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学園編

31ありし日遠い記憶にょ

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「うわああああああん! これで終わりなんてやだよおおおおおお」
「煩いですよ。もう少し静かに出来ませんか」
「だって、だってさぁ!」
「今日くらいは幾らだって飲んでもいいですが、叫ばないでください。……酔いませんが」

 ジョッキを片手にバンバンとテーブルを叩く獣人の娘は、エルフの女性に窘められていた。
 獣人ドッグ・ウーマンの娘はギルド『好敵手の溜まり場ライバル・ハウント』マスターである。大層涙もろく、情に厚く、そして子供っぽい。マスコット的な存在であるが、身体能力に長けており、レイピアと体術を駆使して戦う戦士だ。戦争の時は殿を務めるほどに重要ポジションへ置かれるほど、有名プレイヤーでもある。

「何で酔わないのよおおおお」
「ここがエスの中だからですけど」

 獣人へ冷静なツッコミを入れているのはハイエルフの女性だ。
 エテルネルが持っている『神桜』シリーズの和弓と矢筒を扱う遠距離専門で、生産方面では【錬金】を上げていた。戦争でも司令官としてその腕前を発揮し、正統派女司令官として一部の男性からは絶大な人気を誇る。豊満な胸もその理由の一つであろう。キャラレベルとしては年増もいいところだが、彼女は人間で言う20歳程度で成長を止めている為、そんな影は微塵もない。

「でも、これで『疾風の獣姫』や『氷結の司令官』と会えないのは寂しいものではあるな」

 エテルネルの隣でウォッカもどきを飲む魔族の男がそう言った。
 彼の膝には、課金ペットの猫がゴロゴロと喉を鳴らしている。

「ぎゃあああ! そのこっ恥ずかしい名前をここで出すな!」
「そういう貴方こそ『深淵の悪魔』じゃないですか」

 獣人が悲鳴を上げ、ハイエルフがギロッと魔族を睨んだ。
 二つ名は掲示板など本人達の知らない所で面白半分の者達が好き勝手に付けた者だ。それがどこからともなく噂になり、それがそのまま呼ばれることがある。なんとも厨二病なのかと呆れるもの半分、面白いという者が半分という割合の為、カンストプレイヤーともなれば殆どが有名プレイヤー故に二つ名を付けられる。
 二人から不興を買ったスラッガードはどこ吹く風で、ウォッカもどきで喉を潤すとにやりと嗤った。

「我にしっくりしておろう?」
「そうね。その厭味ったらしい物言いと考え方が!」

 バンッと獣人が机を叩いたのにも動じない。
 それどころか、魔族は見当違いな方向に考えを巡らせていた。

「ふむ、前の戦争で落とし穴に嵌めたことをまだ根に持っておるのか」
「それもそれだけど! フィールド前一列に落とし穴っていつ細工出来たのよ!? あんな用意周到な罠を張っているのはあんたくらい。そうね、そうよ。あんた相手だからなんかやらかすとわかっていたのに突っ込んでいった私が悪いんですよーだっ」

 最早論点がズレてきていたことにも気付かず、片方は気付いていながら態と逸らして口喧嘩を始める。喧嘩するほど仲が良いというもので、ハイエルフは早々に戦線離脱を図り、並べられた食事に手を付けていた。

「まあまあ二人共、最後なんだしそれくらいに……」

 そこへ割って入ったのは人間の青年であった。
 彼はエテルネルの実弟で、それを公言しており、種族は違えど仲良く同じギルドに所属している。勿論、戦争になったら前線で戦う二人なのでかち合うことも多く、手を抜くこと無く戦うのではあるが。つまるところ、仲の良い姉弟である。

「エテ弟。我は戦略的な構想の素晴らしさをだな」
「戦いってのはこそこそするもんじゃなくて力と技術のぶつかり合いじゃないの」

 獣人と魔族の戦いは弟を巻き込んでも止まらない。
 そんな三人をのほほんと眺めていたエテルネルに、弟は面倒そうに声をかけた。

「あぁ、面倒くさいなこの人ら。ねえ、姉さん」
「気にしたら終わりなにょよ。弟よ。凡人には廃人のことは分からない。これでいいにょ」
「総プレイ時間二万を超えている時点であんたも廃人だわ!」

 余り空気を読まないエテルネルによって話は激化する。
 ハイエルフは更に馬鹿らしくなって一人で黙々と飲んでいた。

「あ、もう始まってたん?」

 そこへやって来たのは巨人族の少年だった。
 まだ転生したばかりなので巨人族とは言っても魔族であるスラッガードほどの大きさだ。人間の背の高いひとにも見えるくらいには小さい。エテルネルの隣に来ると、にっこりと微笑みかけてくる。
 それを見て仲裁をしていたはずのエールがヒクリと口端を引くつかせた。

「遅かったにぇ」
「エテたん、主人公は最後に来るもんやで」
「誰が主人公だ。それと姉さんに近づくな」
「えぇやん。最後やで。このもふもふを心ゆくまで触らんかったら男が廃る!」
「そんなもの廃れてしまえ。触ってみろ。その瞬間で真っ二つに斬ってやる」
「シスコンは今どき流行らんでぇ」
「黙れ似非関西人」

 ここでも言い争いが勃発しそうだと感じたエテルネルはハイエルフの傍に移動する。その途中でちょいちょいっと手招きしている存在に気付いて、エテルネルは頬を綻ばせた。

「いつから来てたにょ?」
「今来たところじゃ。此処は変わらず騒がしいところじゃのぉ」

 婆臭い喋り方でエテルネルの呼んだのは妖精族の老婆だ。人間族とは違って長命種族の妖精は老化も遅い。既に寿命は過ぎているにも関わらずその姿で入るということはその姿が気に入っていることにほかならなない。更に、その姿故に彼女が長時間プレイしている廃人プレイヤーであることを表していた。唯一、水の眷属であることを表している顔面に描かれた青色の刺青は若い頃のままである。
 彼女は戦闘よりもRP(ロールプレイ)、つまりキャラクターになりきる天啓人として有名で、高レベルの天啓人しか入れない幻惑の森に家を建てるという暴挙を行い、時として森に低レベルの天啓人が迷い込めば出口まで案内し、悪意のある天啓人には容赦なく叩きのめしたという。タロットカードの人物のようだという評価と、幻惑の森に白百合の花畑を作ったことから『白百合の隠者』という二つ名が与えられた。

「相変わらず毛並みはふわふわじゃのぅ」
「弟が整えてくれてるからにょ。自慢の毛並みだにゃ」
「あぁ、可愛い。ここか、ここなのか?」

 妖精の撫で具合は絶妙で、エテルネルは喉を鳴らさんばかりに気持ち良さそうである。それに相好を崩す妖精。言い合いをしていた弟も、そんなエテルネルを見てギリギリと妖精を睨み付けて嫉妬丸出しだ。
 全てを分かって居ながらにやにやとする妖精もつくづく人が悪い。


「あー、ごほん!」

 全員が揃ったことを確認した獣人が態とらしい咳をすることによって、その場は静まり返る。喧嘩をしていた者も、黙々と酒を飲んでいた者も、楽しく喋っていた者もギルドマスターである獣人へ視線を向けた。

「サービス終了っていう今日という日にギルド全員が集まれたことが私は嬉しい」

 誰もがわかっていた。ゲームにはいつか終わりが来ることを。
 どれだけゲームに思い入れがあろうと、時間を費やそうと、課金しても、βテストからいたであろうとも。それがいつかは終わる『夢』であることを。それが、オンラインゲームの宿命であるのだから。

「始め、私達は敵として出会った。けど、意気投合したからゲーム初、カンストプレイヤーのみ、多種族構成の少数ギルドが出来た。私達は胸を張って各国のトッププレイヤーとして戦った好敵手であり、戦友でもある」

 殿を務めるだけはあって、その口上は周囲を圧倒するものがあった。マスコット的存在である彼女ではあるが、その実力もカリスマ性も確かなものなのだ。

「ありがとう。皆に出会えて、私は『生きている』実感を、自信を持てた。皆と戦ったから、笑い合えたから。このゲームに、出会えて本当に良かったと心から言える」

 ポンっとGMによる放送の開始音が鳴り響く。
 何も、誰も声を発してはいないのに、するべきことが分かるように全員が盃を手に立ち上がっていた。

「私達の『夢』は終わる。けど、どの世界にいようとも私達の生き方は変わらない。新しい『夢』で、また、いつか!」

 盃を交わし合うはるか上空で、ゲームの終わりを告げるアナウンスが朗々と流れた。
 獣人は後に黒歴史としてこの時のことを語るが、エテルネルからしてみれば終わったのだと実感できる言葉だったと思う。

 こうして、1つのゲームが終わりを告げたのだった。


*****

「エテさん?」

 学園長室の前で、無言だったエテルネルにオルマは声をかける。
 脳裏に浮かんだ遠い記憶に、エテルネルは一度瞼を閉じた。

「オルマ先生。ここから一人でも大丈夫にょ。案内ありがと」
「担任としてこのままついていこうと思ったのだけど、学園長が言った通りね。わかったわ」

 エテルネルが浮かべた笑みに、オルマは微笑み返した。
 この様子では挨拶はエテルネル一人でさせるようにとでも言われていたのだろう。本来なら有り得ないことなのだろうが、真実を知る天啓人同士だから他の者が居ないほうが都合が良い。
 オルマの後ろ姿を見送って、エテルネルは学園長室の扉をノックした。

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