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2:彼女の素顔
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その家は大通りからほど近い3階建の家だった。他の家の方が一回り大きく、こじんまりとした可愛らしい印象を受ける。
キィっと古臭い扉特有の音を立てて中へと入るとフィオは眉を顰めた。
もう少しお金が貯まったら玄関を新調するのも良いだろう。この国の冬はかなり寒くなるため、準備は早めにやる方が良い。貯金は少し切り崩すことになるかも知れないがそれなりに稼いでいるので問題ないはずだ。懐の心配よりも玄関からの隙間風の心配をしたほうが絶対に良い。
仮面を外しながらそんなことを考えていると、髪の毛の色素が真っさらな雪の色へと抜けていく。毛先だけ藍色を残した髪色がフィオ本来の髪色であった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
もう家人は寝ていると思っていたからか、真っ暗なダイニングルームの奥からぼうっと灯りを持って現れた女性に思わずどきりとした。
「た、ただいま。サッシャ」
へらっと誤魔化すように笑えばサッシャは仕方のない人と言いたげにタレ目な青い瞳を細める。
寝る前だったのだろう。いつもはきっちりと結われている茶髪は緩く左肩で纏められていた。
「ご夕食はいかがなされますか」
「い、いらない。ご……ごめんね」
先程までの堂々した冒険者のフィオはここにはいない。
肩を震わせて今にも泣き出しそうにぷるぷると彼女は震えた。
「外で食べられたのですか? いえ、ちがいますね。せめて軽食でもお食べください」
冒険者は体が資本でしょうと作り置きしておいた一口サイズのサンドイッチが並んだ盆をフィオへぐいっと渡した。
サッシャの押しに負けて盆を受け取る。
その間にもサッシャは受け取った外套を玄関の脇にあるポールへかけたりフィオの体に新しい傷がないかざっとチェックしていて忙しない。
部屋に入ってからも着替えを手伝ったり、食事後に体を拭いたりと甲斐甲斐しくフィオの世話を焼くサッシャにされるがままである。
「明日のご予定は」
「おや、すみ」
「承知しました」
すっかり身支度を整えられたフィオはそのまま寝台へ向かう。その姿は生まれながら何一つ身の回りのことをしたことがない貴族のようだ。
実際のところ彼女も冒険者であるので身の回りくらいは自分で世話ができる。
しかし、家にいるときくらいはとサッシャから勧められて現状に収まった。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「おや……すみ……」
仮面を外せば何処にでもいるような──いないかもしれないが──気弱な少女だ。
サッシャが退室した瞬間に彼女は深い眠りに落ちたのであった。
○○○○○
翌日。
日が登り始めて良い匂いが部屋までしてきた頃、フィオの目が醒める。
「おはよう御座います。お嬢様」
「お、は、よう」
つっかえながらも弱々しく挨拶を返すフィオに笑みを返してサッシャはフィオの身支度を整えた。
冒険者としてのフィオは汚れてもいいように黒を基調とした服だが、休みの日のフィオは白を基調とした服を着させられる。
本日の服は白いシャツに藍色のスカートという髪色の配色と同じ服の上から皮のコルセットを着けている。殆どファッション的な意味合いの強いコルセットである為、きつく縛り上げるようなことはしていない。
他にやることがあるサッシャと別れてダイニングルームに向かう。
とはいえ小さな家だ。階段を降りてすぐである。
既に用意されている食事に手をつけていると、サッシャとフィオの妹であるイアリスが降りてきた。
「おはようございます。お姉様」
「おは、よう」
小柄なフィオよりも更に小さい、彼女の胸あたりしかない身長の少女はフィオと同じ髪色をしていた。ゆるりと腰あたりに青いリボンで纏めている。
しっかりと血縁が感じられる2人ではあるが、珍しく階下に降りてきたイアリスにフィオは首を傾げた。
「い、イアリス。体調は?」
イアリスは魔過剰病という珍しい病にかかっている。
魔力の濃度が高く、人の器が魔力に合っていない状態でいると器を補強するために常に魔力を使うことになる。普通でも身体が魔力に耐えるために、無意識にある程度は魔力を使う。だが人よりも濃い魔力濃度に対して身体を保護するための消費魔力量が多くなり、それでも有り余った魔力が器から漏れる病だ。
いつしか身体が魔力濃度と魔力量に耐えきれずに壊れてしまう不治の病と呼ばれる。
そのせいで元々藍色だけであったイアリスの色素は抜け、今では毛先にしかその色は残らない。髪を切っても新しく毛先だけ藍色になるのだから不思議なもので。体も負荷に耐えるために殆どの機能を身体補強へと回しているため、起き上がることも辛い状態のはずだ。
「今日はご覧の通り起き上がれる程度には。お姉様がお休みの日ですもの。寝ているのが勿体無いんです」
フィオとは違って社交性のあるイアリスはサッシャのエスコートでちょこんとフィオの正面に腰掛ける。
その様子が可愛くてフィオの頬が緩んだ。
「無理、しないでね」
「勿論です。お姉様、今日は1日家にいらっしゃるのですか」
本当なら。
本当なら今日は装備の整備をするつもりだったし今回のダンジョン探索で短剣を一本ダメにしてしまったので武具屋に行きたい。加えて包帯や消毒液も補充するべきだし、今回の報酬を受け取ったら数日はダンジョンに潜るつもりなのでその為の準備も必要だ。
防具だって解れてきている所を確認するべきだしアイテムボックスの整理だって必要だろう。日々の糧も貯金も全てはフィオにかかっているため、勝手に設定している休日とはいえ割と忙しいことになる。
「うん。今日は、一緒」
「嬉しい」
けれど、その全ては病弱な妹を放ってまでやるべき事ではない。
冒険者は年齢制限とランク制限によって行ける階層が決まっている。フィオも本当ならダンジョン核のある階層まで駆け降りたいところだが、決まりである以上律儀に守っている。
イアリスの体は有り余るほどの魔力があるので空の魔石に魔力を入れることである程度体調を安定させる事ができる。
治療専用の道具も勿論あるのだが万が一に備えて出来るだけ休日は一緒にいたいと思うのは当然のことであった。
「お姉様。冒険者ギルドは楽しい?」
「別に、普通?」
イアリスはフィオの職業は冒険者ギルドの受付だと思っている。たまの残業で泊まり込みがとか、夜勤だとかでダンジョンの寝泊まりを誤魔化しているのだ。
サッシャもフィオの意を汲んで余計なことは言わないし、イアリスは外出が出来ないので真実を知る術はない。
お金を貯めてイアリスの病気を治すダンジョン品を依頼している。それは嘘ではない。本当にその依頼を通年出しているし、冒険者ギルドで働いているのも嘘ではないのだ。
ただ、受付ではなく冒険者として──という違いがあるが。
「すみませーん!」
そろそろ朝食が終わるか、という頃合いに玄関から聞こえてきたのは元気な声。
少し幼いような聞き覚えのある声にフィオは明らかに嫌な顔をした。
サッシャが玄関で来客対応している間に巻き込まれまいとイアリスを抱えてさっさと2階に上がる。
「お姉様。お客様が……」
「し、しらない。知らない人。やだ、会いたくない……」
情けないことにぷるぷるしながら寝台に寝かせた妹の隣で震える。
実際には知らない人ではないし、何度か似たような時間に来ているのでイアリスにとっても見知った相手といえば相手である。けれど、実際あの声が聞こえるとこれから起こることも聡明な妹である彼女は分かっていた。
やがてサッシャがイアリスの部屋へと入ってきてフィオは初手で首を横に振った。
「きょ、今日は休み、だもん……」
「お嬢様。お手紙です」
じんわりと涙が滲んだ目で何も悪くないサッシャを睨みつけるフィオ。
毎回のことではあるのでサッシャも動じない。
なんとしても手紙を受け取らないとイアリスにしがみつくフィオに軽く息を吐くのはイアリス。
「本日は仕事の話ではないそうです」
サッシャにそう宥められて渋々手紙を開いた。
あえて言葉を濁したようだが仕事ではないということはフィオに指名依頼が来たわけではない。
しかし、1階にはこの手紙を渡した冒険者ギルド所属の少年が待っていることだろう。フィオの返事かフィオ自身が来るまで彼は待つことになる。
「──っ」
確かに、誰かの護衛をしてほしいとか。
どこの素材がほしいとか。
残党狩りを助けてほしいとか。
どこかのパーティの補助をしてほしいとか。
そんな無茶ぶりの指名依頼書ではない。
「外、やだ……今日は……おやすみ……」
へにょんと眉を下げて読んだ手紙を皺になるほど握りしめる。
冒険者というのは明確な休みはなく、自身で勝手に設定するもの。
今日の休みだってフィオが好きに決めたことだ。
しかし、フィオはなによりも大切にしているイアリスという存在がいる。
その妹と今日は一緒にいると約束したのだ。
それを違えてまで出かけるような気分にはならないし、呼び出されてはいるが緊急性の高いものではなかった。昼間に人通りが多い冒険者ギルドへフィオが顔を出すことがないから、昼間に冒険者ギルドへ向かわなければ行けない場合はこうして呼び出しを受けるだけで。
ただ、今回の手紙は依頼書ではないものの、夜にできるようなことでもなかった。
冒険者Bランク昇級試験の通知書。
冒険者というのはランク制度があり、ランクによって行える依頼もダンジョンに潜れる階層も異なる。ランク制度を導入することによって冒険者に明確なルールが設けられてより長期的に安全を確保しながら仕事ができる取り組みだ。
とはいえダンジョンの階層については特定の階層に監視員がいるわけではないので下層に潜ることも可能ではある。バレた場合には重い罰則と冒険者資格剥奪もあり得るのだが毎年一定数はルール破りもいるということで。初心者が迷ったと言って下層に行き、帰らぬ人となるなんてよく聞く話しだ。
フィオは最近やっと16歳になった。
年齢制限でランクはCランク止まり。近場のダンジョンでもランク制限によって20階より下には降りることができない。
それでも十分に稼ぐことはできる。少なくとも食いっぱぐれない程度には。
しかし、フィオが求めている強さと階層にたどり着くには全然足りない。
だからずっと力を身に着けてきた。
強くなり続けてきた。
Bランクは16歳で年齢制限から開放される。
依頼数、討伐数からこうして冒険者ギルドにBランクの昇級試験を受ける資格があると認められるだけでも少ないことだろう。Cランクで中堅、Bランクでプロと言われているのだから。
「おやすみ、する……」
「お姉様。私は、お仕事を頑張っているお姉様も好きですよ」
「うぅ……」
今まで絶対に動くものかと意思表示していたのだが流石に妹にそう言われてダダなど言っていられない。
フィオは渋々重い腰を上げたのであった。
キィっと古臭い扉特有の音を立てて中へと入るとフィオは眉を顰めた。
もう少しお金が貯まったら玄関を新調するのも良いだろう。この国の冬はかなり寒くなるため、準備は早めにやる方が良い。貯金は少し切り崩すことになるかも知れないがそれなりに稼いでいるので問題ないはずだ。懐の心配よりも玄関からの隙間風の心配をしたほうが絶対に良い。
仮面を外しながらそんなことを考えていると、髪の毛の色素が真っさらな雪の色へと抜けていく。毛先だけ藍色を残した髪色がフィオ本来の髪色であった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
もう家人は寝ていると思っていたからか、真っ暗なダイニングルームの奥からぼうっと灯りを持って現れた女性に思わずどきりとした。
「た、ただいま。サッシャ」
へらっと誤魔化すように笑えばサッシャは仕方のない人と言いたげにタレ目な青い瞳を細める。
寝る前だったのだろう。いつもはきっちりと結われている茶髪は緩く左肩で纏められていた。
「ご夕食はいかがなされますか」
「い、いらない。ご……ごめんね」
先程までの堂々した冒険者のフィオはここにはいない。
肩を震わせて今にも泣き出しそうにぷるぷると彼女は震えた。
「外で食べられたのですか? いえ、ちがいますね。せめて軽食でもお食べください」
冒険者は体が資本でしょうと作り置きしておいた一口サイズのサンドイッチが並んだ盆をフィオへぐいっと渡した。
サッシャの押しに負けて盆を受け取る。
その間にもサッシャは受け取った外套を玄関の脇にあるポールへかけたりフィオの体に新しい傷がないかざっとチェックしていて忙しない。
部屋に入ってからも着替えを手伝ったり、食事後に体を拭いたりと甲斐甲斐しくフィオの世話を焼くサッシャにされるがままである。
「明日のご予定は」
「おや、すみ」
「承知しました」
すっかり身支度を整えられたフィオはそのまま寝台へ向かう。その姿は生まれながら何一つ身の回りのことをしたことがない貴族のようだ。
実際のところ彼女も冒険者であるので身の回りくらいは自分で世話ができる。
しかし、家にいるときくらいはとサッシャから勧められて現状に収まった。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「おや……すみ……」
仮面を外せば何処にでもいるような──いないかもしれないが──気弱な少女だ。
サッシャが退室した瞬間に彼女は深い眠りに落ちたのであった。
○○○○○
翌日。
日が登り始めて良い匂いが部屋までしてきた頃、フィオの目が醒める。
「おはよう御座います。お嬢様」
「お、は、よう」
つっかえながらも弱々しく挨拶を返すフィオに笑みを返してサッシャはフィオの身支度を整えた。
冒険者としてのフィオは汚れてもいいように黒を基調とした服だが、休みの日のフィオは白を基調とした服を着させられる。
本日の服は白いシャツに藍色のスカートという髪色の配色と同じ服の上から皮のコルセットを着けている。殆どファッション的な意味合いの強いコルセットである為、きつく縛り上げるようなことはしていない。
他にやることがあるサッシャと別れてダイニングルームに向かう。
とはいえ小さな家だ。階段を降りてすぐである。
既に用意されている食事に手をつけていると、サッシャとフィオの妹であるイアリスが降りてきた。
「おはようございます。お姉様」
「おは、よう」
小柄なフィオよりも更に小さい、彼女の胸あたりしかない身長の少女はフィオと同じ髪色をしていた。ゆるりと腰あたりに青いリボンで纏めている。
しっかりと血縁が感じられる2人ではあるが、珍しく階下に降りてきたイアリスにフィオは首を傾げた。
「い、イアリス。体調は?」
イアリスは魔過剰病という珍しい病にかかっている。
魔力の濃度が高く、人の器が魔力に合っていない状態でいると器を補強するために常に魔力を使うことになる。普通でも身体が魔力に耐えるために、無意識にある程度は魔力を使う。だが人よりも濃い魔力濃度に対して身体を保護するための消費魔力量が多くなり、それでも有り余った魔力が器から漏れる病だ。
いつしか身体が魔力濃度と魔力量に耐えきれずに壊れてしまう不治の病と呼ばれる。
そのせいで元々藍色だけであったイアリスの色素は抜け、今では毛先にしかその色は残らない。髪を切っても新しく毛先だけ藍色になるのだから不思議なもので。体も負荷に耐えるために殆どの機能を身体補強へと回しているため、起き上がることも辛い状態のはずだ。
「今日はご覧の通り起き上がれる程度には。お姉様がお休みの日ですもの。寝ているのが勿体無いんです」
フィオとは違って社交性のあるイアリスはサッシャのエスコートでちょこんとフィオの正面に腰掛ける。
その様子が可愛くてフィオの頬が緩んだ。
「無理、しないでね」
「勿論です。お姉様、今日は1日家にいらっしゃるのですか」
本当なら。
本当なら今日は装備の整備をするつもりだったし今回のダンジョン探索で短剣を一本ダメにしてしまったので武具屋に行きたい。加えて包帯や消毒液も補充するべきだし、今回の報酬を受け取ったら数日はダンジョンに潜るつもりなのでその為の準備も必要だ。
防具だって解れてきている所を確認するべきだしアイテムボックスの整理だって必要だろう。日々の糧も貯金も全てはフィオにかかっているため、勝手に設定している休日とはいえ割と忙しいことになる。
「うん。今日は、一緒」
「嬉しい」
けれど、その全ては病弱な妹を放ってまでやるべき事ではない。
冒険者は年齢制限とランク制限によって行ける階層が決まっている。フィオも本当ならダンジョン核のある階層まで駆け降りたいところだが、決まりである以上律儀に守っている。
イアリスの体は有り余るほどの魔力があるので空の魔石に魔力を入れることである程度体調を安定させる事ができる。
治療専用の道具も勿論あるのだが万が一に備えて出来るだけ休日は一緒にいたいと思うのは当然のことであった。
「お姉様。冒険者ギルドは楽しい?」
「別に、普通?」
イアリスはフィオの職業は冒険者ギルドの受付だと思っている。たまの残業で泊まり込みがとか、夜勤だとかでダンジョンの寝泊まりを誤魔化しているのだ。
サッシャもフィオの意を汲んで余計なことは言わないし、イアリスは外出が出来ないので真実を知る術はない。
お金を貯めてイアリスの病気を治すダンジョン品を依頼している。それは嘘ではない。本当にその依頼を通年出しているし、冒険者ギルドで働いているのも嘘ではないのだ。
ただ、受付ではなく冒険者として──という違いがあるが。
「すみませーん!」
そろそろ朝食が終わるか、という頃合いに玄関から聞こえてきたのは元気な声。
少し幼いような聞き覚えのある声にフィオは明らかに嫌な顔をした。
サッシャが玄関で来客対応している間に巻き込まれまいとイアリスを抱えてさっさと2階に上がる。
「お姉様。お客様が……」
「し、しらない。知らない人。やだ、会いたくない……」
情けないことにぷるぷるしながら寝台に寝かせた妹の隣で震える。
実際には知らない人ではないし、何度か似たような時間に来ているのでイアリスにとっても見知った相手といえば相手である。けれど、実際あの声が聞こえるとこれから起こることも聡明な妹である彼女は分かっていた。
やがてサッシャがイアリスの部屋へと入ってきてフィオは初手で首を横に振った。
「きょ、今日は休み、だもん……」
「お嬢様。お手紙です」
じんわりと涙が滲んだ目で何も悪くないサッシャを睨みつけるフィオ。
毎回のことではあるのでサッシャも動じない。
なんとしても手紙を受け取らないとイアリスにしがみつくフィオに軽く息を吐くのはイアリス。
「本日は仕事の話ではないそうです」
サッシャにそう宥められて渋々手紙を開いた。
あえて言葉を濁したようだが仕事ではないということはフィオに指名依頼が来たわけではない。
しかし、1階にはこの手紙を渡した冒険者ギルド所属の少年が待っていることだろう。フィオの返事かフィオ自身が来るまで彼は待つことになる。
「──っ」
確かに、誰かの護衛をしてほしいとか。
どこの素材がほしいとか。
残党狩りを助けてほしいとか。
どこかのパーティの補助をしてほしいとか。
そんな無茶ぶりの指名依頼書ではない。
「外、やだ……今日は……おやすみ……」
へにょんと眉を下げて読んだ手紙を皺になるほど握りしめる。
冒険者というのは明確な休みはなく、自身で勝手に設定するもの。
今日の休みだってフィオが好きに決めたことだ。
しかし、フィオはなによりも大切にしているイアリスという存在がいる。
その妹と今日は一緒にいると約束したのだ。
それを違えてまで出かけるような気分にはならないし、呼び出されてはいるが緊急性の高いものではなかった。昼間に人通りが多い冒険者ギルドへフィオが顔を出すことがないから、昼間に冒険者ギルドへ向かわなければ行けない場合はこうして呼び出しを受けるだけで。
ただ、今回の手紙は依頼書ではないものの、夜にできるようなことでもなかった。
冒険者Bランク昇級試験の通知書。
冒険者というのはランク制度があり、ランクによって行える依頼もダンジョンに潜れる階層も異なる。ランク制度を導入することによって冒険者に明確なルールが設けられてより長期的に安全を確保しながら仕事ができる取り組みだ。
とはいえダンジョンの階層については特定の階層に監視員がいるわけではないので下層に潜ることも可能ではある。バレた場合には重い罰則と冒険者資格剥奪もあり得るのだが毎年一定数はルール破りもいるということで。初心者が迷ったと言って下層に行き、帰らぬ人となるなんてよく聞く話しだ。
フィオは最近やっと16歳になった。
年齢制限でランクはCランク止まり。近場のダンジョンでもランク制限によって20階より下には降りることができない。
それでも十分に稼ぐことはできる。少なくとも食いっぱぐれない程度には。
しかし、フィオが求めている強さと階層にたどり着くには全然足りない。
だからずっと力を身に着けてきた。
強くなり続けてきた。
Bランクは16歳で年齢制限から開放される。
依頼数、討伐数からこうして冒険者ギルドにBランクの昇級試験を受ける資格があると認められるだけでも少ないことだろう。Cランクで中堅、Bランクでプロと言われているのだから。
「おやすみ、する……」
「お姉様。私は、お仕事を頑張っているお姉様も好きですよ」
「うぅ……」
今まで絶対に動くものかと意思表示していたのだが流石に妹にそう言われてダダなど言っていられない。
フィオは渋々重い腰を上げたのであった。
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