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巡り合う定め

17:猫と少年

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「はい、抱っこ」
「は??」

 アグノスへ手を伸ばしたカルディアの言葉に、アグノスは思わず間抜けな声を上げる。
 カルディアの意図を全く理解できないアグノスは、冗談でもなさそうなカルディアを見て、断るかどうか数秒悩む素振りを見せたものの、言われたとおり膝裏と背中に手を回して抱き上げる。お姫様抱っこと言われる抱き方だ。
 この体勢、される側にも実は少々こつがある。背筋を伸ばして両腕を首から後ろに回して引き寄せるようにする。これだけでも、アグノスへの負担は大分軽減されるのだ。
 され慣れているからこそ自然な体の預け方に、アグノスは一瞬眉を寄せているが、カルディアはなぜ抱えさせたのか疑問が顔に出ているとしか思っていない。確かにそれも考えているのだが、アグノスの複雑な心境は彼女には伝わらない。

「行くわよぉ」

 ついっと指先に魔力を乗せて魔法円を発動させる。
 すぅっと瞳が赤くなったのは、抱えているアグノスだけではなく、自身であるカルディアでさえもわかっていない。

【追え】

 魔法円が赤く発光し、触媒でもあった猫の毛は燃えた。その燃えカスからひょっこり炎の小鳥が現れて羽ばたく。

「追って!」

 カルディアの声に、アグノスはとっさに動く。
 羽ばたいて飛んでいった小鳥をアグノスはカルディアを抱えたまま走り出した。

「……こういうことか」

 西区は住居区であるため、東区や南区のように人でごった返しているわけではない。
 それでも、魔法で作り出された炎の小鳥と、それを追うSランク冒険者のアグノスとEランク冒険者のカルディアというコンビは、人々の目から奇妙に映ったことであろう。
 置いていかれない程度に走っているアグノスは、なぜカルディアを抱えなければならなかったのか理解したらしい。

「使えるものは使わないとぉ」

 にんまりと笑いながら、カルディアはアグノスに体を預けた。
 魔法で作り出した小鳥には追跡魔法がかけられている。依頼主から貰い受けたのは猫の抜け毛で、本来の持ち主のもとへ飛ぶように幻術を加えて視覚化し、追跡を行うように魔法を組み立てた。鳥の速度はアグノスが本気を出していない状態で走る速度と一緒であるため、見失うことはまずない。
 ただ、アグノスの走る速度に合わせているため、それを追いかけるには、普段から鍛えていないカルディアには少しばかり難しいというのは想像に容易い。けれども、Sランク冒険者のアグノスであれば、最悪肉体強化の魔法でもかけてあげれば追いかけることも可能だと判断したのだ。
 
 炎の小鳥は路地裏へスッと入り、アグノスは舌打ちをしながらも後を追う。
 障害物があっても、彼は壁を蹴って易々と越えてみせた。カルディアにはできない芸当なので、アグノスにまかせておいて正解だったと言える。

「これはお前への依頼だったと思うが?」
「あら。主目的は達成しているわ。ただ、時間を短縮しているだけで」

 ぐだぐだとやるのは好きではない。
 カルディアの速度に合わせて飛ばすことは可能であるが、対象に移動されてしまっては無駄な時間が伸びてしまう。しかも、この魔法は小休憩だったり、一晩止めたりすることもできず、永遠に続くものではないため、さっさと終わらせるに限ると判断した。探すのも捕まえるのもカルディアが行っている。ちょっと移動を楽にさせただけ。
 合理的な方法でしょうと微笑むカルディアに、ちょっと嫌な顔をアグノスは向ける。

「あ、曲がったわよぉ」

 あからさまに路地の角へ視線を向けるカルディアは、とても意地が悪い。
 たまたま鉢合わせた住人の驚いた声が、アグノス達が走り抜けた後に路地へ響く。
 そうやって走ること十数分。

「うわああっ」

 ガラガラガッシャンっと、積み上がった何かが崩れるような音とともに声が上がった。
 これだけ走ったにも関わらず息もあがっていないアグノスにおろしてもらって、現場へと向かう。
 そんなカルディア達の足の間を通り抜けようとした小さな影に、カルディアは腕を振った。

【捕らえろ】

 路地のむき出しの地面から植物が生えて、小さな影を捕獲する。

【眠れ】

 手をかざして睡眠魔法をかけて、拘束を解除してやった。
 その影は小さな猫である。
 毛並みは茶色く汚れているが、捕獲する前にその猫が探し猫と同じ色のオッドアイであったことは確認した。丁寧に洗ってやれば、毛並みも白く戻ることであろう。
 眠った猫を抱き上げて、路地の道を曲がれば、ようやくガラクタから抜け出したらしき少年がいた。

「あ、ちび!」

 ぱっと顔を上げて、カルディアが抱えている猫に声をあげた少年は、急に現れたカルディアとアグノスを警戒する。
 その少年はよくあるような茶髪に青の瞳。年は10歳頃であろうか。幼さを残した顔立ちは、成長すれば振り返るだろう美人顔だ。少年の格好をした少女と言われてもきっと驚かない。所々薄汚れているのは、彼の背後にある瓦礫によってなのか、元々なのかは判断しづらいもので。
 その顔にある人物の面影を見たカルディアは、そっと目を細めた。

「ちびをどうする気だ!」

 立っているだけで威圧感があろうアグノスがいるのに、少年は果敢にも立ち向かうことにしたようだ。
 どうするとアグノスに視線を向けられて、カルディアは肩を竦める。

「依頼で、この子の飼い主に届けるところよぉ」
「そいつは珍しい目をしてるから売り飛ばす気じゃないのか!?」

 どうやら東区や南区よりも店が少ない西区でこの猫が生きていられたのは、面倒を見てくれる人物が目の前の少年であったからのようだ。
 いや、正確には違う事をカルディアは分かっている。たまたま、今日は少年が来る日であったのだろう。

「気になるなら一緒に来るかしらぁ。はい、身分証」

 ギルドプレートを見せて何かあれば報告どうぞと言ってやる。ギルドプレートはこちらの情報を見せる1番手っ取り早い方法だ。アグノスも少年にギルドプレートを見せる。

「ローウェンパーティの……って、あの!?」

 アグノスのギルドプレートを見て、少年は目を丸くする。彼はカルディアを見た後、アグノスが一緒にいるならと少し警戒しながらも信用してくれたようであった。
 世話をしていた少年と依頼者の娘に報告して猫を渡す。目を覚ました猫は飼い主をよく覚えていたようで、少年にひと泣きした後は娘に体を擦り付けていた。
 程よいところで依頼完了の連絡を入れてもらい、少年とカルディア達は依頼者の家を出る。
 少しだけしょんぼりとした少年を見遣りながら、カルディアはそっとアグノスへと視線をやった。

「何人?」

 その問いかけに、

「5人だな」

と、アグノスは答える。
 ならば問題ないだろうと、カルディアは軽く少年の背を叩いた。

「いつまでしょんぼりしているのぉ? さっさと家にお帰りなさいな」

 そろそろ時間だろうと諭してやれば、少年はハッとポケットから時計を取り出して慌てる。

「……また、会ってもらえるか?」

 カルディアというよりも、アグノスへ向けた言葉に、彼は。

「依頼の邪魔をしなければ」

 そう短く応えて、少年と別れたのであった。


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