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巡り合う定め

21:ドワーフの店

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 魔法を扱うものが持つイメージの強い武器。それが杖である。

「本来、魔法を使うのに杖なんて必要無いわぁ」

 討伐依頼を受ける前に用意しなかった程度には、カルディアにとって重要度が低いにも関わらず、何故必要になったのか。と、聞いたアグノスへカルディアは首を振った。

「魔力の伝導率を上げて魔法円を描きやすくするため、だったか」

 んー、と考える素振りを見せたカルディアは、確かにその側面も存在する、と、歯切れ悪く答える。
 この世界で存在する生物には必ず魔力が存在する。
 この世界において、魔力というのは、生命活動をする上で空気と同じように必要なもの。この世界に住む人々は無意識のうちに、宛ら空気のように漂う魔素を取り込み、魔力へと変換する事で、漂う魔素と絶妙な具合で均衡をとり、この世界で生きることが出来る。
 故に、稀に生まれる魔力なしや魔素を取り込めない体質は、1週間も生き長らえることが出来ない。魔素が全く存在しない世界から来た異界の落とし子も同様である。彼らは魔素を魔力に変換することが出来ずに、魔素中毒を起こして亡くなる。
 そう考えれば、カルディアが生まれた異界が忘れ去られたとはいえ、魔素が存在する世界で良かったとも言える。

「それもあるけどぉ。本来、杖は奥の手なのよねぇ」
「奥の手?」
「そう。見てみて」

 やや近場にいる魔法使いを見遣る。
 屈強な男と共にいる細身の男は、その手に背丈ほどもある杖を持っていた。

「本来、杖というのは、ああいう宝石がついたもので。唯、魔力の伝導率が高い木を削っているだけの杖は、謂わば見習い用ねぇ」

 細身の男が持っている杖は、赤い宝石が埋め込まれていた。アグノスから見たところ、Bランク冒険者であればよく持っているような、少し装飾の入ったその杖である。
 どんな杖を素知らぬ他人が持っていようと興味がないカルディアは似たような杖を持つ者がいても気に留めない。同じデザイン、宝石の種類というのは、需要と供給が上手く整っていれば、勝手にすればいいという考えだ。ただ、自分に合っているかはきちんと判断出来るならの話だが。
 600年前にも量産型の杖はあった。なにせ動乱の時代だ。今よりも粗悪品だって出回っていた。
 それを考えれば、似たような杖があちらこちらで使われていても、上等なものに見える。

「ギルドの水晶があるでしょう。鑑定用の」
「あるな」

 さらに例を出せば、即座にアグノスは頷いた。
 生物の魔力というのは、時折成長するものである。命の危険が迫っている時であったり、魔力暴走を起こした時であったりと理由は様々だが、それ故に定期的に冒険者ギルドでは適正検査が行われると、規約に記載があった。
 アグノスからしてみれば、見慣れた例えやすいものだ。

「魔法刻印は基本的にあんな感じで、宝石へ刻み込むわぁ。木よりも魔法の相性がいいからねぇ」
「伝導率は木の方がいいんじゃ無いのか」

 魔法を行使するにあたって、伝導率の良い方が魔法を使い易いのは確かなこと。
 けれど、伝導率だけを考えて、魔術刻印を施すのが難しい水晶を材料にする訳がない。
 人差し指をくるりと回しながら、カルディアは説明する。

「まず、分けて考えなきゃいけないの。木は、魔法円を完成させるのに適した道具。宝石は、完成した魔法を保管するのに適した道具ってねぇ」
「そう言われると役割が全然違うな」

 簡単に言えば、木は行動を起こすのに適した補助器具で、宝石は完成品を保存する箱のようなもの。全く用途が変わってくる。

「宝石に魔法刻印を刻み込んでおけば、いざという時決めておいた行動や言葉で魔法が発動する。謂わば、詠唱破棄の魔道具ってところかしらぁ」
「なるほど」

 真剣に頷くアグノスを見て、少しばかりカルディアは吹き出してしまった。

「ちょっと、Sランク冒険者さんがなんで知らないのぉ?」
「そんな使い方されたことがないからな?」

 からかい混じりに聞けば、真顔で聞き返される。
 Sランクになるまで、多くの依頼をこなしてきた中に、魔法使いと組むことや戦うことだってあったに違いない。もしくは彼自身が魔法を使える可能性だってカルディアは考えていた。
 しかし、アグノスは戦闘で魔法を使わない。それどころか、この世界における魔法に関しては深い知識を持ち得ていない。それほどまでに剣に傾倒してきたのか、それとも、他になにか理由があるのか。
 もしかすると、興味がないから知らないだけかもしれないが。異界で生活していたカルディアも、身近にあった携帯やエアコン、パソコンという代物がどういう原理で動いているかなんて知らない。電気が必要なことなんて、こちらの世界からすれば、杖を使うのに魔力が必要、くらい当たり前なことだ。
 生まれる前からあるもの、皆が当然のように使っている『当たり前』に、興味を抱いて知識とする人種はそれほど多くはない。
 丁度そこで目的の店について、カルディアは扉を開けた。

 チリンチリン、と扉に付いたベルが鳴る。
 店内は人の気配がなく、床の軋む音がやけに大きく聞こえた。埃っぽいと思うのは、決して冒険者達の出入りがあるからではない。古びたカウンターには何度も修理した跡が見られ、貧乏性というよりも、無精者のそれが見え隠れしている。壁には見えやすいように杖が飾られてはいるものの、基本的には木箱に同じような杖が乱雑に入れられていた。
 この店でいいのか、というアグノスの視線は黙殺することにする。

「はい。ただいま!」

 慌てたような、若い娘の声がカウンターの奥から聞こえた。
 暫く、何かを落とすような音や、小さな悲鳴等が聞こえつつ待っていると、鼻頭を黒くした、ツナギ姿の娘が現れる。
 傷んでろくに手入れもしていない長い茶髪を三編みにして邪魔にならないようにしており、新緑を思わせる瞳は、ぱっちりと大きく愛嬌があった。年の頃は14か16あたりだろうか。背はカルディアよりも低いくらいで、まさに今裏で作業をしていましたと言わんばかりに薄汚れている。
 特筆すべきなのは、その耳が短く、少し尖っていることだ。明らかに人間ではない、けれど、人間に近い娘は、カルディア達を見て、可愛い笑顔を見せた。

「いらっしゃいませ!」

 ハキハキとした声は、きっと客受けがいいことだろう。
 客の前に出る姿ではないが、特に指摘をすることなく、本来の目的を告げる。
 この店は昔からそういう店だ。

「杖を用立てないのだけれどぉ」
「お客様。失礼ですが冒険者ランクはどれほど……あ、Eランクの方なんですね。でしたら、こちらの杖がおすすめです」

 無言で差し出したギルドプレートを見て、木箱の中に入った杖を案内される。
 ひと目見て、触ることなくカルディアは首を振った。

「ダメね。Eランクって見習いなの? それとも馬鹿にしてるぅ?」

 案内された杖は、先程アグノスに説明した、宝石もなにもついてない『見習い用の杖』だったからだ。
 少し下がった声音は、カルディアが明らかに不機嫌であることを告げている。
 この世界に着てからいつだって余裕そうに相手をおちょくっていたカルディアにしては珍しい反応だと、アグノスは片眉を上げた。何も言わないのは、口を挟むことではないと判断したからだろう。

「馬鹿にだなんてそんな……あ、ちょっと!」

 慌てる娘を無視して、カルディアはカウンター近くの棚にあった杖を手に取る。
 木箱に入れず、棚に飾ってある宝石付きの杖だ。青色の宝石がついており、魔術刻印が施される前の状態で、杖の部分にはオシャレな花の細工があった。
 しかし、手にとった瞬間、カルディアは汚物を見るような視線を落とす。

「こんな駄作……誰が作ったのかしらぁ」
「駄作だなんて!」

 カルディアの言葉に娘は憤慨する。
 娘が怒るのも無理はない。初めてくる客が、商品をあろうことか駄作とこき下ろすなど失礼極まりないことだ。
 たとえ、それが量産型のーー習作であったとしても。

「ティオルネは確かに魔力の伝導速度調整がしやすい杖向きの木だけど、調整が酷すぎる。こんな調整の仕方をした杖なんて、使ったら暴発しちゃうじゃない。宝石だけ取って薪にしたほうが余程役に立つわぁ」
「そんな言い方……!」

 魔法使いが扱う杖は、木を削っただけでは杖とは到底呼べない。
 専門職が木を削り、杖として使えるよう木の魔力を調整して作るものだ。
 半端者が作った杖は魔法の暴走を誘発するため、量産品であろうが弟子が作ったものであろうが、きちんと工房主が管理することが義務付けられているはずである。それは、今も昔も変わらないはずだ。

「こんなものを置くなんて、店の恥よぉ」

 それは冗談でもない、単なる事実だ。
 カルディアは杖を娘へ放り投げる。
 取り落とすことはなかったものの、カルディアに文句を言おうとした娘は息を呑んだ。

 何故、気付かなかったのか。
 緩く赤に染まったカルディアの瞳から、娘は目を逸らせられない。

「くぉら! サティア!」

 カウンターの奥から聞こえた怒号に、固まった空気は流れ出す。
 娘ーーサティアを怒鳴りつけた主は、床を踏み鳴らして登場する。
 カルディアほどはあるものの、ずんぐりむっくりと呼ぶにふさわしい体型の店主は、サティアと同じように黄緑の瞳をしていた。髪は剃っているのか坊主で、伸びたひげを三編みにしており、短く尖った耳に、目元の隈が特徴的だ。

「お前、なんちゅうものを店に並べたんだ!」

 ドワーフ。そういう種族も、この世界には存在する。
 職人気質なところがある種族で、この世界においてその寿命は700年ほど。人間とエルフの寿命の丁度間くらいだ。
 ただ、彼らは子供を為せる次期が短く、無事に成長出来る子供も半数程度のため、人間や獣人ほど数がいるわけではない。決して少ないわけではないが、人間からすれば多いというわけでもない。

「でも、お祖父様」
「でももへったくれもねぇ。店ってぇのは、信用で成り立ってるんだ。認められてもいない自分の作品置いて、間違って買われて。杖が原因で死なれても責任とれんのか!」

 全くの正論で怒られたサティアは、目尻に涙を浮かべて、杖を強く握りしめながら走り去る。
 店主はぐるりと店を見回した後、カルディア達に頭を下げた。

「すまねぇ。俺の監督責任だ。きつく叱っておく」
「まあ、あの程度の杖を見抜けないようじゃあ魔法使いとして3流もいいところよぉ。あの杖を選んだら、使わなくても死ぬような未熟者でしょうねぇ」

 くすくすと笑うカルディアの瞳はすっかり黒へ戻っていた。
 サティアの行動も、子供が大人のマネをして作ったものをこっそり紛れ込ませたようなものだ。
 少し魔力を流せば、杖がおかしいこともわかる。
 それを見抜けないのは、魔法使いにとって見習いか3流以下の実力でしかない。

「まあ、そうなんだが。店の信用もあるから。取り敢えず、紛れ込んでいるのがあれだけでよかった」

 くるりと見回しただけで、サティアの作品がないことを判別した店主は、はあ、とため息をつく。
 ドワーフに職人が多い理由の一つに、種族として生まれたときから備わっている魔眼に近い瞳が挙げられる。
 簡単に言えば、剣や杖、建物などの生き物以外の物質における魔力の流れをうっすらと見ることが可能な瞳。ウォーレン王族の直系が保有する魔眼の下位互換と言えばいいのだろうか。その精度は個人によると言われているが、魔眼には至らないレベルのうっすらとした視え方らしく、魔眼とは呼ばれない。

「お詫びにおまけしよう。欲しいお嬢ちゃんの杖でいいのか?」
「Eランクだと言えば見習い用を案内されたのだけど、なにかいいのがあるかしら」
「……重ね重ねすまねぇ。こっちに来て測定してみてくれねぇか」

 重い溜息を吐いて謝った店主は、カウンターに水晶を置く。
 それは冒険者ギルドにあった水晶とは別もので、言われるがまま魔力を流しても何も変化はしない。球体の、魔法的処理を行っていないただの水晶である。魔力を流している様を、見るのに適した透明な宝石が水晶であるというだけで、恐らくは深い意味はないのだと思う。
 店主はその様子をふんふん言いながら見つめて、暫くすると、ストップをかけた。

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