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5:化け物と呼ばれた少女2

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「大丈夫か?」
「なんとかな」

 大楯使いが大きく息を吐く。
 そして普通だったら死ぬような攻撃にリーダーは眉を窄めた。
 殺気混じりの怒りが会場を包む。
 ただの手合わせ。Bランク昇級試験がかかっているとはいえ、死人が出るほどの大技は使わないことがマナーだ。それくらいはどの冒険者であっても知っていること。
 それを破るような行為だと彼は怒りに拳を震わせた。

「ここまでの技をくれたんだ。こちらもお礼をしないとな」

 だから少しくらいは痛い目を見た方がいい。
 そう言外で伝えているようでもあった。

 リーダーの剣が炎に包まれる。
 魔力付与によるものかと思えば、それとは違う炎の輝き。
 剣自体が魔力を吸って炎を生み出しているのだと理解するのには時間はかからなかった。
 魔剣。持ち手の魔力を吸って魔法を行使する魔具。使い手が魔力付与という魔法を使用するのは違って剣が持ち得る付加の最大値を引き出すことが出来るという珍しい剣だ。
 フィオは魔力がからになった魔石の鎖を放り投げて剣を構える。
 魔剣の火は特殊で、持ち手によってはどんなものでも溶かすほどの高温を放つことが出来る恐ろしいものだ。
 避けるか、対抗策を施して受けるか。
 走り出したリーダーの対処をしようと動こうとしたフィオは自身の足が地面から生えた蔓に絡め取られて動けないことに気付いた。

「僕もいるんだからね!」

 短弓使いの宣言に、この魔法が誰のものであるのか理解する。
 魔石のついた短剣がフィオを囲むように四方の地面に打ちつけており、そこを起点として魔法円が発動していた。
 魔法自体は植物魔法の足止めでそこまで手順を必要とするものではない。
 先程リーダーが魔剣を発動している間に準備を終えたのだろう。うまい連携だ。

「なるほど」

 ぼそりとフィオはつぶやく。
 眼前には突進してくるリーダー、短弓と構えて追撃ようとする短弓使い。
 不利になったらいつでもリーダーと入れ替わることが可能な大楯使い。
 魔法使いがここにいたら彼等の弱点を補う高火力も叩き出すことになる。
 普通ならこれで終わりだろう。
 普通ならば。

「っ! なんだ!?」

 フィオに突っ込もうとしたリーダーは慌てて急停止した後、距離をとる。
 大楯使いは構えて衝撃に備え、短弓使いはその後ろに隠れた。
 理解できないものはなぜ後退したのか首を傾げ、理解できるもの──特に魔法使いと呼ばれる職業の者たちは怯えたり、魔法で障壁を貼ったり、逃げ出したり。
 ギルドマスターは懐かしい光景だと冷や汗を流しながら唇を歪めた。

──よし、お嬢ちゃん。人ではなくなろうとも、何を捧げても生きたいと思うかい?

 懐かしい声が脳裏に木霊する。
 悪魔のような優しく淫靡な誘いは、幼かったフィオに選択肢を与えなかった。
 フィオの強みは魔力による身体強化。
 小柄なことを活かしての小回りの利きやすさ。
 複数の魔石を触媒に行使する同列思考。
 そしてもう一つ。

開けリベラティオ

 自身にかけていた魔法を一つ解く。
 それだけで高濃度の魔力に耐えきれずに短弓使いの魔法は破壊され、拘束は解かれた。
 フィオの見た目は変わったような雰囲気はない。
 ただ少し。仮面から微かに見える瞳が金色であるかのような錯覚を正面に居たリーダーが感じた程度。
 彼女の指先がリーダーへと向けられた瞬間。

「そこまで! もう十分だろう」

 ギルドマスターの静止が訓練場に響いた。
 ぴくりとフィオの指先が動き、耐えるように握り込む。

【……閉じろシレンティウム

 そう呟くと周囲を威圧していた魔力は霧散する。
 ふっと抜けた緊張感に、訓練場に居たものは一斉に息を吐いた。

「いや~仮面ぼっちちゃんのあれ、めっちゃ久しぶり」
「俺、チビッた」
「俺も俺も」
「え、今回は誰もふっ飛ばされてないの?」
「むしろ前はふっ飛ばされたの!?」
「6年前のギルド来たばっかりの時にギルマスへやったやつだろ」
「ギルマス、今回はちびってないかぁ?」

 6年以内に冒険者になった者たちは呆然としていたが、それよりも古参でフィオが冒険者ギルドの門を叩いた当時を知っている者たちは各々話し出す。
 6年前。10歳という年齢で冒険者ギルドの門を叩いたフィオ。
 夜になり始めた頃合いで冒険者ギルドには報告をする冒険者や戦利品の査定を待つ冒険者でごった返していた。
 そんな時に仮面をつけた少女が現れて冒険者になりたいと言い出したから皆こぞって止めたものだ。
 冒険者に憧れるような年頃というのは存在する。
 けれどもそういったものはすぐに冒険者になれるわけではなく、街ぐるみで育てていくものだ。物心ついた頃から剣や杖をとって訓練を行い、登録が解禁される10歳で下積みから始まる。
 彼女はその工程をすっ飛ばして冒険者として登録しようとしたから大騒ぎ。
 そしてその場で実力を示すことにしたらしい彼女が選んだのは【威圧】だった。
 人とは思えないほど尋常ではない魔力量による威圧は歴戦の冒険者達でさえ息を呑むほど。
 正面から彼女を止めたギルドマスターなんて魔力開放による衝撃で吹き飛ばされてちょっとちびっていたとかなんとか。

 そういうことで、ただ魔力を少し開放しただけの【威圧】を知っているものはそれなりにいる。
 そしてその実力を6年間で確実に示し、彼女は冒険者として認められてきたのだ。

「なんなんだ……お前は、何者なんだ」

 それは怯えではなかった。
 困惑が勝る感情の質問にフィオは首を傾げる。
 何者だと言われて自分以外になにがあるというのか。
 答えるまでもない質問だと感じていた。

「だから言ったじゃない、この子と戦うなんで馬鹿だって」

 はあ、と深く溜め息を付いた魔法使いが回復魔法をそれぞれにかけていく。
 特に【刺せアピス】の殆どを受けた大楯使いは擦り傷だけではなく所々切り傷となって血が流れていた。それでも致命傷を全て避けた上でフィオが想定する以上の頑丈さを示したのだから余程優秀な守護者タンクだと言える。
 フィオも魔法使いに治療が必要か聞かれたが断った。
 大した傷もなく、損失といえば魔法を使い捨てにした魔石くらいだろう。

「リーダー。誰だって秘密ってものがあるのよ。暴くのはフェアじゃないわ」
「お前っ分かってて……」
「この子から感じる魔力からしておかしいもの。魔法使いならまず戦闘は避けるわ」

 もとから魔法使いは昇格試験に否定的ではなかった。肯定的でもなかったが。
 むしろなるべく関わり合いたくない、という感じだろうか。
 忌避感のようなものかもしれない。
 それに彼等がAランクである以上、ランクが高いほど仕事で共闘する可能性もあるにはある。強いものが増えるというのに否定的になるほうが変という考えのようだ。

「どっかの誰かさんは頭硬いから一度分からせた方が良いと思って」

 仲のいいパーティには違いない。
 どことなく信頼を感じる言葉に、そこまで他人を信じられる関係性がフィオにとって多少羨ましくもあった。

「それじゃあ、昇格試験はこのまま続行ということだな」

 ギルドマスターが確認すれば、この戦闘の目的を全員が思い出す。
 リーダーは渋々といった感じに頷いた。

「……そうだな。これほど手の内を見せられては嫌とも言えない」
「リーダー、素直じゃないよね」
「全くだ」

 うるせぇ! と、リーダーが茶化した短弓使いと大楯使いへ怒鳴る。
 空気は弛緩し、外野の観客達も元締めに賭けはどうなると詰め寄ったり、ギルドマスターが止めたから引き分けと元締めが言って乱闘になったりと忙しない。
 少し苦手な空気にフィオは身動ぎする。

「頑張れよ! フィオ!!」
「仮面ぼっちちゃんこっち向いて~」
「合格したら1杯奢れよな!」
「ファイトー!」

 野太い声援は完全に無視した。
 6年もこの街にいるので皆も分かって野次を飛ばしている。
 出発は3日後となり、日が登る前にギルドへ集合となった。
 またイアリスとの時間がなくなったことに少し肩を落としたのは秘密だ。

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