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英雄、冒険者になる

15:英雄、店主に渡す

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 辺境伯一家が惨殺された。
 その報は瞬く間に領都に広がった。

「俺には力がない。でも、傭兵相手に防具を作って、役に立てることだってあるかもしれない」

 そう力強く宣言したのはパルコ。
 母親である店主は、立ち上がってパルコを止めた。

「待ちな! 未熟なお前がやって何になる。傭兵相手になんて危険なこと……」
「母さんは悔しくないのかよ!」

 店主を振り払って、パルコは叫んだ。
 領都に住んでいるからこそ分かっている。
 辺境と言われるこの領地が領主によって平和を維持しているのか。
 戦争真っ只中で傭兵を募集していても、治安維持にとても力を入れていることを。
 いつも民に心を砕いて、時に都内を散策されていることも。
 領都の民は知っている。

「俺、この前。お嬢さんに会ったんだ。買い出しの時、シェリアお嬢様に」

 グッとエプロンと握りしめて、パルコはうつむく。
 笑顔が素敵で、もう少しすれば婚約者と結婚する予定だったシェリア。
 こんなご時世なので盛大には出来ないが、それでも、幼い頃から思い合っていた2人の結婚に民は湧いていたばかりだというのに。

「この前の母さんの服、とても素敵だったからまた注文したいわって……そう、声をかけてくださって」

 普通、辺境伯には専属のお針子がいるはずだ。
 けれど家族揃って時折、領都内の服屋で買い物をされることもあった。
 優しく民思いの領主一家。
 そんな優しい人達が惨たらしく殺されて。
 これで黙っていられるはずもない。

「なのに……あんな優しい人たちが……」
「パルコ、私だって悔しいさ。だけどねぇ、お前が……」
「危険なんて知ってるさ。傭兵は荒くれ者も多い」

 ダンッとテーブルを叩いて、店主の言葉を彼は遮る。

「でも、俺はまだ恩返し1つしちゃいない。あの方の、服を作りたかった!」
「パルコ!」

 店を出ていくパルコを追いかけるなんてことは店主には出来なかった。
 どう引き止めても結局パルコが店を出ていくだろうことは分かっていたから。
 走り去る背中を、店主は見ていることしか出来なかったのだ。


*****


 あれから2日経った。
 仕事の流れは初日と一緒で、昼過ぎの3時間を抜いた時間を護衛の時間に当てる。
 買い物や店を開けている時間は私が護衛を行うことで二人の安全の確保をしていた。
 明日役所から役人が来て精査された内容の確認を話し合う事になっている。
 家にまで役人がくるのは、依頼者の安全のためだ。
 午前中の護衛を終えて服屋に向かう。

「今日もよろしく」
「よろしくおねがいします」

 店主と挨拶をしあって、依頼の準備を済ませて取り掛かる。
 息子夫婦の現状など、彼女は知る由もなく。
 天気の話やどんな糸がほしいという話に耳を傾け、時折相槌を打った。

 今回の息子夫婦から受けた依頼のことを、店主はまだ知らない。
 別の依頼をこなしていることを報告はしたが、依頼となれば守秘義務が生じるため店主も深くは聞いてこないからだ。私も、聞かれていないことは応えるべきではないと思っている。
 しかし、それで本当にいいのか。
 例え、息子夫婦の利息分が無くなっても借金があることには変わりない。
 店の状況は変わらずなのだ。
 返す見込みがこれから出来るのかは怪しい。
 それは、経営をよく知らない私が数日護衛を受けているだけでもわかる事実だった。
 今回の息子夫婦のことは、本来これ以上出しゃばるべきではない。
 下手をすると、最終日を前に依頼を中断される可能性あってある。
 それでも。

「すみません」

 仕事が終わって、掃除道具を片付けた後。
 私は店主を呼び止める。
 ウェストポーチから小さな箱を取り出して、店主に差し出す。
 それは、赤いリボンでラッピングされた白くて細長い箱。

「どうしたんだい。賄賂なんてガラじゃないだろうに」

 訝しげに私を見る店主。
 中々受け取ろうとしなかったので、片手を掴んで有無を言わさず受け取らせる。
 これは気持ちでも賄賂でもない。
 ただの、私の自己満足。

「こちらを、貴女に」

 首を傾げた後、催促する私に対して不思議な顔をしながら、箱を開けていく。
 しゅるりと赤いリボンが解かれる。
 白い箱はアクセサリーが入っていることが察せられる大きさだ。
 そっと蓋を開けて……店主は目を大きく見開く。

「……っ」

 声にならない声が漏れた。
 どうして。
 そう、聞こえた気がした。

「どうして……これをっ」

 箱を床に叩きつけて、店主は私に掴みかかる。

「息子に、会わない私に対する嫌味かい!?」

 声を荒げて、私に吠えた。
 私はそれを受け入れるまま、視線を床に落とされた箱にやる。
 家を出ていった息子。会えない距離ではないけど会わない親。
 その店主の手首には擦り切れ、何度も結び直した髪紐だったものが結ばれている。
 そんなに擦り切れるまで使って。

「私だって……会えるなら……!」

 涙を浮かべて息の仕方を忘れたように、店主は息を乱れさせる。
 親子の間に何があったのか私は知らない。
 それでも、ここで何もせずに。
 少なくとも息子夫婦の事情を知っている私がなにもしなくて、私が後悔しないための自己満足。

「私は、6年前。兄以外の家族を失いました」

 ラナンキュラの悲劇。誰しもがそう呼ぶ辺境伯一家の襲撃事件。
 私の記憶にある家族は、家族だったものの亡骸。
 生前の様子1つさえ、私の中にはない。
 あの時、カディア・ラナンキュラという少女は、一度死んだのだから。

「そして、家族の記憶も」

 フードを取って、しっかりと店主と視線を合わす。
 別に隠していたわけではない。
 けれども、きちんと瞳の色をお互いに確認したのは初めてだった。
 私の瞳の色を見て、パルコに似た青い綺麗な瞳が大きく揺れる。

「どうして、今まで……」

 店主の思わずと言った言葉。
 なぜ気づかなかったのか。
 そう、自分への問いかけだった。
 ラナンキュラ辺境伯家の人々は、特殊な色合いの瞳をもって生まれる。
 母親の瞳の色が受け継がれることは殆ど無く、その色こそがラナンキュラの直系である証とも呼ばれるほどに。
 ただ、水色の瞳の人もいるのだから移民だと思われることも多い。近くでじっくりと見られない限りは、気づかれることも少なかった。
 加えて、兄であるバルトの髪色は金。
 そこから白髪である私を結びつける人がいるはずもない。
 そっと、壊れ物を扱うように床に叩きつけられた箱を拾う。

「貴女にはまだ家族も家族の記憶も。ここにあるでは、ありませんか」

 そう言って、もう一度。
 店主の手に箱を乗せる。
 少し潰れた箱の中に収まった赤い髪紐。
 依頼報酬の一部として新しく編んでもらったうちの1つ。
 それは、彼女の手首にある髪紐の色とよく似ていた。

「……っ。うぅ……っ!」

 泣く店主の背中をゆっくりと撫でる。
 勇気が出せるように。
 まだ、パルコは生きているのだから。

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