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6:魔力と器

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 ゆらゆらと炎が燃える。
 ダンジョンの中は肌寒く、お師匠さまに渡された毛布を着ても足りない。
 しかし、あまりに厚着してしまうと魔物にとって格好の獲物になってしまうことだろう。

「おや、眠れないのかい。お姫様」

 そんな中、対面に座る男が薄っすらと金色の瞳を開いて彼女へ呼びかける。

「お、し、しょーさま……」
「ふは、素が出てきているよ。まだまだ演技不足だねぇ」

 耐えられない、というように音を殺して笑うと彼は彼女の隣へ移動する。
 彼女の頤を掴んで上を向かせた。
 知らない者が見たら目の色から兄弟かそれに類するものだと思われるだろう。
 仮面から覗き見える彼と同じ色の瞳の少女に、優越の表情を浮かべながら口端を上げる。

「まだこちらも馴染んではいないようだ。少し仮面を外して。そう。今なら素の君でいい」
「は、い。おししょー……さま」

 仮面を膝においた少女の髪色は毛先以外一気に雪色へ。毛先も濃い藍色に変化した。
 金色の瞳──正確には多種多様な色を含んだ金の瞳は人にはない色彩。
 元々はその色彩を持たなかった少女は気弱な性格と体を慣らすためだと説明されてダンジョンで3ヶ月過ごしていた。

「はい、僕の膝の上に頭を乗せて。そうだね、今日も語ってあげよう。娘と夫を魔法の贄にされ、世界を恨んだ【彼女】の物語を。何度も言う通り、君の本質は彼女ととても相性がいいからね」

 そう言って、お師匠さまは彼女に何度も語り聞かせた。
 目の色が青色になるその日まで。
 仮面をつけて自然と【彼女】の振る舞いが出来るようになるその日まで。
 彼女からすれば遠いようですぐ最近のようなその日々を忘れはしないだろう。


◯◯◯◯◯

 早朝に冒険者ギルド前に集合した一行は手荷物の確認を済ませて出発した。
 いつも通りの攻略で構わないとAランクパーティから言われてフィオは頷く。
 自身に身体強化をかけると、フィオはいつものようにアルマダンジョンまで走った。

「いや、いつも通りで良いとはいったが……ペース配分は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。いつも通りだからな」

 リーダーに声をかけられつつもフィオは前に進む。
 流石のAランクパーティ。
 全員が身体強化を使えるらしく、2時間ほどで問題なくアルマダンジョンについた。

「やっぱ俺がきて正解だったな……」

 遠い目をしたギルドマスターは放置して、ダンジョン前にある詰め所で入る手続きを行う。
 これはダンジョン内でなにかあった時や遭難した時、ダンジョン内で急激な魔物の増殖が起きた場合などに必要となる手続きだ。ダンジョン内に何人の冒険者がいるか、目的はなにかを詰め所にいる領主直轄の兵士が記録を取っている。
 全員の手続きが終わったところで、もう一度身体強化をかけて走り出す。

「お、仮面ぼっちちゃんだ」
「試験か? 頑張れよ~」

 見知った冒険者たちに目礼して横を駆け抜ける。
 研修中であろう駆け出しの冒険者の隣を通る時は若干速度を落とすものの、それ以外は魔物を倒すときでさえスピードを落とさない。
 魔物は倒しても死体を一定時間放置すればダンジョンに取り込まれる。
 素材を回収する際にはダンジョンに取り込まれるまでの時間で剥ぎ取りを行うのだが、今回の目標は20階。荷物を重くするわけにはいかないため、最小限の戦闘で最短距離を突き進んだ。

 9階にきたあたりで通年魔物が寄り付かない花が咲く安全地帯セーフティゾーンに辿り着いたため、フィオは今日はここまでと宣言して火の準備を始めた。

「つ、疲れた……」
「ギルドマスター、運動不足だろ」
「お前っ。どんなスピードでいつも走ってるんだよ!?」

 それではまるで飛行魔法で速度を出しすぎたみたいな言い方じゃないかとフィオは鼻白む。
 飛行魔法で人を運ぶ船の形をした飛空便があるのだが空で衝突して墜落すればまず助からないので明確に速度というものが決まっている。ある程度の速度違反はお目溢ししてもらえるがさすがに1.5倍以上は許してもらえない。
 今回の身体強化を行ってここまでやってきたのも常に索敵魔法を使用して走っているため、人にぶつかるような真似は殆どない。相手が隠密スキルを使って此方を害しようとするなら話は別になってくるが。

「一気に9階まで降りるCランクなんて初めて見たわ」
「人よりも多い魔力で身体強化を行っている分、持続時間も長いということか」

 そう言うAランクパーティは息一つ上がった様子はない。やはりギルドマスターの運動不足とフィオは判断して火の準備をした。
 アイテムボックスから鍋をセットするスタンドを前の冒険者が使用した後だろう場所で組み立て、その中心に乾いた木と木の葉で可燃性を良くした着火玉というものを組み立て火をつける。
 魔法で出した水を沸騰するまで待ち、家で瓶に詰めて用意しておいた干し肉と干し野菜を一口サイズに砕いた乾燥物を投入。いくつかの調味料で味つけた。
 ダンジョンは完全な洞窟内ではないため、酸欠の心配はないため、こうして安心して食事を作ることができる。普通の洞窟ならば酸欠の危険性があるため火を炊くことは出来ないがここはそうではない。

「手際が良いな。冒険者は6年目か」
「飲むか?」
「いいのか?」
「それくらいは構わない。大した手間でもない」
「助かる」

 フィオとしてなら受け答えはそれなりに出来るように訓練している。仮面を取っていたのなら恐縮して岩の影から出てこなかっただろうが、褒められれば嬉しいもの。
 それに彼等はスープを用意しないようで1人だけ食べるとしても変な気分になる為、元からそのつもりではあったのだ。ギルドマスターの分は序でに用意してあげることにした。

「あまりこう言うことは良くないんだが、初めからソロなのか」
「そうだ」
「パーティを組もうと思ったことは?」
「ないな」

 各々火を囲むように全員が座るとリーダーはフィオへ質問した。
 監査員であるため、あまり親しくするのはよくないのだそう。確かに贔屓されては試験の意味もないだろう。
 しかし、ここはダンジョンだ。何が起こるか分からない場所でなるべく相手のことを知って行動を把握しておきたいというのは本能とも言える行動だ。フィオは気分を害することなく答えた。

「本当のことだぜ。当たり前だがギルドは止めた。それでも、こいつはここまで1人でやってきた」

 それにギルドマスターが乾燥パンをスープに浸しながらフォローする。

「何故だ?」
「他人に煩わされるのはごめんだ」

 大楯使いの問いかけに先日ダスティに答えたものを口にする。

「パーティを組む恩恵が受けられなくても大切なことか」
「あぁ」

 嘘ではない。
 本当は人見知りで話すことも外に出ることさえも恐怖を感じるフィオが家族以外と共に過ごすなんて考えられないことであった。
 今のような数日ならともかく、パーティになれば隠し通すことも出来ない。
 そんなフィオの答えを聞いたからか、リーダーはがばりと頭を下げる。

「一昨日はすまなかった。ここにくる間だけでもあんたの実力は十分なのに年齢と性別だけで見くびっていた」
「ほんと、それリーダーの悪いところよね」

 美味しそうにスープを飲んでいた魔法使いがやれやれと肩をすくめる。少々行儀悪くスプーンでリーダーを差し、眉を怒らせた。

「リーダー、魔力保有量は人によって違うのは当たり前。この子がどれだけ血の滲むような努力をしたのか、奇跡があったのかは私達には分からないけれど自分の尺度だけで見てたらこの先命はないわよ」

 彼女はパーティの中で戦闘を唯一避けた。
 魔法使いというのは常に魔力を体内で巡らせている為、他人の魔力量、魔力質に敏感だ。

「面目もない」
「ま、私もこの子の魔力が感じられたから戦わなかっただけで止めなかったんだから同罪だけど。あ、ご馳走してくれたお礼に洗い物は私がやるわ」

 さっぱりした物言いで全員が食べ終わっているか確認してから魔法使いはすいっと指を振って簡単な呪文を唱えた。
 すると水が現れてその中に食器や鍋を入れていく。水はもごもごと動いて汚れを落とす。

「そうそう、その魔力どうやって増やしたのか聞いていい?」
「おい」

 魔法で水を操りながら聞いてくる魔法使いに失礼だとリーダーが声を上げた。一般常識として、魔力や鍛錬方法を聞くと言うのは弟子や仲間ではない限りマナー違反だ。魔法の流派によっては呪文を他言することさえも禁じられることがあるという。

「珍しいね。君がマナー破りするなんて」

 短弓使いが首を傾げれば、魔法使いは風で食器を乾かしながらため息をつく。

「それほどなのよ。この子は。一族の秘技だったり教えられないことなら言わなくて当然だけど、教えてくれるなら知りたいじゃない」

 そう言われて、フィオは瞼を閉じた。
 別にどこかの流派に属しているわけではない。
 けれど、フィオは自身が特殊な方法を使った自覚もある。隠すほどのことではないが、普通の人間には無理な話だ。

「死にかければいい」
「え?」
「人間が魔力を生成する量は限られている。それは基本的に器分の魔力生成しか行われないからだ。魔力が溢れる前に本能的に魔力生成を抑えてしまう」
「まさか、常に魔力を消費するってことか?」
「それなら世の中の魔法使いはもっと魔力量が多いことになるな」

 魔法を扱うには呪文を唱えて魔力を込める魔力を操作する必要がある。それには普通時間を伴うものだ。
 しかし、魔法を専門に扱う魔法使いはいつでも魔法が放てるように訓練する。突然の奇襲に魔力を操作するところから始めては間に合わない。
 故に彼等はその道を目指し始めると、常に魔力循環と言って体内で魔力を常に巡らせる訓練から始める。

「魔力量を増やすのなら確かに効果的だが、生産量が高すぎると魔過剰病に陥る。その為に器も大きくするか強化する必要があるが……そうだな、常に魔力枯渇を起こしながら死線を潜ることだ。ある程度闘う術を身につけたら魔力枯渇状態で魔物の群れに放り込まれる。昼夜問わずにな。1年もすれば極限状態に慣れて器は自然と強化される」

 フィオは詳しい原理を知らない。
 ある程度魔法と体術で戦える術を教えたフィオのお師匠さまは出会って2ヵ月後には魔法の練習によって魔力枯渇を起こしていたフィオを魔物の群れに放り込んだのだから。
 コップに注がれた水がいっぱいになると溢れ出るように、人の器というのは貯められる魔力が決まっている。それを強化するには鍛錬による肉体の強化がある程度有効だ。
 だからと言って魔力枯渇を起こしている状態で魔物の中に突入すれば本来は死ぬだけ。

 何故、フィオのお師匠さまはそんなことをしたのか。冒険者として生きてきたフィオは理解には苦しむが理屈は分かるようになってきていた。
 器が強化されたのはこの方法が直接的な原因ではない。しかし、器と魔力を馴染ませる・・・・・・・・・・には魔力枯渇状態で生命的な危機を感じながら魔力循環を高めるという手法が当時のフィオには必要だったのだ。
 結果、こうしてフィオは生きていられるのだからなんとも言えないものだった。

「それ、本気で言ってる?」
「やれなければ死ぬだけだ」
「まじかよ」

 Aランクパーティの驚きに淡々とフィオは返した。
 実際にやっていたことなのだから嘘ではない。
 ただ、他の人間が同じようにしたところで魔力が増えたり器が強化されるなんてことは起きないだろうことは話す必要もない。
 その前に死ぬ。ダンジョンはそれほど甘くはない。

「ちょっと待て。お前、まさか冒険者になる前にダンジョンへ潜ってたんじゃねぇだろうな」
「ダンジョンは厳重に管理されているのに無理な話では?」

 当たり前の疑問を当たり前で返す。

「あの場所がダンジョンなのかは私にもわからない。なにせお師匠さまが……」

 思い出すのは命の危機に瀕していたはずの自身がお師匠さまに抱えられて見知らぬ洞窟に居たこと。そこで闘う術を身につけながら1年は居たはずなのに、家族のもとに帰った時には失踪してから1日しか経っていなかったという不思議。
 彼女は口にしない。
 瞳の色が人ならざる者の色になったことがあるなんて。目を覚ましたら洞窟にいて、もう十分だなんてお師匠さまに言われた次の日にお師匠さまも洞窟も消えて森の中で目が覚めたなんて。
 一体誰が信じると言うのか。

「お師匠さま?」
「……話しすぎた。寝る」 

 おい、それは狡い。気になる。なんて言われながら面倒だとフィオは寝る体勢に入った。
 寝ていても気配で起きる訓練はしている。常にソロでダンジョンに潜っているのだ。毎晩夜番をするものも自分しかいないのでいつも通り壁に背をつけて瞼を閉じる。
 普通なら警戒して起きているものだろうにと思いながら他の面々はそれ以上フィオが話す気がないことを察して夜番を誰にするか話し合ったのであった。

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