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巡り合う定め

18:紫の瞳

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 依頼の邪魔をしなければ。そうアグノスは言った。

「今日は何をするんだ?」

 カルディアも現在は王都内の危険が少ない依頼しか受けていないため、連れているのも一応問題ない。多少依頼主や他の冒険者達から不審がられるくらいで。

「今日も来たぞ!」

 いつの間にかカルディアが泊まっている宿を特定して出るのを待っている始末。
 後をつけられたわけではない。それならばアグノスが気付いているだろうから。
 カルディアはともかくアグノスはSランク冒険者ということで目立つこともあって、そこからわかったのかもしれない。
 しかし、まさか3日連続で現れるとは思わなかった。

「邪魔はしないんじゃなかったのぉ?」
「社会見学させてもらってるだけ!」
「その割に態度はでかいけどねぇ」

 いることが既に邪魔だと言っているカルディアと、付いていっているだけで邪魔はしていないと言う少年ーートルムの言い争いが毎日のように繰り返される。

「俺の依頼は子守じゃないんだがな」

 遠い目をしているアグノスは放置だ。
 物珍しげに冒険者ギルドでアグノスの隣についてまわるトルム。それを放置している様子と、邪魔だと言いながらも特に邪険にしている様子のないカルディアの組み合わせは周囲からすると、とても奇妙に映っている。
 その日も依頼を適当に終わらせて、早い時間にトルムを帰らせた。
 とはいえ、夕方までもう少しという時間で、新たな依頼を受けるような時間はない。

「いつまで遊んでいる」

 宿までの帰りに、アグノスはカルディアへそう問いかける。
 それはトルムを付いて歩かせていることもそうだが、戦闘力がそれなりにあると周囲に示した冒険者であるにも関わらず、王都から外に出て戦闘を行わないカルディアにも向けられた質問。
 沈もうとしている夕日に顔を染めながら、カルディアは微笑む。

「そうねぇ。そろそろ。でも、巡り逢う定めが、連れてきた」

 巡り逢う定めーーこの世界では別れる時によく使われる言葉。この世界だからこそ、またその時がくれば会えるからという希望の言葉。けれど、連れてくるのは希望だけではない。
 この言葉の本来の意味を知っている者が、今は果たしてどれほどいるのか。

「抗うか、従うか」

 トルムと出会わなければ、昨日にも外に出て依頼を受けるつもりであった。
 しかし、非戦闘員であり、絶対守れる保証がない外へトルムを連れて行くのは流石にできない。
 断ればいいだけの話なのだが、カルディアはトルムをつい甘やかしてしまっている。
 その自覚はカルディア本人にもあった。

「面影って、案外残るものねぇ」

 しみじみと言うカルディアに、アグノスは片眉だけを器用に上げてみせる。

「前世の知り合いか」
「正しくはその子孫よぉ」

 嫌いになれたらどれだけ良かったか。
 けれど、愚直に敬愛を捧げてきた者を、カルディアは最後まで嫌いにはなれなかった。
 それどころか、こうしてこの国にとどまり続けていることが信頼の証であったとも言える。

「あの子よりも迂闊だけど、あの子よりは守られている」

 悲しげに伏せられた瞼は数秒後、何事もなかったかのようにあげられる。

「アグノス。明日、パーティハウスにお邪魔してもいいかしらぁ」

 カルディアから断れない圧力を感じながら、アグノスは肩をすくめた。

*****

 翌日、トルムは現れる事なく、カルディアはすんなりとローウェンのパーティハウスへお邪魔する。
 トルムが現れない理由を知っているのか、と、アグノスから聞かれたが、カルディアが知るわけがない。ただ、そろそろ来れない日があるだろうと予想していた日に当てはまっただけである。
 ただの子供でも、毎日冒険者に付いて回ることなんて出来ないのだから当然といえば当然。
 ただ、もしあったとしても今日は同行を断るつもりであった予定なので、カルディアとしては予定通りだ。

「それで、どうした」

 応接室に通されてすぐに問いが投げかけられる。

「どうせトルムのことだろう」

 適当に席を勧められて座れば、カルディアはいつものように微笑みを浮かべた。

「その前に、オーラムを呼んでもらえるかしらぁ」
「呼んだ?」

 呼ばれる間も無く、ひょっこりと応接室に顔を出したオーラムは、初対面の時とは違って白いシャツに茶色のベスト、それからすらりとしたズボンというラフな格好で現れる。
 その陰から警戒心丸出しでリュオが見ているのは無視することにした。

「ちょっと質問したいことがあるの」

 態々オーラムを呼び出す理由なんて一つしかない。
 オーラムはちょっと待ってと隣の小部屋へ入って行き、茶器を用意して自分も椅子に座る。
 流れるような仕草でカルディア以外にはコーヒーを渡し、カルディアには紅茶を入れて貰う。前回来た時には紅茶はなかったから、態々買ったのだろうことはわかった。

「お待たせ。それで、なにかな」

 にこりと胡散臭い笑みを浮かべて脚を組む姿は、そこら辺の街娘ならば頬を染めてしまうだろう魅力がある。そんなものに騙されるようなカルディアではないが。

「この国の王族について聞きたいのぉ」
「どんなこと?」
「紫の瞳が顕現している子供は何人?」

 ピリッとした空気が、すぐ様流れる。
 それは、目の前の男も紫の瞳であるから。
 この国の王族である証の紫眼。彼も冒険者である事から、やんごとない事情があるのは聞かなくてもわかる事であった。

「正確に言えば、紫の瞳を持つ王位継承権がある者は何人いるのぉ?」
「どうして、」

 それを聞くのか。オーラムの問いかけの先は、カルディアの視線で止められる。

「答えて」
「……この国の王の子供は3人。王妃の産んだ第1王位継承者の王太子殿下、第2王位継承者の王女。3年前に亡くなられた唯一の側室が生んだ第2王子の3人だよ」
「あらぁ。貴方はぁ?」

 その問いかけに、オーラムは苦虫を噛み潰したような顔をする。リュオは殺気混じりに睨んでくるし、アグノスは落ち着いた様子で静観していた。
 オーラムの様子を見る限り、彼は第3王位継承権を持つのだろう。第2王子の継承権順位は言っていない。

「(まぁ、あの男のいたこの国が、『銀』を易々と手放すわけがないか)」

 口の中でつぶやきながら、嫌そうにカルディアは口を歪める。
 銀。そう呟く時、初めてオーラムを覗き込んだ時と同じ。憎悪を煮詰めて地獄を覗き込んだような、形容し難い思いが溢れそうになるのを、そっとカルディアは抑えた。

「何を、知ってるの、かな?」

 震える声音でオーラムはカルディアに聞く。
 何を知っているのか。そう聞かれてしまえば、現在の王家に関しては何も知らないと言っていい。今のカルディアにとってはなんら関係もないーーそう言い切ってしまえれば、どれほど清々しいことか。
 オーラムの瞳は何か得体の知れない化け物を見るかのようなもの。得体のしれないものというのは、それだけで恐怖を掻き立てるものだ。オーラムの隣に座っているリュオが、ビシバシとカルディアに殺気を放っていることも、なにかあると言っているようなものなのだが。
 しんっと静まり返った空気に、カルディアは意識して微笑みを浮かべた。

「やあねぇ。そんな怖い顔しないでぇ。最近遊びに来る子のことを知りたかっただけよぉ」

 聞くのならば、アグノスも信頼している人物の方が、嘘の情報を渡されることもないだろうと思ったからだ。カルディアにしてみれば、オーラムに聞かなくても、知っている人物の子孫ならば、どこの誰でどんな状況かは大体わかる。こと、このウォーレンという国に限っては。
 カルディアがトルムを見て、その面影を見出さなければ、適当な言い訳をしてすぐにでも遠ざけていた。
 けれど、カルディアは気付いてしまった。

「あれが?」

 話の流れから、トルムが誰なのか漸くアグノスもわかったようだ。

「えぇ。第2王子。その立場なら、やるべきことなんて山程あるでしょうに、連日城下へ出ているのは、不自然でしょう?」
「第2王子に会ったの!?」

 オーラムの驚いた声に、アグノスとカルディアは顔を見合わせる。

「よく気付いたな」
「そりゃあ、あれだけ見えない護衛を待機させて、幻術かけているような子供なんて、なにかありますよって言ってるようなものじゃないのぉ?」
「それもそうだが」

 アグノスへ言い返せば、肩をすくめられた。
 それだけではないだろうと、言外に聞かれたが、そんなものは無視に限る。
 答える必要のないことまで喋るつもりはなかった。

「第2王子の後ろ盾はなく、ほぼ放置されているような状態。それを見かねた『誰かさん』が、いつか死んだことにして外に出してやれるように密かに護衛をつけて社会見学中。そんなところかしらぁ」

 少なくとも、その『誰かさん』は、目の前にいるオーラムではない。

「そん、な……」

 顔を蒼白にするオーラムは、そのことを知らなかったようだ。
 けれど、限りなく真実に近いだろう推理であるわけで、事実ではない。
 用事を思い出したと出ていくオーラムに、一度カルディアをキッと睨みつけてリュオが後を追う。

「なるほどぉ。リュオはオーラムの護衛?」
「……そんなものだ」

 詮索は良くないらしい。答えたものの、それ以上を話すつもりはないのであろうアグノスに、カルディアは苦笑する。別にオーラムの個人情報を調べるつもりなどないので、深く聞くつもりはなかったのだが、思ったよりも警戒されてしまったようだ。

「聞かないのねぇ」

 暫く静かな時間が流れて、痺れを切らしたカルディアがアグノスへ返答を求めた。

「なにを?」
「私の前世が誰なのか」

 トルムへの対応や、訳知り顔でいることから、王家に近しい人物であったことは容易に想像がつくはずである。それでも、早急に聞くことはなく、彼は黙ったまま。
 まるで興味もないというような態度ではあるがーー既に、アグノスは答えを持っていることを、カルディアもわかっている。と、いうよりも、偽らない名前。彼が片付けた部屋の書物。カルディアの得意技。何より、ギルドで魔眼保持者が言いかけた言葉。きちんと、アグノスだけには明らかにわかるよう、始めからヒントを与え続けていた。

「お前が、カルディアであることには変わらないだろう」

 ため息と共に告げられた言葉は、カルディアにとって満足する答えであった。

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