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巡り合う定め

20:スライム狩り

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 あれから数日。トルムが現れることなく、カルディアとアグノスは王都から少し離れた場所の依頼をこなしていた。

【貫け】

 簡略化した魔法円と詠唱は緻密な魔力操作が必要となるものの、殆ど苦労する事なく氷の矢がスライムの核を貫いて仕留める。
 この世界のスライムは、人里から割と近い場所に生息する弱い魔物の一種だ。ゼリーのような手触りだが、片栗粉を水で溶かしたようなドロドロとした見た目の為、可愛いからは程遠い。
 低ランク冒険者の稼ぎ頭であるスライムは、近づけば強力な酸を発するものの、カルディアのように魔法を使えたり、酸を発する前に剣で核を仕留めさえすれば割と簡単に倒せる。その粘液は特殊な液体を使えば防具の保護液として使えるし、核は討伐の証となるのだ。低ランク冒険者が討伐するだけあって、その利益は低いものの、数をこなせばそれなりの稼ぎとして知られている。
 本日25体目のスライムを倒して、カルディアは採集を済ませると、大きな伸びをして見せた。

「Eランクの討伐依頼では話にならないな」
「でも、下積みって大切よぉ。他の人の為にこれ以上の乱獲は良くないだろうけど、どれだけ魔力が馴染んだかはやっぱり実践が1番だしねぇ」

 一応護衛と指導という立場で付いてきているものの、アグノスは完全にお飾り状態となっている。本来ならば新人で組んで行うべき数の倍を1人で済ませてしまっては出る幕もない。
 また、王都近くの狩場は新人用に必要以上の低ランク魔物の乱獲が禁止されている為、カルディアもそろそろ引き上げるつもりではあった。

「んー?」
「どうした」

 右手をもにもにするカルディアは、アグノスの問いかけに首を傾げた。

「なんか、物足りなくてぇ」
「まだ討伐するのか?」
「そういうのじゃないのぉ」

 右手を再度もにもにと広げたり閉じたりしていると、思いついたのかカルディアは声を上げる。

「杖。杖買いましょう」

 割と大真面目に言うものだから、アグノスは暫し黙ってしまった。
 杖というのは、魔力を制御する触媒でもある。自分の魔力を魔力伝導の良い杖に通して魔法円を描く事で、より精密な魔法を使えるようになるとアグノスは何かの本で読んだので、カルディアの言い分もわかる。カルディアは見たまま、非力な女性なのだから。
 しかし、今更という感想もある。
 そういった準備は外へ出る前にしておくものだ。王都内の依頼であっても、杖があったほうがその役割的に便利なはず。
 それなのに、今という今までどうしたら忘れていられるのだろうか。
 ナイフくらいは持っているとアグノスは思っていたが、もしかすると丸腰の可能性も否定できない。

「今からか?」
「流石に。明日付き合ってくれるかしらぁ」

 時刻は夕方。これから報告に行くと、大抵の店は既に閉店しているはずだ。
 翌日の予定を決めながらギルドに向かう。

「お疲れ様です。スライムの核25個の報酬はこちらとなります。確認をお願いします」

 夕方というのは朝から依頼に出ていた者も報告に来る時間のため、かなりの人混みである。
 報告カウンターもその時間だけは増設されて、報酬も間違いのないように丁寧に対応して貰う。人混み解消のため、複数人で受けている場合は、基本的にリーダー役が報告を行っている為、どちらかといえば待っている人数が多くてごった返している印象だ。

「確かに。ありがとうねぇ」
「依頼評価も高く、討伐依頼もこなされていらっしゃいますし、近々ランクアップの話でお声掛けさせて頂くことがございますのでご了承くださいませ」
「わかったわぁ」

 手続きを済ませて報告カウンターから離れようとしたところで、カルディアはぐっと腕を引かれた。

「お前!」

 それはカルディアの後ろに並んでいた少年である。
 一般的な茶髪に空色の瞳の少年を、どこかでみたような気がしながらも、物理的に引き留められた為、カルディアも立ち止まる。

「1人で25匹も狩れるわけがないだろ。Sランクに手伝ってもらって不正してるんじゃないか!?」

 睨みつけてくる少年の怒鳴り声に、この人数でこれほどまで静かになるものかと思うほど、ギルドは静まり返る。誰一人冒険者は口を開く者はなく、受付嬢達は展開についていけていない。
 動こうとしたアグノスを視線で制して、少年に相対した。

「言いがかりもいい加減にしたらぁ? スライムなんて、一撃で倒せるものでしょう」

 手を振り解いて戦闘になど時間をかけないと言えば、少年は歯軋りするような勢いで口を歪める。周囲にいる冒険者は、カルディアの言葉に少しばかり呆れたくらいだ。
 新人にとってスライムは良い実践相手という認識が強いのは、魔法を扱うものからすれば、確かに一撃で核に攻撃が可能だが、Eランクに相当する魔法使いでは、何度も攻撃して粘液を減らすことで漸く倒せる。近接攻撃を主体にしている者は、酸に当たらないよう気をつけなければならないし、正確に狙って剣を振らないと核が体の中で移動して倒せない。
 下手をすれば手足がその酸で溶けるかも知れない。初めからそんな危険を犯しているのがEランク冒険者だ。
 ただ、実力があれば魔法でも物理でも一撃で倒せることに変わりない。

「同じ時期に冒険者になったからって、同じ実力だと思うのは、傲慢も良いところだわぁ」

 お前と私では格が違う。そう言ってやれば、少年は林檎のように顔を真っ赤にさせた。
 途中で思い出したのだが、この少年は試験の時に1番バラシンと切り結んでいた。その自負もあるように見える。
 加えてなりたての剣士には魔法使いの正確な力量が分からないことが多い。それは冒険者でも騎士でも同じこと。カルディアもEランクの一般的な魔法使いの力量など知らないが、少なくともーー先日同じ試験にいた魔法使いのルールリアがカルディアに怯えていたことを考えるに、魔法使い同士ならば圧倒的な力量は分かるはずだ。

「自分を過信する者ほどよく吠える」
「こんのっーー!」

 剣を抜こうとグリップに手を伸ばした少年に、ギルド内は緊張感に包まれた。

「抜いたら死ぬぞ」

 ゾッとする低音が、少年の耳朶を打つ。
 いつの間にか首には背後から手が添えられ、彼からすればいつだって握り潰せると言わんばかりの威圧感を放っていた。

「カルディア。揶揄うのもいい加減にしろ」

 少年の首を掴むアグノスは、少年よりも先に護衛対象であるカルディアに注意した。

「あらぁ。止めなくても良かったのにぃ」
「ギルド内の抜剣はご法度。それに、お前は怒りすぎ・・・・だ」

 くすくすと嗤うカルディアに、アグノスは眉間にシワを寄せる。
 そう。何を隠そうカルディアは怒っていた。
 誰から見ても余裕で笑っているように見えるのに、彼女の周りからは『死』の臭いが漂っている。恐らく、少年が抜剣した瞬間に、正当防衛として少なからずとも大怪我を負わせようとしていたに違いない。
 それに気づいた冒険者がどれだけいるかーー。

「思い上がりを躾るのは当然ではなくてぇ?」
「大人気ないぞ」

 少年が抜剣したら、きっとギルド内の誰かが助けようとしたであろう。それが間に合うかどうかはともかくとして。
 しかし、アグノスが少年の背後に回るのには、ギルド内の誰も動けなかった。そもそもからしてSランクと互角に渡り合える人物がこの中にいるかと聞かれれば、大半が顔を背ける結果が見えている。

「喧嘩を売る相手は選べよ」

 首から手を離したアグノスは、ポンっと肩を叩いて少年を解放する。辛うじてへたり込まなかった少年を見遣りながら、2人はギルドから出て行く。
 賑わっていたギルド内は静まりかえり、出ていく二人の行く道を塞がないように道が開いた。

「なにをそんなに怒ったんだ?」

 帰る途中でアグノスは問いかける。
 ほんの少しバツが悪そうにしながら、カルディアは視線を逸らした。

「馬鹿にされて怒らないほど優しくないわぁ」
「成る程。俺が不正を行ったと貶められたこと・・・・・・・・・・・・・・・・に怒ったわけだ」

 敢えて主語を濁らせたと言うのに、アグノスは正確に答えへ辿り着いてしまう。
 気恥ずかしくなって、意地でも視線は合わせないようにしているカルディアを見て、彼は喉を鳴らした。
 何故、彼女が怒る必要があったのかは知らない。自分が貶められていると感じて怒るほうが普通だ。けれど、彼女からすれば、格を落とす行為をアグノスがしていると思われることこそ怒りの源だったとは。
 それを、心地よいと感じている自分にアグノスは気付いていても、不思議とは思わなかった。

「私はーー」

 カルディアは、言葉を切って、アグノスを見上げた。
 日は落ちて夜が近い。帰る人でごった返す道で、アグノスを真っ直ぐに見る。

「貴方とローウェンが、貶められるのは嫌。1番嫌。生まれ変わっても、誇りの場所は変わらないもの」

 カルディアを見て、アグノスは息を飲む。
 彼には十分なヒントを与えていた。だから、カルディアの前世が誰なのかは既に分かっているはずである。
 けれど、公式の情報では前世の自分の経歴を途中から消されている。それもそうだ。他国の王族が冒険者として活躍していたなどと、どちらの国も後世に伝えるはずがない。

 魔力が体を巡る。血が沸騰するような高揚感に、カルディアは息を吐いて自身を落ち着かせることにした。
 事実、前世ではただの1度もローウェンを貶めた相手が無事であったことはない。
 ローウェンギルドの者が自らに誇りを持っていたことも一因であるが、何よりーー

「私は、誇りが穢されることを許しはしない」

かつての仲間全員が、彼を誇りに思っていたからだ。
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