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巡り合う定め
32:襲撃
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「はっ、はっ……なん、でっ、こんなこ、と、にっ!」
少年は走っていた。
時折り人にぶつかり、時には転んで。あちこちを擦り向こうが、なんだなんだと人々が見送ろうが、一直線にローウェンパーティハウスに向かうことだけを考えていた。
汗が額を伝い、ルビーとサファイアのついたペンダントが激しく揺れる。
髪色は銀。その瞳は紫と、オーラムと同じ色であることからして、色を変える魔法は既に解けていた。
それを気にする余裕など彼にはなかった。
側にカルディアの姿はない。
*****
そろそろ帰ろうかと歩いている途中、ちらりと白猫が路地に入っていくところがみえた。迷い猫の世話をするくらい猫が好きなトルムのことだ。ふらりと路地に足を踏み入れる。
それをのほほんと眺めていたカルディアだが、白猫に違和感を覚えた。
この美しい毛並みの白猫は野良なのか。迷い猫なのか。何故、こんなところにいるのか。ガラス玉のような瞳はなんの感情も映していない。それは何故なのか。そういえば、眼球一つ、動かなかったではないか。
答えに行き着いて、カルディアはトルムが白猫に釣られて路地に入ったところで、走り出しながら手を伸ばした。
「トルム!」
カルディアには珍しい、いつになく焦った声に、流石のトルムも足を止めて振り返った。
そこはすでに相手のテリトリー。
路地裏は表通りの裏。一歩でも踏み入れれば、闇の要素が付き纏う。つまり、誘い込みには最も適した場所ということだ。
「(間に合う!? いえ、間に合わせる)──【跳べ!】」
カルディアは勢いよく杖を振って足元に魔法円を形成した。
足の裏に空気圧が集中し、爆発する。そうすることによって人間ロケットの完成である。
トルムを抱き込むように杖を持っている方の手で引き寄せ、微かな魔力の動きを感じ取ったカルディアは、杖を持っていない方の手で路地裏の奥に向けて円を描いた。
【疾風よ、護れ!】
路地裏から放たれた攻撃魔法をカルディアの魔法が弾く。
護りの魔法で防いだものの、魔力同士の衝突による衝撃波が2人を襲った。
驚いたトルムの髪と目の色を変える魔法が今の衝撃で解けたのだが、それを指摘する必要性はない。
「随分な挨拶ねぇ」
その魔力には覚えがあった。
一週間もあれば忘れていただろうが、流石に昨日の今日で忘れるはずがない魔力。
「お前の……せいで……」
余程ひどい目にあったのか、何度も梳いて気を使っていたのだろう髪は絡まり、肌は一夜にしてあちこちが擦りむけ、艶を失っている。化粧は崩れ、虚ろな眼差しの女がいた。
その周囲にいるのは、屈強そうに見える男達ではなく、黒ずくめの男なのか女なのか判断できない者達。
昨夜襲撃してきた女は、一夜にして見た目も雰囲気も変わっていた。
「後がない……殺さなきゃ……殺される……」
ぶつぶつと爪を噛んで呟く女は、既に正常な判断は出来ないのだろう。
薬か精神魔法で操られている可能性が高い。
大方、男達が目の前で拷問されて死んでいく中、カルディアかトルムを殺せば助けてやるとでもいわれたか。
路地裏を睨みつけながら、カルディアはトルムの肩を2度叩いた。
「私が引きつけるから、逃げるのよ。分かったわねぇ?」
「え、でも!」
小声の提案に、反論しようとしたトルムの肩を握って黙らせる。
「足手まといよぉ」
カルディアは一度たりともトルムを見ない。
その視線は、一挙一動を見逃さないというように、女と黒ずくめ達をみていた。
正直、屈強そうに見える男達よりも、黒ずくめ達の方が余程手強いことは容易に知れた。
全員がやや猫背で腰をかがめ、直ぐに動けるようにしている。カルディアが何かしらアクションを行えば、すぐさま襲いかかってくることだろう。そして、カルディアはその動きを追えるのかと言われれば、無理かもしれない。ありありと最悪の未来は簡単に想像出来た。
黒ずくめ達をどうにかしても、ただでさえ同じ魔法使いという立場の女がいるのだ。
この人数を相手するのにたった一人では時間稼ぎにしかならない。
それならば、トルムだけでも逃がすのは当然の流れである。
トルムの頷いた気配に少しばかりホッとしながら、カルディアは微笑んだ。
「まあ、どちらが狙いにせよ」
トンっとトルムの背中を押して、杖を構えた。
「敵には変わりないわぁ」
その言葉が合図だったように、全員が動き始める。
黒ずくめ達はトルムを狙い、女は魔法を唱え始めた。
【動くな】
こつん、と杖をつけば小さな魔法円が浮かび、トルムとカルディア以外の人間をその場に縫い止める。
「走れ! ローウェンに連絡を!」
カルディアの怒鳴り声で、トルムはハッとして走り出した。
トルムの姿が見えなくなって、ガラスが割れるような音とともに、カルディアの魔法も破られる。
別に大した魔法ではない。敵を永続に留めておけるような魔法などあり得るはずもないので、トルムが逃げるための時間稼ぎに過ぎない。
トルムを見失って、全員の敵意がカルディアに集まった。
たとえカルディアが突破されたとしても、トルムは大丈夫だと確信している。
「(問題は、トルムがきちんと忠告を覚えているか。かなぁ)」
カルディアの心の呟きは誰にも聞こえない。
そして、冒頭に戻るのである。
少年は走っていた。
時折り人にぶつかり、時には転んで。あちこちを擦り向こうが、なんだなんだと人々が見送ろうが、一直線にローウェンパーティハウスに向かうことだけを考えていた。
汗が額を伝い、ルビーとサファイアのついたペンダントが激しく揺れる。
髪色は銀。その瞳は紫と、オーラムと同じ色であることからして、色を変える魔法は既に解けていた。
それを気にする余裕など彼にはなかった。
側にカルディアの姿はない。
*****
そろそろ帰ろうかと歩いている途中、ちらりと白猫が路地に入っていくところがみえた。迷い猫の世話をするくらい猫が好きなトルムのことだ。ふらりと路地に足を踏み入れる。
それをのほほんと眺めていたカルディアだが、白猫に違和感を覚えた。
この美しい毛並みの白猫は野良なのか。迷い猫なのか。何故、こんなところにいるのか。ガラス玉のような瞳はなんの感情も映していない。それは何故なのか。そういえば、眼球一つ、動かなかったではないか。
答えに行き着いて、カルディアはトルムが白猫に釣られて路地に入ったところで、走り出しながら手を伸ばした。
「トルム!」
カルディアには珍しい、いつになく焦った声に、流石のトルムも足を止めて振り返った。
そこはすでに相手のテリトリー。
路地裏は表通りの裏。一歩でも踏み入れれば、闇の要素が付き纏う。つまり、誘い込みには最も適した場所ということだ。
「(間に合う!? いえ、間に合わせる)──【跳べ!】」
カルディアは勢いよく杖を振って足元に魔法円を形成した。
足の裏に空気圧が集中し、爆発する。そうすることによって人間ロケットの完成である。
トルムを抱き込むように杖を持っている方の手で引き寄せ、微かな魔力の動きを感じ取ったカルディアは、杖を持っていない方の手で路地裏の奥に向けて円を描いた。
【疾風よ、護れ!】
路地裏から放たれた攻撃魔法をカルディアの魔法が弾く。
護りの魔法で防いだものの、魔力同士の衝突による衝撃波が2人を襲った。
驚いたトルムの髪と目の色を変える魔法が今の衝撃で解けたのだが、それを指摘する必要性はない。
「随分な挨拶ねぇ」
その魔力には覚えがあった。
一週間もあれば忘れていただろうが、流石に昨日の今日で忘れるはずがない魔力。
「お前の……せいで……」
余程ひどい目にあったのか、何度も梳いて気を使っていたのだろう髪は絡まり、肌は一夜にしてあちこちが擦りむけ、艶を失っている。化粧は崩れ、虚ろな眼差しの女がいた。
その周囲にいるのは、屈強そうに見える男達ではなく、黒ずくめの男なのか女なのか判断できない者達。
昨夜襲撃してきた女は、一夜にして見た目も雰囲気も変わっていた。
「後がない……殺さなきゃ……殺される……」
ぶつぶつと爪を噛んで呟く女は、既に正常な判断は出来ないのだろう。
薬か精神魔法で操られている可能性が高い。
大方、男達が目の前で拷問されて死んでいく中、カルディアかトルムを殺せば助けてやるとでもいわれたか。
路地裏を睨みつけながら、カルディアはトルムの肩を2度叩いた。
「私が引きつけるから、逃げるのよ。分かったわねぇ?」
「え、でも!」
小声の提案に、反論しようとしたトルムの肩を握って黙らせる。
「足手まといよぉ」
カルディアは一度たりともトルムを見ない。
その視線は、一挙一動を見逃さないというように、女と黒ずくめ達をみていた。
正直、屈強そうに見える男達よりも、黒ずくめ達の方が余程手強いことは容易に知れた。
全員がやや猫背で腰をかがめ、直ぐに動けるようにしている。カルディアが何かしらアクションを行えば、すぐさま襲いかかってくることだろう。そして、カルディアはその動きを追えるのかと言われれば、無理かもしれない。ありありと最悪の未来は簡単に想像出来た。
黒ずくめ達をどうにかしても、ただでさえ同じ魔法使いという立場の女がいるのだ。
この人数を相手するのにたった一人では時間稼ぎにしかならない。
それならば、トルムだけでも逃がすのは当然の流れである。
トルムの頷いた気配に少しばかりホッとしながら、カルディアは微笑んだ。
「まあ、どちらが狙いにせよ」
トンっとトルムの背中を押して、杖を構えた。
「敵には変わりないわぁ」
その言葉が合図だったように、全員が動き始める。
黒ずくめ達はトルムを狙い、女は魔法を唱え始めた。
【動くな】
こつん、と杖をつけば小さな魔法円が浮かび、トルムとカルディア以外の人間をその場に縫い止める。
「走れ! ローウェンに連絡を!」
カルディアの怒鳴り声で、トルムはハッとして走り出した。
トルムの姿が見えなくなって、ガラスが割れるような音とともに、カルディアの魔法も破られる。
別に大した魔法ではない。敵を永続に留めておけるような魔法などあり得るはずもないので、トルムが逃げるための時間稼ぎに過ぎない。
トルムを見失って、全員の敵意がカルディアに集まった。
たとえカルディアが突破されたとしても、トルムは大丈夫だと確信している。
「(問題は、トルムがきちんと忠告を覚えているか。かなぁ)」
カルディアの心の呟きは誰にも聞こえない。
そして、冒頭に戻るのである。
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