校門の前に立ってた」
「その時、どう思ったんだよ」
「覚えてねーよ」
「思い出せよ。お前、自分の気持ちをあんまりわかってないからな。色々整理すんのにもちょうどいい。順を追って、思い出したこと全部話せよ」
和泉は嫌がる素振りを見せていたが、しまいには観念して少しずつ話し出した。
皆でメシ食いに行ったの、覚えてる? あの時。昇降口出て歩き始めてすぐ、校門に立ってるあの子を見た。
何で見たのか? わからない。その時は、特に何とも思わなかった。
なんとなくそのまま見てたら、あの子が顔を上げた。俺達より後ろにいた誰かに向かって……笑ったんだよ、すごく嬉しそうに。で、そのままこっちに向かって走り出した。
その姿が全身で喜びを表現してるみたいに見えてさ……なんか、そこだけやたら眩しかった。
すれ違う瞬間、一瞬だけ顔を見た。
あの子は相手だけを見ながら走ってて……会えるのが嬉しくてたまらないって顔して、楽しそうに笑ってた。
あの時見たあの子の姿だけは、今でも鮮明に覚えてる。
そう話す和泉は、さも愛しいものを見ているような優しい顔だった。もちろん、本人はそんな事に気づいてないが。
ヒロが尋ねる。
「その時、お前は何とも思わなかったの?」
和泉は、記憶の底を探るようにしばらく考えていた。
「あの子が顔を上げた瞬間は……可愛いな、って」
「それだけ?」
「すれ違った時……こっち見ないかな、笑った顔を向けてほしい、って……思った、かな……」
「これまで、何かを気にしたり考えたりしたことが無いって言ってたよな? あれから、他に何か気になり始めたことは?」
「無い。そもそも何かに興味を持った事がない。むしろ、全て消えちまえと思ってた。女なんて特に。
だからあの時わけがわかんなくなって、お前らに相談したんだし」
「じゃあ、一瞬でも誰かを可愛いとかイイ女だと思ったりは? エロくてたまんねぇとか」
「だから、ないって。大体、女にそんな感情持つなんて有り得ない」
和泉は面倒くさそうに返事をする。しかしその意識は記憶の中にいる亜姫へ向いているようで、表情は和らいでいた。
しばし沈黙が流れる。
ヒロと戸塚は顔を見合わせて、それから興奮したように叫んだ。
「和泉! 一目惚れじゃねぇか、それ!」
「そうだよ! もう見た瞬間、好きになってるじゃん!」
「一目惚れ…………?」
「入学式翌日に、恋に落ちてたってことだよ!」
「半年以上経ってるのに、自分で気づかなかったの!?」
おいマジかよ、恋愛童貞過ぎ……とやいやい言う二人をよそに、和泉はあの日の亜姫を思い出していた。
───そうか。あの日、あの子の笑顔に落ちたんだ……。
あの子の笑顔が浮かぶ。そこにヒロ達から聞くあの子の行動や発言が重なり、ますますリアルな姿を形作る。それが愛しくてしょうがない。
そのまま、今まで見かけたあの子を記憶の中で追っていく。
………………あ。
そう思った時、ヒロの言葉がかぶさった。
「なぁ。それから実際に会ったことは? 目が合ったとか、すれ違ったとか」
「……………一回だけ。ある」
「お! どんな時だよ! 亜姫の反応は!? やっぱ笑ってたんだろ?」
笑わない亜姫とか想像できないもんな! という二人に、言いづらさを感じながら和泉は言った。
「……ヤッてるとこ。見られた」
「そうだな。俺、和泉が女を嫌がる理由がよくわかった……」
うんざりした様子のヒロ達に和泉が苦笑する。
「悪いな、色々」
「お前が謝ることじゃねーよ」
「しかし、あれには笑ったよね」
「なに?」
「集団プルプルおっぱい」
「あぁ……あれか、確かに。あいつらの襲撃くらう度に思い出しちゃったもんなぁ。俺、あれがなかったら乗り切れなかったかも。亜姫はやっぱり面白い」
「おっぱい、少しはプルプルになったかな? 先が長そうだけど」
戸塚とヒロの会話を、和泉は笑いながら聞いていた。
あの時聞いた話を、ヒロは直ぐさま二人に報告した。その時初めて「あの子」と最近知り合ったと伝えたのだが。
和泉はあまりに驚きすぎて携帯を落としたことにも気づかず、そのまましばらく放心していた。そして、初めてあの子が同学年で「橘亜姫」と言う名だと知る。
表情筋の話も彼女から聞いたのだと知り、驚きすぎて呼吸すら忘れた。
何かと絡まれる面倒を嫌い、和泉は普段からあまり出歩かない。もともとクラスが離れているせいもあって、亜姫と出会う機会は殆どなかった。その為、あまり現実味がなかった「あの子」。それが、急に身近な生身の女の子として和泉の前に現れた。
頭の中のあの子がリアルに色づき、生き生きと動き出す。
二人から亜姫の話を聞かされた和泉は、この日初めて「声を上げて笑う」という経験をした。
それ以来、三人で過ごす時は亜姫の話題が出る。和泉は彼らが語る話を楽しそうに聞き、どの話にも笑顔を見せた。
「お前、本当によく笑うようになったなぁ」
「和泉が笑う顔を見た奴はいない。もしも見ることが出来たなら、そいつは一生の幸運を手に入れる」
「なんだそれ?」
和泉が怪訝そうに戸塚を見る。
「知らない? 和泉があまりにも笑わないから出来た都市伝説」
「皆、和泉がこんなに笑う奴だなんて想像すらしてないだろうな。未だに学校じゃ能面だし」
「……つまらねーんだからしょうがないだろ」
「確かに。お前のあの環境じゃ笑う気にはなれねぇな。でも、想像してた奴がいるじゃん」
「誰だよ?」
「亜姫」
──イズミとやらも、きっと笑ってるんじゃない?
あんなにつまらなそうな顔してるのは、表情筋の動かし方が下手なのかも! イズミとやらこそ、誰かに笑い方教えて! ってオネダリしてみるべきだと思う!──
あの言葉を思い出し、三人で笑った。
「本当に笑ってなかったのにな」
「あの時、和泉は面白ければ笑うって教えたんだよ。そしたら、笑える人にそんなこと言うなんて失礼だったって反省してんの」
再び三人で笑い合う。
「なぁ、和泉。お前、初めて亜姫を見たのっていつだったの?」
「なんだよ、突然」
「ずっと騒動が続いてたしさ、そーいう話をちゃんと聞いてなかったじゃん」
和泉はしばらく黙っていたが、拒否は無理だと悟ったのかボソッと言った。
「入学式の翌日」
「えっ、そんな前なの? 何をしてた時?」
「帰る時、校門の前に立ってた」
「その時、どう思ったんだよ」
「覚えてねーよ」
「思い出せよ。お前、自分の気持ちをあんまりわかってないからな。色々整理すんのにもちょうどいい。順を追って、思い出したこと全部話せよ」
和泉は嫌がる素振りを見せていたが、しまいには観念して少しずつ話し出した。
皆でメシ食いに行ったの、覚えてる? あの時。昇降口出て歩き始めてすぐ、校門に立ってるあの子を見た。
何で見たのか? わからない。その時は、特に何とも思わなかった。
なんとなくそのまま見てたら、あの子が顔を上げた。俺達より後ろにいた誰かに向かって……笑ったんだよ、すごく嬉しそうに。で、そのままこっちに向かって走り出した。
その姿が全身で喜びを表現してるみたいに見えてさ……なんか、そこだけやたら眩しかった。
すれ違う瞬間、一瞬だけ顔を見た。
あの子は相手だけを見ながら走ってて……会えるのが嬉しくてたまらないって顔して、楽しそうに笑ってた。
あの時見たあの子の姿だけは、今でも鮮明に覚えてる。
そう話す和泉は、さも愛しいものを見ているような優しい顔だった。もちろん、本人はそんな事に気づいてないが。
ヒロが尋ねる。
「その時、お前は何とも思わなかったの?」
和泉は、記憶の底を探るようにしばらく考えていた。
「あの子が顔を上げた瞬間は……可愛いな、って」
「それだけ?」
「すれ違った時……こっち見ないかな、笑った顔を向けてほしい、って……思った、かな……」
「これまで、何かを気にしたり考えたりしたことが無いって言ってたよな? あれから、他に何か気になり始めたことは?」
「無い。そもそも何かに興味を持った事がない。むしろ、全て消えちまえと思ってた。女なんて特に。
だからあの時わけがわかんなくなって、お前らに相談したんだし」
「じゃあ、一瞬でも誰かを可愛いとかイイ女だと思ったりは? エロくてたまんねぇとか」
「だから、ないって。大体、女にそんな感情持つなんて有り得ない」
和泉は面倒くさそうに返事をする。しかしその意識は記憶の中にいる亜姫へ向いているようで、表情は和らいでいた。
しばし沈黙が流れる。
ヒロと戸塚は顔を見合わせて、それから興奮したように叫んだ。
「和泉! 一目惚れじゃねぇか、それ!」
「そうだよ! もう見た瞬間、好きになってるじゃん!」
「一目惚れ…………?」
「入学式翌日に、恋に落ちてたってことだよ!」
「半年以上経ってるのに、自分で気づかなかったの!?」
おいマジかよ、恋愛童貞過ぎ……とやいやい言う二人をよそに、和泉はあの日の亜姫を思い出していた。
───そうか。あの日、あの子の笑顔に落ちたんだ……。
あの子の笑顔が浮かぶ。そこにヒロ達から聞くあの子の行動や発言が重なり、ますますリアルな姿を形作る。それが愛しくてしょうがない。
そのまま、今まで見かけたあの子を記憶の中で追っていく。
………………あ。
そう思った時、ヒロの言葉がかぶさった。
「なぁ。それから実際に会ったことは? 目が合ったとか、すれ違ったとか」
「……………一回だけ。ある」
「お! どんな時だよ! 亜姫の反応は!? やっぱ笑ってたんだろ?」
笑わない亜姫とか想像できないもんな! という二人に、言いづらさを感じながら和泉は言った。
「……ヤッてるとこ。見られた」
10
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
学校に行きたくない私達の物語
能登原あめ
青春
※ 甘酸っぱい青春を目指しました。ピュアです。
「学校に行きたくない」
大きな理由じゃないけれど、休みたい日もある。
休みがちな女子高生達が悩んで、恋して、探りながら一歩前に進むお話です。
(それぞれ独立した話になります)
1 雨とピアノ 全6話(同級生)
2 日曜の駆ける約束 全4話(後輩)
3 それが儚いものだと知ったら 全6話(先輩)
* コメント欄はネタバレ配慮していないため、お気をつけください。
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる