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巡り合う定め

26:一人の日 その3

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【爆ぜろ】

 再び、カルディアは戦闘態勢に入った。
 杖を主軸にざっと足で円を引いて、手をスライドさせる。
 線と手の軌跡に魔力が乗り、たった一挙動の間だけで2つの魔法円が完成した。

 さて、ここで魔法円を描く、ということをきちんと説明するならば、まずは実際にどのように魔法円を描いているのか説明をする必要がある。
 魔法円には二通りの描き方が存在する。
 ひとつは、指先だけに魔力を込めて魔法円を実際に描く方法。それは始めて間もない魔法使いが魔力操作の基礎として覚えるために使う手法だ。そのまま速さを極めてしまうものも少なからずいるので、基本とはいえ中々に馬鹿にできない。
 もうひとつは、一気に魔力を流して魔法円を描き上げる方法。一方が指で魔法円をすべて描くのに対し、こちらは一挙動だけで魔法円を描くーーまさに今カルディアが行こなった方法だ。
 別に魔法円は指で描くだけが全てではない。要は『魔力』で描くことが大切なのである。
 一挙動だけで魔法円を完成させる。見た目は簡単なように見えて、指という一点に集中しやすいペンで描くのではなく、導火線に火をつけた勢いで魔法円が完成するようなものだ。一点で描くのではなく、トリガーとなる『円を作る』挙動だけで外側から内側に一気に完成させて、漸く一人前と呼べる。
 詠唱破棄を行うものであれば絶対に知る知識だ。

 ただ、カルディアはその方法で2つの魔法円を完成させたものの、それを行うには両方の魔法円に寸分違いもなく同じ量の魔力を流し、同時に完成させなければならない。
 敵対する女が同じことを出来るかと聞かれれば、恐らくは無理だ。
 その証拠に、そんな魔法円の描き方を知らないのか、驚きと恐れの声が上がる。

「な、なんだあれ!」
「やばいんじゃないか!?」
「相手はFランクだ! 幻術に決まってる」
「そうだ。魔法が完成する前に攻撃すれば!」

 そう口々に叫ぶ男たち。
 残念ながら、体で円を描き終わる頃には、魔力によって2つの魔法円は完成している。
 流石に2つの魔法円を同時に待機状態にさせるとなると、より繊細な魔力操作が必要となっていく。同時に使用する魔法の数が多ければ多いほど、完成が同じになるように描かなければならないからだ。カルディアもほんの少し詠唱で時間稼ぎが必要なのだが、杖のおかげで大分楽になっている状態である。

「やめな!」

 魔法が待機状態であることを理解している女が止めても、恐怖に駆られた男たちが止まるわけがない。
 恐怖の前に理性なんて脆いものだ。
 ただ、口だけの戦場で満足していればよかったものを。相手の力量も計れずに、感情だけで動くから恐怖なんて感情に心を揺らされるのだ。討伐や護衛経験しかない、本物の戦場を体験したことがない子供に、大人げないとは思いながらも。
 戦うときは心をゆらしてはならない。
 誰が傷ついたとしても、何が起こったとしても。自分の成すべきことをする。
 それが、唯一生き残る術。
 それを知らない赤子なんて、カルディアの敵ですらない。

【そして、惑え】

 これは、授業料だと心のなかで告げながら、魔法を起動する。
 別に難しいことはしない。先程の復習だ。
 足元に小さな爆発を起こして驚かせ、火の矢で追撃する。
 本物の火の矢では殺してしまうので、追撃は幻影だが、痛みを感じる幻影だ。
 人間というものは視覚に見えるものは実際に攻撃を受けていなくても、そう視えてしまえば攻撃を受けたように痛みを感じるものである。流石に自分が『死んだ』と思い込んでしまうのは衰弱死の可能性があって危険なので、きちんと急所は外してある。カルディアからすればとてもサービスした方だ。

「ぐあっ」
「ぐっ」
「ぐべらぁ!」

 それぞれ苦悶の声を上げながらのたうちまわる。幻覚の痛みで早々は立てないことであろう。
 幻覚を幻覚だと認識するか、幻覚を解除すれば痛みは消えるが、彼等はその痛みを実際に体験していることだと錯覚している。戦闘経験が浅い証拠だ。

「仲間はお休みしたわねぇ。貴女は、どうするぅ?」
「こっのっ。バケモノ……!」

 女は憎悪の眼差しをカルディアに向けて、魔法円を描く。
 口だけではなく、それなりに実力はあるようで。
 くるりと円を空中に描けば、女の前方に魔法円が出現していた。

【穿て!】

 地面から出現した矢がカルディアを襲う。
 けれど、起動した魔法円を視ているカルディアは、慌てることなく杖をただ、構えるだけ。

【狂い咲け】

 杖の先から女の魔法は幻の花弁へと姿を変える。土属性だからか、光ってはいるものの、前回とは違って明るい土色の花弁だ。この魔法は属性によって花弁の色が違うのも特徴的な部分である。
 相手の魔法に合わせて、実技テストの時に使用した魔法の下位互換で対応できた。

「ひゅっ」

 女の喉が鳴る。彼女はカルディアの実技テストを見てもいないし、どんな魔法を使うか情報すら集めていないのだろう。
 完全に無効化された魔法に、今度こそ得体の知れないなにかを見る目でカルディアを見た。一般論として、カルディアよりも何倍も整った顔立ちの女は、畏怖によって醜くその表情を変えている。
 前世では、何度も見たことのある表情だ。その顔に、元の美醜は関係ない。

「ねぇ」

 カルディアは女の目の前に歩み寄って、腰を抜かしてしまった女の顎を杖の先で持ち上げてやる。

「死にたい?」

 そう問いかければ、

「あ……あぁ……」

女は言葉を発することさえ、出来やしない。
 女の目の前には【死】が広がっていた。
 どうしようもない、Sランクの魔物を目の前にしたような絶望を宿して。
 ただ、アグノスに守られていると思っていたFランクのカルディアを、どうにかできると本気で思っていたのだ。
 浅はかで、愚かな女。

「なにをしている!」

 ガシャガシャと音を鳴らして、人が駆けてくる。
 この国の象徴印が刻まれた武装でやってきた王都内を巡回する衛兵は、カルディアと女たちを見て、眉をひそめた。

「大規模な魔法を感知した。王都内での殺人は禁止されている!」

 明らかに有利な立ち位置にいるカルディアを睨んでそう言った衛兵に、カルディアは今更来て何をいうか。と言わんばかりに溜息をつく。
 指を鳴らして、男たちの幻も解いてやる。
 魔法が解ければ、実は怪我を一つもしていない男達は、自分の今の状況がわからないようで、そのまま失神している者もいれば、自分を貫いたはずの幻の矢を探している。

「見なさいなぁ。多勢に無勢の状況で、相手は返り討ちにあっただけ。死者は1人も出てないわぁ」

 何か問題でも。と、言いたげなカルディアに周囲を見回したその衛兵は肯いた。

「状況としてはそのようだが、相手も戦意損失しているようだし、戦う必要はあるまい。取り敢えず事情を聞くから、双方詰所まで来てもらいたい」

 ここで抵抗すれば心証が悪くなるため、カルディアも女達も素直に従う。
 やがて馬車がやって来て、各々馬車に乗せられて出発する。こんな大人数、途中で気が変わったと言って暴れられても困るため、対魔法使い用にも改良された特別な馬車での護送だ。
 女達とは違って1人だけ馬車に乗せられたカルディアは、異界で言う警察の役割を持つ衛兵は大変だなぁと思うくらいだった。

 カルディアが乗った馬車だけ違う方向に向かったと気付いたのは、大分後になってからだったが。
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