上 下
6 / 364
高1

7月

しおりを挟む
「見たの? 実際に? どうだった!?」
「琴音ちゃん、苦しい……」
 首が取れそうなほど揺さぶられた亜姫は、琴音に落ち着いてと促した。
 
 先日見た光景は2人で忘れることにしたのだが、今、ひょんなことから琴音にバレてしまった。
 
「どうだった、って言われても……」
「相手は? 何してた? どんな状況?」
 琴音から矢継ぎ早に質問が飛んできて、困惑する亜姫の横で麗華が適当に答えていく。
 
「亜姫は?」
「え?」
「見たんでしょ? どうだった?」
「おっぱいが大きかった」
「は?」
「見たのは一瞬だったけど。女の人のおっぱいがすっごく大きくてね、弾力があって柔らかそうで……」
 
 あの日見たおっぱいを自分が触る想像をする。
 亜姫が思い出すままワキワキと手を動かしていると、麗華から「やめなさい」と叩かれた。
 
 そう、あの時……服の上からおっぱいに手を添えられていた。服越しでも形がハッキリわかる、はち切れんばかりのプルプルおっぱい。
 大きな手からはみ出したそれはマシュマロみたいで……。
「麗華。あのおっぱい、私のも頑張ったらああなるかな?」
「無理」 
 かぶせるように即答され、がくんと項垂れた亜姫に琴音が叫ぶ。 
「おっぱいはどうでもよくて!! 生の和泉を見た感想は!?」
 
 イズミとやらの感想?
 亜姫はあの日見た彼の姿を思い出し……。
 
「つまらなそうだった」
「はぁ?」
「楽しくなさそうだった、って言えばいいのかなぁ?」
「亜姫、他に感想ないの? 超絶イケメンだったでしょ? 行為中の和泉を見ただけで妊娠するって噂の真偽はどうだった? これでもかってぐらい色気撒き散らしてたでしょ!?」
 
 色気……ってどんな? 麗華みたいな?
 
「よくわかんない、一瞬だったし。特に何も感じなかったよ。
 ただ、本当につまらなそうだった。見られたと気づいても何の反応も無くて。なんていうか、感情が全然見えない感じ……?」 
 亜姫はあの時の彼の顔を思い浮かべたまま、しばらくぼんやりしていた。
 
 
 亜姫はあれから一度だけ、イズミとやらを見かけた。
 数人で移動しているのを遠目に見ただけだが、その顔はあの時と同じだった。周りの人は皆、楽しそうに笑っていたにも関わらず。
 
 やっぱり、つまらなそうだった。
  
 
 
 ◇
「和泉」 
 教室へ戻る和泉を呼び止めたのは、担任の山本だった。
 
 山本は体育を教える40代の男性教師。見た目は厳ついが中身はかなり大らかで、生徒からは「山セン」の愛称で慕われている。
 彼は和泉のことを案じていて、普段から何かと声をかけていた。
 
 山本は和泉が何をしていたか悟ったらしい。
 ちょっと来い、と有無を言わさず連れていく。
 
「やめろって言ってるだろ」
「やめてぇよ」
「ちゃんと断れ」
「断ってる。……知ってんだろ」
「お前なぁ……」
「あいつらに言えよ」
 
 和泉の状況を把握している山本は、大きな溜息をついた。
 
「なぁ、今まで関わった中に気になる奴はいなかったのか? 見た目でも……もうこの際、体の相性でもいーや。ちょっとでもイイなと思った子は? いないのか?」
「なんだよ、突然」
「お前、好きな女は?」
 
 和泉の脳裏を黒髪の笑顔がかすめたが、それは本人も気づかぬほどほんの一瞬。
 
「いない」
 
「彼女でも作れば少し落ち着くんじゃないのか? お前も、お前の周りも」
 
 すると、和泉はうんざりしたように溜息をつき立ち上がる。そして、扉に向かいながら吐き捨てるように呟いた。
「何もかも、消えちまえばいい」
 
 
 閉まったドアを見ながら、山本はしばらく考えこんでいた。
 
 和泉魁夜。
 確かにいい男だ。ただでさえ妙な色気をかもし出しているのに、あの無気力で気怠そうな雰囲気が更にそれを増す。女でなくとも目を惹かれる。
 絶対に誰のモノにもならない、だが誰でも容易に近づける。それがまた人を惹きつける。
 
 しかし山本は知っている。
 その全ては、なにごとにも興味がない──心を動かされることがない──からだと。
 
 和泉は、自身への興味すらない。
 なんの欲も一切感じられない。
 何も感じていない。
 
 空っぽ。
 
 和泉を表現するにはこれが一番ふさわしい。 
 形のいい綺麗な目には何も映してない。
 彼の周りにはいつも人が溢れているのに、その誰にも心を開かない。
 
 こういうタイプには珍しく、男にも好かれる。
 彼らは最初、和泉がどんな奴なのか興味を持ったりおこぼれに預かろうとしたりして近づいていく。しかし彼に悪意や嫉妬を向けることはなく、大抵はそのままそばにいるようになる。
  
 和泉は彼らに特別な反応は示さず、無気力でつまらなそうなままのに何故だろう? 
 そんな興味から和泉を観察すると、無関心に見える端々に優しさや何でも受けとめる懐の広さが垣間見えていた。
 きっと、和泉のそばは居心地がいいのだろう。その証拠に、つまらなそうな和泉を囲んでいるのに周りの彼らはいつでも楽しそうだ。
 
 そう、和泉は優しい。いや、むしろ優し過ぎるのではないか。だからこそ欲深い人間につけこまれる。
 
 一見、自由奔放に……ろくでなしに見える和泉にまつわる噂は山程あるが、実際に関わった人から悪く言う声は出てこない。
 なぜなら、和泉は絶対に人を傷つけないから。
 知らぬ間に彼のさりげない優しさへ触れてしまい、逆に惹かれてしまうから。
 
 恐らく、最初から空っぽだったわけではないのだろう。優しさの先に和泉なりの希望もあっただろうし、周囲への変化も願っていたのではないだろうか。 
 だが、彼は長い積み重ねの中で諦めたのだろう。周囲への期待も自分の希望も。
 自身を含め、誰かに……何かに興味を持つことを完全に拒否した。彼を取り巻く環境ではそれが一番楽だったから。 
 
 なぜなら。 
 彼を欲する女が近づくからだ。『和泉が欲しい、独占したい』という一方的な欲を強くぶつける女が。
 誰もが羨む整いすぎた見た目と、深い優しさや大らかさ。これらが彼のかせとなっている。 
 更に中学からは、性に奔放な者の身勝手なふるまいとそれらが広める間違った噂が追い打ちをかけていった。
 
 小さな頃からそれらに振り回され続けた彼は、全てに疲れ果ててしまったのだろう。
 
 和泉がなぜ女と関わるのか。なぜ、校内限定なのか。その理由を山本は知っている。
 ただ行為をやめればいい、そんな単純な話ではない。
 
 本来の彼は空っぽではない。 
 山本はそう思っている。 
 いや……もう一人、そう信じてる奴がいた。
 山本は冬夜とうやを思い出し、フッと笑う。
 
 冬夜は和泉の兄だ。かなり年の離れた兄弟で、多忙な親の代わりに和泉の面倒をずっと見ている。最早、冬夜が親だと言っていいぐらいだ。山本の教え子でもある。
 
 あいつが子育てしてるなんて、未だに信じられないけどな。
 教え子の昔を思い出して苦笑するが、次に思い浮かべたのは先日の姿。
 
 ──山セン達に希望を託したい。そう思ったからここを勧めた。先生、あいつを頼む──
 
 そう言って頭を下げた、かつての教え子。
 
 冬夜、まだまだ先は長そうだぞ……。
 ここまで来ると、行為自体を楽しんでくれた方がまだマシだったな。
 教師らしからぬ考えに至り、思わず苦笑する。
 
 和泉が、興味を惹かれるモノを見つけられますように──。
 和泉の「心」に触れてくれる子が、現れますように──。
 
 山本は、今日も強く願っている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

学校に行きたくない私達の物語

能登原あめ
青春
※ 甘酸っぱい青春を目指しました。ピュアです。 「学校に行きたくない」  大きな理由じゃないけれど、休みたい日もある。  休みがちな女子高生達が悩んで、恋して、探りながら一歩前に進むお話です。  (それぞれ独立した話になります) 1 雨とピアノ 全6話(同級生) 2 日曜の駆ける約束 全4話(後輩) 3 それが儚いものだと知ったら 全6話(先輩) * コメント欄はネタバレ配慮していないため、お気をつけください。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

処理中です...