上 下
35 / 45
巡り合う定め

34:疑い その2

しおりを挟む
「染まってないってなにかな。俺はっ! 俺だって、ローウェンの一人だ!」
「ローウェンパーティマスターの俺よりも、外部の指示に従う奴がか?」

 アグノスの温度のない瞳は、オーラムにむけられていた。
 何も感じられないその瞳に、トルムは思わず後退る。仲間にして良い目ではない。
 巡り逢う定めとは、この世界において重要な意味を持つ。
 前世、それよりも前の縁によって結ばれる人々が巡り巡って出逢う世界。それは、まだ赤子の時から聞かされる絵本にも出てくる、この世界の当然の摂理。出逢うのは宿命。幸せを結ぶのも定めならば、不幸に落ちるのも定めなのだと。

「定めに従うか、抗うか。決めるのはお前だ」

 それは、トルムがお祖父様からよく聞いた台詞でもあった。
 世界には決まった流れというのが存在する。決まった結末に収束しようとする定めに抗うか、従うか。
 オーラムは、カルディアがパーティに入る、もしくはアグノスが居なくなるという定めの可能性に抗った。アグノスが望む望まないには関わらずに。その結果どうなろうとも、結果は背負わなくてはならない。
 話は終わったと、アグノスはホールにある館内放送が出来るボタンを押した。

「パーティハウスにいる全メンバーに通達」

 それは、落ち着いた声でありながらも、少しばかり怒りが滲んでいた。

「依頼人が襲撃された。今頃捕まっている可能性が高い。全員で依頼人の救出、及び襲撃者を潰す」

 アグノスがそう言えば、ホールに足音もなく、人影が集まってくる。
 中には気配すら感じさせない者もいて、トルムは思わずびくりと体を震わせた。

「りぃだぁ。なんで捕まっているんですかあ?」

 そういうのは殺されているのが定石でしょう。
 と、首を傾げたのは、玄関ホールを見下ろせる2階の手摺に座った小柄なエルフの少年であった。

「殺されはしない。大公の前に連れ出されるまではな」
「大公! 大物ねぇ」

 紫の波打つ長髪をかき上げながら、妖艶な美女が笑い声を上げる。
 ローウェンパーティ。現在グラディエルに依頼で赴いている者もいるので全員ではないが、それでも依頼に赴いていない者は全員この場にいた。
 ざわざわとあるものは楽しげに、あるものはつまらなそうに。そしてあるものは恐れを抱いて。

「ミスティ。探せ」

 見上げてそういえば、水色の髪の少女がぴょんっと、階下に降りてきた。

「ほいほいっと。依頼人さんの毛髪とか服とか、とか。魔力が宿った物でもなんでもいいんだけど、何かあるのかな、かな?」

 トルムよりも少し年上の少女ーーミスティはそう言って首を傾げる。
 そんな家族でもない依頼人の服や毛髪を持っているだなんて変態ではないか? と誰しもが考えた。けれど、それを口にすることはしない。
 魔力が宿った物、というワードにトルムはもたつきながらも、ペンダントをミスティへ差し出した。

「こ、これ。今日、守護の刻印魔法を刻んでもらって……!」

 トルムからペンダントを受け取ったミスティは、へぇっと声を上げる。

「うわぁ。凄い綺麗な刻印魔法! しかも守護の印も二重にしてあるし、腕のいい魔法使いさんだね、だねぇ」
「ミスティ、急げ」

 様々な角度からペンダントを眺めて興奮するミスティに、ため息混じりでアグノスは指示をする。
 そう言えばそうでしたと舌を出したミスティは、まだまだ子供の雰囲気が抜けていない。
 ミスティはこほん、と一つ咳払い。
 どこにそんな物をしまっていたとツッコミどころはあるものの、懐から王都の地図を取り出して床に敷く。
 右手に短杖を操って、左手でペンダントを揺らしながら詠唱を始めた。

【血は風。心は隼。我がミスティリオーネ・ラテスの名において命ずる。探し人の行方を示せ】

 魔法円が描き上がり、すいっと地図の上に投げればペンダントは宙に浮かんだ。
 そのまま地図の上を回転し、やがて王宮の更に奥の宮の上でピタリと止まる。

「紅宮……」

 グラジオラスが咲き誇るその宮の名前を呟いたのはオーラムか、それともトルムか。
 魔法が切れてぽとりと地図の上にペンダントが落ちる。
 それをミスティがすいっと短杖を上げて魔力で持ち上げると、持ち主であるトルムの手のひらに落とした。

「それ、とてもとても綺麗なの、なの。後でまた見せてほしい、ほしい!」

 独特な話し方をするミスティがぐいぐいと迫ってきて、トルムが目を白黒させながらも、

「き、機会があれば」

と、躱してみせる。ミスティの目は爛々と輝いており、上手く躱せているのかは謎ではあるが。
 そんな少年少女の様子を微笑ましく見ている余裕はなく、ピリッとした緊張感がはしった。
 派手な音と共に、アグノスがパーティハウスの入り口を開いたからだ。

「ローウェンは、売られた喧嘩は買う主義だ」

 依頼中に拐かされたともなれば、つまりはローウェンに喧嘩を売ったということ。

「久々に暴れるかあ!」
「ぼぼぼぼくは、ここにのこっ」
「はいはい。貴方も行くのよ」

 身軽に2階から飛び降りた少年が腕を回し、柱に隠れようとした白衣の男を紫の女が引っ張っていく。
 それぞれに年齢も、性別も。あるいは種族さえも違う。

「王宮とか、やりがいがあるかな、かなあ」
「大将が喧嘩だって言うのなら、面白いだろうよ!」

 ミスティが地図を畳んでくるりと回りながら駆ければ、その後に大男が大きな斧を担いで歩く。
 そうして、アグノスの元に、一人、また一人とメンバーが集まった。
 残ったのはトルムとオーラムだ。

「兄上……」

 ぐっと胸元を握り込んだオーラムを、トルムは心配で見上げた。
 オーラムは葛藤している。この事態を招いたのは自分であるのだから。
 このまま思惑通りに進めば、何も憂いることはない。
 けれど、アグノスは矛先を完全にオーラムから別の人物へと向けていた。
 まるで自分は端から視界にないといわんばかりに。
 いや、オーラムはただ、手のひらの上で踊らされていたに過ぎない。
 従えば、許しを得られるなどと幻をみたばかりに、こんな事になってしまったのだから。

「オーラム」

 俯いたオーラムに、アグノスは呼びかける。

「定めに従うか、抗うか。決めるのはお前だ」

 オーラムの宿命とはなにか。それは、トルムにはわからない。

「トルム。ここでいい子にしているんだよ」

 けれど、次に顔を上げたオーラムは、トルムにいつものような優しい笑みを浮かべていた。
 そして、彼は一歩一歩踏みしめて、アグノスの元へ集った。
 トルムはペンダントを握りしめながら、彼等を見送る。
 せめて全員が無事であるように、祈ることしか出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

元最強冒険者、新たな世界でも最強になる ~ゲームの知識で異世界無双~

絢乃
ファンタジー
とあるネットゲームで世界最強だった涼介は、どういうわけかゲームに酷似した異世界に転移した。 ゲームの頃と同じく剣士で最強を目指そうとする涼介だったが、細かい部分でゲームとは仕様が異なっており剣士を断念。 そこで彼が選んだ職業はイメージした物を作れる「クラフター」だった。 クラフターはゲームの頃だとゴミ扱いされていた職業。 だが異世界では微妙に仕様が異なっており、涼介の知識も加わって凄まじいことになってしまう。 これは涼介がレベル999を目指し、世界を騒然とさせる物語。 ※他サイトにも掲載予定

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

処理中です...