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巡り合う定め

31:市場の露店

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 空が白み始める頃。
 頬に当たる柔らかい感触が離れ、少しして出ていく気配を感じた後、瞼を開ける。何も身に着けていない肌をシーツで隠しながら起き上がれば、アグノスは既に居ないかった。
 カルディアの結界から出ていった気配もするので、彼はパーティハウスへと帰ったに違いない。
 温もりの残る隣をそっと撫でて、カルディアは再び横になった。
 今日はまだ、一人で行動する日だから。だから、また明日。
 そう心のなかで呟いて、2度寝としけ込んだ。

「今日はついてくぞ!」

 そう言って、朝食の席にやってきたのは、トルムだけだった。
 朝食を摂っているカルディアの対面に断りなく座り、朝食が終わるのをそわそわと待っている。
 オーラムが現れなかったのを意外に思うものの、カルディアは朝食をゆっくりと摂った後、トルムを連れて依頼を受けに行った。
 トルムを外には連れていかない為、必然的に王都内での仕事となる。
 古い教会の掃除と聞いて、トルムは面白くなさそうにしているものの、いざ始まると一緒に掃除をし始めるのだから、素直ないい子であるに違いない。
 建物内は風の魔法を使って塵を集め、外壁は高圧洗浄機をイメージした魔法を組み上げて長年蓄積した汚れを落としていく。元々は白く美しい壁であったのだろう。魔力の調子も良いカルディアは広範囲を一気に洗浄していく。魔力の巡りが良いと、魔力制御が大分楽になるのである。
 魔力の調子が良い理由もカルディアは分かっている。昨夜完全に魔力がこの世界に染まったからだ。
 異界の魔力とこの世界に存在する魔力を馴染ませて、この世界の魔力へと変換する作業は毎日していないと本来は数ヶ月は余裕でかかるもの。カルディアは数日籠もって読書をしつつその作業をしていたので、大幅に短縮していた。1ヶ月で魔力を馴染ませきるつもりだったから都合がよかったのだ。
 それよりも更に手っ取り早い方法がある。
 この世界の者とキスなどで体液を交換することで魔力を取り込むという方法が最も手っ取り早いが、流石にその方法をとるほど切羽詰まっていたわけではない。目的ではなかったが、昨夜で残りの魔力も変換されたとはそういうことだ。元々あと一週間ほどで馴染む魔力が早く馴染みきっただけなので誤差でしか無い。

「それはどうやるんだ?」

 茶色がかった壁がくっきりと綺麗になっていく様に、トルムは目をきらきらとさせながら、魔法を教えてほしいと強請ってくる。

「魔法の勉強は今なにをしているのかしらぁ」

 トルムの授業スピードによっては、魔法を教えない方が良いこともある。
 魔力制御すら満足にできないオリビアに比べたら大分頑張っているようで、生活系の魔法なら教えても教師を困らせることはないだろうと判断する。高圧洗浄機が生活系魔法に入るかは謎だが。

「約束。人には向けないこと。下手をしなくても大怪我になるわよぉ」
「大怪我?」
「簡単に言えば、抉って殺せるわねぇ」

 異界の墓石も水を使って掘っているように、水圧というのはとても強い力を持っている。
 勿論、どんな魔法であれ、危険なものには違いない。そもそも魔法を人に向けて打つのは子供のすることだと、10歳くらいのトルムが言うのは少し面白い。危険をきちんと伝えれば、トルムは頷いて約束した。
 カルディアよりも魔力量のあるトルムだ。技術さえ身につければ、色々な魔法を自分で組み立てることもできるだろう。
 魔法円とトルムが使う為の詠唱を教えて、ほんの少しの壁に試させる。

「面白い!」

 新しい魔法というのは心躍るものである。
 二人がかりで行った掃除はあっという間で、依頼人の司祭は大層喜んでくれた。
 それに照れて、カルディアの後ろに隠れるトルムはまだまだ子供らしいところもある。

 報告に行った後は手伝ったトルムに遅い昼食とデザートを奢ってお礼した。ギルドに登録できない子供に報酬として金銭を渡すのはギルドの規約に反する為だ。
 それから2人で市場で露店巡りをしていると、アクセサリーを扱う露店で立ち止まる。

「なんだなんだ」
「面白いものを見せてあげましょう」

 顔を覗かせてくるトルムの目の前で、平たくカットされたルビーとサファイアのペンダントを買う。銀を蔦柄に細工した入れ物の中に、ルビーとサファイアが入っているペンダントを片手で持った。

【血は風、心は嵐。そして願うは護り。我がカルディアの名において命ずる。汝はその要なり】

 くるりと杖を回して、魔法円を形成する。
 杖を使用することで効率は違う。流れる魔力の調整も、宝石が壊れないように施すのも朝飯前だ。

【守護の印】

 おぉ、と感嘆の声をあげたのは露店主。
 温かな光が溢れて、宝石に集まっていく。
 やがて魔法円はそれぞれの宝石に吸い込まれ、刻印として刻まれた。これを、刻印魔法という。

「はい、プレゼント」

 そう言って、トルムの首にかけてやる。

「え、へ!?」

 目を白黒させながら、トルムはペンダントとカルディアに視線を行ったり来たりさせる。
 先に声をあげたのはカルディアでもトルムでもなく、露店主だった。

「これは見事な刻印魔法だ。久々に良いものを見せてもらったよ」

 露店主がそう言ったので、それほどでも無いとカルディアは手を振る。
 実際に刻印したのは守護の刻印魔法一つだ。刻印魔法はいくつか重ね掛け出来るものの、人が見ている前でするようなものではない。身に付けるものなら尚更である。カルディアが持つ杖のように、普段から身につける刻印魔法というのは奥の手とも言えるのだから。

「こ、こんなの、いいのか!?」
「いいのよぉ。いい暇潰しに付き合ってくれてるお礼」

 昼食も奢ってくれたのにもらいすぎではないかと謙遜するトルムに、罪悪感が芽生える。そんなに質の良い宝石ではなかったのでそもそも重ねがけは出来なかったのだ。精々それぞれに1つずつ軽い魔法を刻む程度だ。そんな簡単なものですまないと心の中で謝った。

「大した刻印魔法じゃないわぁ。本当ならそこに解毒効果とか、対魔法弱体とか、色々付けたいところだけどぉ」
「いいいいいらぬ! そんな重ね掛けした刻印魔法付きのものを貰っては、兄上になんと言われるか!」

 首が取れるのではないかと思うほどに振ったトルムに、口調が戻っていると指摘しながらカルディアは笑った。

「トルム。何かが起こった時、頼るならオーラムじゃなくてアグノスになさいなぁ」

 なら貰ってくれるね、と押しつけて。再び歩き出したとき、カルディアは忠告する。

「あに……にいちゃんじゃなくて?」
「そう。オーラムはだめよぉ。まだローウェンに染まっていない・・・・・・・・・・・・・からねぇ」
「なんでそんなことを言うんだ?」

 自分の兄が貶されたと少しばかりむくれるトルムに、カルディアは首を振った。
 言っても理解されないことが分かっているから。前世で王族であり、ローウェンギルドにいたカルディアだからこそ言えること。その名を受け継いでいるのなら、ローウェンがローウェン足りえる条件がある。

「いいから。覚えてなさい。オーラムではなく、アグノスよぉ」

 首をかしげるトルムに、念押ししておく。

「(今日は護衛が一人もいない。なら、今日ということでしょうねぇ)」

 盗み見ている気配はただ一つ。それも、護衛のような気配ではなく、気配が薄いことからしても密偵だと思われる。王族に対して護衛が居ないというのは、なにか起こしますという宣言をされているようなものだ。たかがFランク冒険者が気付くはずないと思われているのか、相当舐められている。
 故に、トルムに万が一ないように守護の刻印魔法がついたペンダントをつけさせたのだから。
 それはそれ。これはこれ。と、夕刻まで、トルムとカルディアは市場廻りを楽しんだのだった。
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