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本編

平穏に生きるはず

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この状況……王太子について行くのが正解だろうが、王太子とは関わりたくないし、ここで更に目をつけられて側近にでも選ばれたら最悪だ。

かといってアランも嫌だ。絶対に。
得体の知れない執着心と、俺の何か大事な物を見透かして奪おうとしてくるような……嫌な感じがする。前の時間軸では感じなかった、絶対的な自信も気味が悪い。
前の時間軸など関係なくてもアランは避けなくてはならないと、俺の本能がそう警告している。

……だけど断り方が分からない。
王太子について行くしか無いのか……?

そう思った時だった。

「王太子様。今回は皆と親睦を深める会ですよね?エンフィア家のご子息ばかり構われるのは寂しいです。」

声のする方をパッと見ると、そこには俺が待ち望んでいたと言っても過言ではない少年が立っていた。

「…君はソルリア公爵家のご子息だね。」

「はい。王太子様に覚えて頂き光栄です。改めて、ソルリア公爵家の次男、ヒラソル・ソルリアでございます。」

ヒラソル・ソルリア。
中立派代表のソルリア公爵家の次男であり、くすんだ銀髪にとろける蜂蜜の様なオレンジの瞳が印象的な美男。
ヒラソルの髪色が王太子と似ているのはソルリア家が王家の傍系だからである。
王家の血筋を持つだけあって、ソルリア家の権力はこの国の3つの公爵家の中で1番強く、その上中立派な為最も安定しているという、完璧すぎる家系なのだ。

そして、俺が今世で仲良くなりたいと思っていた人でもある。

「ソルリア家のご子息にご挨拶申し上げます。エンフィア侯爵家のレオベルト・エンフィアでございます。」

俺は嬉しさを抑えながら、ゆっくりと挨拶をした。

「ご挨拶ありがとう。レオベルト君は、皆が綺麗な人だって言ってたけど本当だね!」

ふんわりと微笑むヒラソルはまさしく天使だった。あの板挟み状態から救い出してくれて……

やっぱりヒラソルは優しい人だな……

「そっちはメロヴィング家のアラン君だよね?」

「え…あ、はい。メロヴィング家のアラン・メロヴィングでございます。」

「ふふ、アラン君よろしくね。
ほら、王太子様もレオベルト君だけじゃなくて、色んな人とお話しましょう?」

傍系でもあり、中立派ではあるが発言力も強い家柄だからだろうか……王太子にもズンズン話していけるヒラソルが頼もしすぎる……

「……ヒラソルは変わらないね。本当に。

そうだね、僕が幼稚すぎたよ。レオベルト君も困らせてしまってごめんね?」

王太子は一瞬目を細めてヒラソルを一瞥した後、すぐに俺に向き直って爽やかに謝罪をした。

「あ…謝らないで下さい。王太子様に誘って頂き光栄でした。王太子様と話したい他の方々のためにも、ここで失礼致します。」

俺はヒラソルへの感謝を噛み締めながらその場をハルとそっと離れた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あ~助かった!本当に危ない所だったよ。ソルリア公爵家のご子息に感謝しかないや。」

俺は上機嫌で、ハルが分けてくれたケーキを頬張った。バラ?のケーキなのだろうか、とても芳醇な香りがする。晴れ晴れとした気持ちにピッタリな味だ。

「…レオベルト様……ヒラソル・ソルリア様はどこか違和感を感じます。」

「ん?どうして?」

「……分かりません。しかし、何だかどこかで見たような気がするんです。

……こんな不確かな考えを図々しくも述べてしまって申し訳ありません。」

ハルは珍しく眉間に皺を寄せていていたが、俺が返答に困っているのを見て、すぐに困ったように謝罪してきた。

「謝らなくていいよ!ハルは俺の為を思って言ってくれたんでしょ?」

「…そ、そうですが…ヒラソル様の事をレオベルト様は好意的に思ってらっしゃっているのに……」

「まぁ確かにヒラソル様を俺はいい人だと思うけど、俺の事を心配してくれた忠告を変な風には取らないよ。」

俺の交友関係、立場、環境。それらを心配してくれるのは母とハルだけだった。母が亡くなってからはハルだけが俺の心配をした。俺の苛烈な性格と陰気な見た目を理由にしてありもしない噂をずいぶん流されたものだ。だから余計に人間不信を拗らせて、アランだけを崇拝し、忠告してくれるハルには耳も貸さなかった。

アランはただの一度も俺を気にかけた事などないのに、どうしてアランに縋ったりしたのだろう?

そう思うと、前の時間軸の俺は相当目が曇っていたな。

俺を気にかけてくれる存在は、縋る前に助けてくれる存在は傍に居たのに。

「いつも俺の事を気にかけてくれるハルが1番大事だよ。だからそんな顔しないで、ね?」

ハルは目をぱちくりとさせてから、耳を真っ赤にして、こくこくと頷いた。
紅の髪に赤い耳がよく映えていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「れ、レオベルト様っ!」

空気を切り替えて、さっきは焦ったと笑いながらハルと話していると、アランの切羽詰まった声がした。

「…アラン様。どうなされました?」

「……あ、あの……!」

アランは一瞬何かを言いかけて、そこから口を噤んでしまった。
しかし体はブルブルを震えていて、事情は分からずとも何かはあったのだろうと明白にわかった。

だけど慰める気なんて起きなかった。
気をつけていてもトラウマ要因たちと関わる義理なんてないはずだから。

関わらない方がいい。
トラウマ要因に近づいて何がしたいんだ。
自分から墓穴を堀りに行くようなものじゃないか。

……でも


「…落ち着いて。紅茶でも飲みましょう。」

「…っ!は、はい。」


だけど前の時間軸のアランのように突き放す事はできなかった。
付きまとってくる前の時間軸俺はさぞ鬱陶しかろう。気にもかけないというのは、英断かもしれない。しかし、助けを求めているのだと分かった上で、無視され否定されるという環境に苦しめられた俺は、俺に付きまとってくるからという理由で突き放すのは、どうしてもできなかった。
こんな自分に呆れを覚える。アランの泣きそうな顔を見ると、俺をバケモノを見るかのように半泣きになっていたアランを思い出すくせに。


そしてまたしても俺はまたアランに関わってしまった。
となりで震えが収まってきたアランを見て、やはり気持ち悪さや恐怖が勝つ。

だけどそれよりも大きな不安の感情が俺の中を占めていた。

王太子の俺への異常な好奇心。
ハルの忠告。
アランの意味深な震え。

どれもこれも嵐の前触れのような気がしてならない。



俺は平穏な生活を送るはずだ。
領地を復興して、可愛いお嫁さんを貰って幸せな老後を過ごす、そんな生活を。

前の時間軸の反省を活かしてのびのびと生きていくはず。それなのに……

俺の知らない所で何が起こってるっていうのだろう?
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