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巡り合う定め

33:疑い

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 荒い息遣いが人々の間を駆け抜ける。
 耳の奥で心臓の音が煩く脈打った。
 何故、カルディアは近くの冒険者に助けを求めないのか。
 何故、カルディアは地区の違うローウェンパーティに助けを求めているのか。
 そんな疑問は浮かんで泡のように溶けて行く。
 ただ、そう望まれたとおりに。

「誰か!」

 ローウェンパーティハウスに転がり込んだトルムの第一声はそれであった。

「トルム、どうした?」

 応接間から出てきたオーラムが慌ててトルムに駆け寄る。
 息を切らして、所々破けたり血が滲んでいるからか、大きな怪我はないか確認してきた。
 それらの怪我が転んだり、引っ掛けたりしたものだと分かって露骨にオーラムはホッとしつつ、いつものようにほほえみを浮かべてトルムと視線を合わせた。

「カルディアはどうしたのかな」
「カルディアが、カルディアが!!」

 胸あたりをぎゅっと握って、溢れそうになる涙を堪えて。トルムは今あったことを話そうとする。
 話すために息を吸った瞬間、チャリっとカルディアから貰ったペンダントが視界に入る。同時に、あの言葉が蘇った。

──トルム。何かが起こった時、頼るならオーラムじゃなくてアグノスになさいなぁ

 カルディアはそういった。
 トルムは吸った息を、ぐっと止める。
 オーラムに対して、トルムは今まで疑問に思ったことはなかった。
 王族でありながら、王位継承権の放棄を希望して外に出た元有力候補。
 トルムの憧れだった。目指すべき指標であった。全てにおいて縛られる王族に、冒険者という自由を得たオーラムはまさに英雄そのもので。彼がいうことは全て事実だと思っていた。
 けれど、それを覆すように、カルディアはそう言っていた。
 何故と問いかけたトルムに、彼女はなんと言ったのか。

──オーラムはだめよぉ。まだローウェンに染まっていない・・・・・・・・・・・・・からねぇ

 オーラムはローウェンパーティの一員だ。それにも関わらず、カルディアは断言していた。
 ローウェンに染まっていないとはどういう意味か、今でもよくわからない。
 しかし、何故、オーラムはトルムとカルディアが一緒に居たことを知っているのか。
 今日は家庭教師が来るはずの日で。トルムはオーラムと会う前にこっそりと抜け出したのだ。
 抜け出した先は何もカルディアのところと決まったわけではない。
 猫の溜まり場や、市場の露店、孤児院と自由に行動している。
 それに関わらず、何故、オーラムは一番にカルディアの話をしたのか。
 頭が冷えてくる。そうすれば、先程まで見えなかったことも見えてくるもので。
 そうだ。王族は自由といえど、必ず影の護衛はつく。
 今までだって危険な時はすぐにオーラムか衛兵が現れた。それは影でトルムを見守る護衛がいたからだ。
 ならなぜ、先程のタイミングで助けが来なかったのか。

「兄上。……まさか、知ってましたか」

 そう問いかけても、オーラムの微笑みは変わらない。

「今日、僕たちが襲われることを、知っていましたか!?」

 はっきりと言って、オーラムはへにゃりと眉を下げた。

「カルディアの入れ知恵かな」
「兄上!」

 オーラムの返答は肯定でしかない。
 いつも優しかった兄が、別のなにかになってしまったかのような錯覚に陥る。
 オーラムが何故、継承権を放棄したのかトルムは知らない。
 自分で宣言したものだと思っていたのだが、別の理由が存在していそうな気がした。

「なんの騒ぎだ?」

 そこへ丁度、階下に降りてきたのはアグノスであった。
 珍しいことに今日はパーティハウスにいるらしい。いつもなんの用もない日は依頼を受けて留守なのに。
 トルムはアグノスに駆け寄り、服の裾を引っ張った。

「カルディアを助けて!」

 そんな短い言葉だけで、アグノスは顔色を変えてオーラムを睨んだ。
 アグノスはSランクの冒険者だ。トルムに護衛がついていたことなど知っていただろう。
 トルムが襲われて、護衛が動かないはずがない。それなのに、トルムがこうして走ってきたということは、トルムより上の誰かの指示で護衛が離れていた可能性が最も高いのだ。

「彼女も冒険者だよ。援護は必要はない」

 オーラムの言葉はとても冷たく、なんの温度も感じない。
 トルムを振り払い、ツカツカとオーラムに歩み寄ったアグノスはオーラムを殴り飛ばす。
 鈍い音がパーティハウスに響いた。
 壁に叩きつけられたアグノスは肩を押さえながら、アグノスと相対する。

「依頼人には手を出すなと言ったはずだが?」
「俺は出してない。ただ、お祖父様の命令でトルムの護衛を下げただけだよ」

 護衛が居ないことに気づかない、そもそも護衛の存在をわからなかったカルディアに非があるとオーラムは唄うように言った。確かに彼は手を出していない。敵が潜り込みやすい状況を作っただけだ。
 冒険者ならばそれに対応するべきだというオーラムに、アグノスは静かな殺気を飛ばす。

「……お前にはやはり、ローウェンここはまだ早かったか」

 その言葉は、オーラムの矜持をひどく傷つけたようだ。
 自身の胸をグッと掴んで、オーラムは血を吐くように叫ぶ。

「俺はローウェンパーティの一員だ。お祖父様と君が認めたんじゃないか!」

 そう吠えたオーラムに歩み寄って、アグノスはオーラムの髪を掴み、覗き込んだ。

「俺はただ、お前を預かったに過ぎない。それにローウェンに入るに大公の許可など必要がない。意味がない」

 それは、トルムも初めて知ることであった。
 お祖父様──ハーフエルフであるため、650歳以上。何代も前の国王である。
 今なお存命であり、その発言力は国王を凌ぐ時もある。いつもは王宮の片隅にある庭でひっそりと暮している人だ。

「ローウェンは巡り逢う定めの者達で構成される。時が来れば集まる。ここはそういうところだ。メンバーの誰一人として、定めによって来たものを拒むことは許されない」
「カルディアも、その一人だってこと?」

 その問いかけに、アグノスは答えない。
 口端を上げてめったに見ない凶悪な笑顔。それが肯定だと言っていた。

「なら。なら、俺だってそうだろう!? 俺はここにたどり着いた。そして、メンバーの一人になった」
「だが、こうしてお前はカルディアを拒んだ。ランクが低いからか? 俺がカルディアにかまけているからか? 定めによって来た奴を拒むのは、お前がローウェンに染まっていない証拠だ」

 アグノスがはっきりと告げたことを、トルムは漸く理解した。
 カルディアは長年居たオーラムよりも、ローウェンの本質を知っていたのだ。
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